第8話 義妹から届いた博覧会の招待状
招待状は、嫌がらせとしてはよくできていた。
上質紙に金箔、王宮園芸局の仮印、それから来賓席番号まで丁寧に記されている。『王家紋章花開花記念春花博覧会』。主催補佐にリディア・ヴァイトとあり、私の旧姓でも婚約者の姓でもなく、すでにその中間へ立った顔をしていた。
「燃やしますかい」
グレタが薪くべ用の火箸を持って覗き込む。
「いいえ。証拠は燃やさない」
私は招待状を帳面へ挟んだ。相手が見せたがるものほど、後で効く。
その日、温室の種子庫をあらためて調べた。北辺の庫は二重鍵だ。表鍵は番頭、裏鍵は侯家が持つ。ところが管理簿には、一昨年の冬に『予備鍵作成』の記録が一度だけある。理由は『吹雪による紛失』。決裁印は前任温室監督官、立会人は《ルーメン》商会の名。
「商会が種子庫の鍵に立ち会うなんてある?」
「ないわ。絶対に」
私は帳簿の余白へ線を引いた。王都で種子が抜かれ、北辺で花名札が替えられた。そのどちらにも《ルーメン》がいる。
午後、執務棟から古い書簡箱が運ばれてきた。レオンハルトが命じて、書簡庫の奥を探させたものだ。母と北辺侯家の往復書簡は多くなかったが、その中に一通だけ、気になる紙片が挟まっていた。
『白冠系の真正株は、花姿ではなく播種帳で証明すること』
母の筆跡だった。さらに続きがある。
『似た花は作れても、播種日、親株番号、土壌配合、交配回数までは奪えない』
私はしばらく紙片を握ったまま動けなかった。母は知っていたのだ。見た目だけを奪う人間が、いずれ現れることを。
夕方、レオンハルトが温室へ来た時、私は招待状と紙片を並べて見せた。
「行くつもりか」
「ええ。でも見物席では終わりません」
「王都は君に優しくない」
「知っています」
それでも行くと答える前に、彼が先に言った。
「なら、北辺の名で行こう」
私は瞬いた。
「私個人ではなく?」
「今の君はうちの温室再建補助だ。必要な資料も、人も、堂々と連れて行けばいい」
優しい言葉ではない。けれど、逃げ場ではなく立場をくれる言い方だった。
私は少しだけ笑った。
「無口な方なのに、肝心なところは大きいんですね」
「喋りすぎると、花が警戒する」
それが冗談だと気づくまで、一呼吸かかった。
王都へ戻る日を考えると胃が重くなる。けれど今度は追い出される側ではない。記録を持って、北辺の名を背負って行く。
招待状の金箔は、夕陽の中でやけに薄く見えた。




