第7話 咲かないはずの冬薔薇
白冠薔薇に近い系統種は、北辺では冬を越せないとされていた。
だから誰も、北棟の青磁鉢へ期待していなかった。私以外は。
根を傷めないよう表土だけを替え、夜だけ保温布を二重にする。昼はあえて風を通し、朝の灌水をやめて夕方へ回す。王都なら温度計ばかり見ていたやり方だが、北辺では風の通り方まで数えなければならない。
「そんな細かいことで変わるのかい」
グレタが呆れ半分で聞いた。
「変わるわ。花は大雑把な愛情より、正確な世話の方が好きなの」
五日後、青磁鉢の先端に硬い赤みが差した。薔薇の新芽だ。しかも王家紋章花にだけ出る、銀を帯びた縁取りがある。
私は無意識に息を止めていた。
「見て」
ハンネスが駆け寄り、グレタが目を見開く。知らせを受けたレオンハルトも、上着のまま温室へ入ってきた。
「これが、王都の花か」
「王都の花じゃありません」
私は首を振った。
「王都から盗まれた系統です。でも今は北辺で生き残った花です」
芽の付け根を確かめると、古い接ぎ痕が見つかった。去年か一昨年、無理に別の台木へつないだ跡だ。だから弱っていたのだろう。正しい台木へ戻せば、まだ咲ける。
私は母の残した花名札を木箱から取り出した。端がすり減った古い札に、懐かしい筆跡でこう書かれている。
『白冠系・北土壌試験株』
母は王宮へ嫁ぐ前、北辺の温室師の娘だった。だから私は北辺の土に少しだけ見覚えがある。そしてこの札がある以上、白冠薔薇の系統が北辺にあっても不思議ではない。
「お母上の字か」
「ええ」
レオンハルトが札を見つめる。彼の視線は驚きより確認に近かった。
「君の母上は、先代侯夫人と種子を交換していた」
「……ご存じだったのですか」
「昔の書簡庫に、少しだけ残っていた」
王都では誰も母の記録など覚えていないと思っていた。なのに、北辺の書簡庫にだけ残っていたなんて。
その日の夕方、私は台帳へ新しい見出しを加えた。
『白冠系北土壌試験株 生存確認』
ただの発芽記録ではない。王都で消されたかった証拠が、北辺で息を吹き返した記録だ。
夜、リディアからの手紙が届いた。封蝋には王宮温室の仮印。
『春花博覧会の特別招待状を送ります。お姉さまも、私の晴れ姿をご覧になって?』
紙から花香油の匂いがした。私は招待状を閉じ、まだ硬い薔薇の芽を見た。
見に行くわ、リディア。
あなたが何を咲かせたことにしているのか、その根まで見に。




