表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
賢者の子ども先生編
PR
10/34

第10話 天国を探す


 去ったとされる原初神はどこへ行ったのか。


 研究室で資料を広げながら、俺はずっとそのことを考えていた。


 そして、ふと思い出した。


 あの白ひげクソジジイの言葉を。


 ――天国の手前じゃ――


 俺を転生させるたびに、あの白い空間で待っていた邪神(あいつ)


 もしかして、創造神たちに置いていかれたのでは?


 だったら。


「原初の神たちは、天国にいるんじゃないですかね」


 俺がそう言うと、メルキオールはペンを止めた。


「非常に概念的だな」

「理想郷と言い換えてもいいですが、必要なのは取っかかりです。何を探すかを決めておかないと動けませんので」

「そうだな。だが、天国をどう探す?」


 そこが問題だった。

 天国はこちら、なんて看板が立っているはずもない。

 異界接続の理論上、位相の違う領域を探るには、接続条件を少しずつずらしながら反応を見るしかない。


 つまり。


「チューナー方式でいきましょう」

「……何?」

「チューナーです」


 俺は机の上に広げた設計図を指で叩いた。


「接続先を固定せず、位相を少しずつ回して合わせるんです」

「回す?」

「ええ。ノブを回して、チャンネルを探すみたいに」


 メルキオールは怪訝そうな顔をした。

 無理もない。

 ラジオもテレビもない世界で、チャンネル合わせの概念を説明するのは難しい。


「要するに、接続先の座標を連続的にずらせる装置を作るんです。反応のある帯域を探り、そこから絞り込んでいく」


「なるほどな……異界を段階的に走査するわけか」

「そういうことです」


 理解が早くて助かる。

 さすが学園長だ。


 ◯


 召喚に使う魔法陣そのものは、従来のものを基礎とする。

 だがその外周に位相調整用の補助環を何重にも重ね、俺がチューナーと呼ぶ制御装置と導線で接続する。

 見た目は、巨大な魔法陣の横に、仰々しい金属製のノブ付き台座が生えた感じである。


「本当にこれでいけるのかね」

「理論上は」

「それなら、理論を食って生きている我々のような人種には十分だな」

「爆発したときは笑って忘れましょう」


 妙に軽口を叩いてしまうのは、俺もメルキオールも緊張しているからだろう。


 一応の安全措置も取っている。

 何かが来たとき、あるいは繋がってはいけない場所に繋がったとき、即座に追い返せるようにする必要がある。


 そこで俺は、魔法陣のあちこちに送還命令を書き込んだ。

 言い回しを変え、構文を変え、古代語と現代語を混ぜ、意味だけは一貫させる。


 ――帰れ――


 何万回も書き込んだ。


「……呼びつけておいて『帰れ』というのは失礼にならないか?」


 とメルキオールは気にしていたが、「初対面で命令するよりはマシでしょう」と納得させた。


 そして、準備は整った。


 実験場に選んだのは、学園の敷地のさらに奥、普段は立入禁止になっている旧演習棟の地下だった。

 もともとは大規模魔法の実験や、危険な召喚術の検証に使われていたらしい。

 だが、何十年も前に事故があってから封鎖され、そのまま半ば忘れられていた場所だという。

 安全審査委員会が渋るわけである。前科持ちの施設じゃないか。


 俺はチューナーの前に立ち、深く息を吸った。


「じゃあ、天国探しを始めますか」


 よろしい、と学園長はうなずく。


 魔力の強さを調整しながら、魔法陣に流し込んでいく。

 外周陣が起動し、補助環が順に光り始める。

 チューナーの受信スピーカーが低く唸り、ノブの周囲に刻まれた目盛りが赤く浮かび上がった。


 俺はゆっくりとノブを回した。


 最初の帯域。


 ザーザーとノイズが聞こえる。


「反応なし」

「記録しておこう」


 次の帯域。


 ピーガガガガー!と激しく乱れた。


「ここはやめておきましょう」

「うむ」


 次の帯域。


 今度は陣の一部がかすかに震えた。

 だがそれだけだった。


「微弱反応」

「調査は後にしよう」


 次。

 次。

 次。


 繋がった異界を、勘と雰囲気で選り分けていく。


 異界って、思ったより雑多なんだな。


 そんなことを考えながら、少しずつ帯域を狭めていった。


「っ!」


 ノブを回していた手がびりっと痺れる。


 今度は、陣の中心に黒い染みのようなものが浮かびかけた。


「閉じろ!」

「はい!」


 即座に送還命令を流し込む。

 床に刻んだ『帰れ』が一斉に発動し、黒い染みはしゅるりと縮んで消えた。


「……いまのは、開いてはいけないところでしたね」

「うむ。君の帰れ文言が役に立って良かったよ」

「全くです」


 そうして何度目かの調整をした、そのときだった。


「やっほ」


 場違いなほど軽い声が、実験室に響いた。


 背筋が凍る。


 俺が聞き間違えるはずがない。あの声だ。


 振り向くと、いつの間にか壁際に白いひげのジジイが立っていた。


 邪神、エントロピア。


「……出たな」

「おお、久しぶりじゃのう」


 メルキオールが一歩前に出る。

 その顔にはわずかな緊張が見えた。


「ロスマン君、こちらは? 君の知り合いかね?」

「違います。敵です」


 そう言った瞬間、荒野のガンマンのような早打ちで、学園長は魔法を放った。


「【ライトニングボルト】!」


 青い閃光がジジイに突き刺さり、そのまま壁まで抜けていった。


「やった! 死ねクソジジイ!」

「ロスマン君」


 学園長が、俺の口の悪さをたしなめるように言った。


「せっかく寝ておったのに、こいつがうるさいんじゃ」


 耳元で聞こえたジジイの声。


「なっ――」


 いつの間にか俺の隣にジジイがいて、チューナーのノブに手を伸ばしている。


「まずい!」


 ジジイはノブを目一杯回した。


 それだけで――魔法陣がめちゃくちゃになった。


 外周の補助環がねじれ、古代語の刻印が反転し、送還命令がばらばらに千切れていく。

 俺はジジイを突き飛ばし、なんとかノブを元に戻そうとしたが、チューナーが火花を散らし、ノブが勝手に回転を始めた。


「いかん! 逆流しているぞ!」


 メルキオールが叫ぶ。

 俺もすぐに魔力流路を押さえようとしたが、間に合わない。


 天国を探すための接続が、裏返る。


 上へ向けていたはずの針が、下へ。

 光へ向けていたはずの回路が、闇へ。


 天国が、反転して地獄に繋がった。


 陣の中心が、ぱっくりと割れた。


 暗く、底がない。


「閉じろ!」

「閉じてます!」


 俺は直接魔力をぶつけて押さえ込もうとした。

 しかし、さながらダムの決壊を前にしたような、どうしようもない絶望感しかなかった。


「くそっ、閉まれ!」


 俺の努力もむなしく、穴から、何かが溢れ出した。


 悪魔だ。


 小さいもの。

 細長いもの。

 羽のあるもの。

 牙だらけのもの。

 人のようなもの。

 そうでないもの。


 とにかく、悪魔がジャバジャバ漏れ出してきた。


「うわああああ!?」

「数が多すぎる!」


 メルキオールが光線を飛ばして撃ち落としていくが、焼け石に水だった。


 エントロピアはその様子を見ながら、茶をすすっていた。


「いやあ、とんでもないことになってしまったわい」

「てめえ……!」


 殺す。今すぐ殺す。俺は自身の最大火力である四属性複合魔法・ラグナロックの準備に入った。


「ロスマン、床だ!」


 メルキオールの叫びに反射で視線を落とす。


 実験室の床そのものが、ぶくぶくと泡立つように膨らんでいた。

 石床が溶けるように歪み、その中央から、巨大な顔がせり上がってくる。


 目。

 鼻。

 口。


 人の顔に似ている。だが大きすぎる。


 乱杭歯の生えた、巨大な口が開く。


「メルキオール! 飛んで――」


 周囲の空気ごと、俺たちの身体が引きずられ、足が浮く。

 メルキオールが何か叫んでいる。


 俺は四属性を対消滅させ、生まれた膨大な熱を巨大な口の中に向けて放った。


「【ラグナロック】!」


 白熱した奔流が、喉の奥まで焼き尽くしていく。


 轟音。

 閃光。

 爆風。


 実験室そのものがひっくり返ったかと思うほどの衝撃が走り、巨大な顔の上半分がまとめて吹き飛んだ。

 乱杭歯がばらばらに砕け散り、焼けた肉片とも石片ともつかないものが雨のように降り注ぐ。


「やったか――」


 と言いかけて、やめた。


 吹き飛んだはずの顔の断面が、ぶくぶくと泡立っていた。

 焼けただれた肉の奥から、新しい目玉がいくつも開く。

 歯が生え直し、口が、さらに大きく裂ける。


「再生しているのか……!」


 メルキオールの声が引きつる。

 だが正直、そんなことはもうどうでも良かった。

 巨大な顔の向こうから、次々と悪魔どもが雪崩込んでくるのが見えていた。


「ロスマン君!」


 メルキオールが光線を乱射しながら叫ぶ。


「もう地下だけでは済まん!」


 その言葉を裏付けるように、地の底から重い振動が上がってきた。

 それはまるで足音のようだった。地獄の軍勢が、突如空いた風穴に殺到するような。

 あるいは、地獄そのものが浮上する音かもしれない。


 俺は舌打ちした。


「最悪ですね」

「うむ」

「これ、王都まで行きますよ」

「そうだな」


 俺たちは背中合わせで短く肯定する。

 否定できないとき、人はこんなにも簡潔になるらしい。


 エントロピアは少し離れたところで、爪をいじっていた。


「がんばれー!」

「黙れクソジジイ!」


 もう一発ラグナロックを撃とうとして、息が詰まった。

 魔力が足りない。

 さっきの一撃でごっそり持っていかれた。


 その隙を突くように、地面から伸びた黒い腕がメルキオールの足首に絡みついた。


「ぬっ――!」


 学園長は即座にそれを焼き切った。

 だが、次の腕、次の腕、そのまた次の腕が、まるで飢えた蛇の群れみたいに殺到する。


「メルキオール!」


 俺は炎弾を叩き込んで援護した。

 何本かは焼けた。

 だが全部は無理だ。


 黒い腕の一本が、学園長の胴に巻き付いた。

 ぎしり、と締め上げる音がした。


「が、ぁ――」


 地面が裂けてまた巨大な口が現れる。

 身動きが取れなくなったメルキオールを、飲み込もうと大きく開いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ