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第4話 凍りついた北辺温室

翌朝、私は日の出前に温室へ入った。


 ガラスの内側まで薄く凍っている。吐いた息が白い。王都の温室なら考えられない環境だが、だからこそ見えることもある。冷えた朝ほど、水や土の癖は隠れない。


 まず温床を順に見ていく。北棟の加温管は三本のうち一本しか生きていない。にもかかわらず、日誌には『全面稼働』と書かれていた。記録と現物が合っていない。


「おはようございます、台帳官殿」


 声を掛けてきたのは、温室番頭のグレタだった。五十代半ば、逞しい腕をした女性で、最初から私を値踏みする目を隠さない。


「王都のご令嬢に、この寒さはきついでしょう」


「令嬢ではなく台帳官です」


「なら、台帳で花が咲くか試してみてくださいな」


 刺のある言い方だったが、責める気にはなれなかった。三年も失敗続きなら、外から来た女ひとり信用できるはずがない。


 私は温度日誌と薪の搬入表を突き合わせた。薪は足りているのに加温管が止まっている。つまり暖房の問題ではなく、水流を塞ぐ何かがある。外の配管溜まりを開けさせると、藁の束と花茎の切れ端が大量に詰まっていた。


「故意ですね」


「吹雪の後に詰まったんじゃないかい」


「藁の色が新しすぎる」


 私は詰まりの束から、小さな札を拾った。北棟のものではない南棟の花名札だ。字は整っているが、品種名の末尾だけが癖のない代筆文字。帳面を綺麗に書き直す人間の字と同じ匂いがした。


 昼までかけて北棟の鉢を全部並べ替える。日当たり、根の状態、土の乾き。王都では見栄え優先で置けた花が、ここではすべて理屈を要求してくる。


「その並べ方、意味があるの?」


 手伝いに来た若い庭師のハンネスが不思議そうに尋ねた。


「芽吹く速さではなく、夜の冷えに耐える順よ。北辺では朝より夜を読むの」


 自分で口にして、少し笑ってしまった。王都では、誰も夜の冷えなど気にしなかった。博覧会で見えるのは昼の花だけだったから。


 夕方、レオンハルトが様子を見に来た。彼は余計な励ましを口にしない。ただ私の書いた仮の配置図を見て、「必要なものは」とだけ訊く。


「古い納品帳。できれば三年分全部」


「すぐ出させる」


「それと、北棟に入れる鍵の管理簿も」


 彼は頷きかけて、少しだけ眉を寄せた。


「鍵は私と番頭しか持たない」


「なら、持たない人間も入っていたことになります」


 北棟の一番奥で、白冠薔薇に近い芽が小さく揺れた。凍土の温室は、嘘をごまかすには向かなすぎる。


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