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第5話 偽物の花名札

三日目には、私は花名札の山に埋もれていた。


 北辺温室では、一鉢ごとに木札を付ける。品種、播種日、移植日、冬囲いの回数。王都よりよほど実務的で、私は嫌いではなかった。だからこそ、偽物はすぐにわかる。


 札の穴の位置が違うのだ。北辺の札職人は必ず左上へ穴を開ける。だが北棟から見つかった数枚だけ、王都式の中央寄りに開いていた。


「王都から持ち込まれた札です」


 私は作業台へ並べて、グレタとハンネスに見せた。


「そんなことのために、わざわざ札を?」


「札を替えれば、鉢の身元も替えられるもの」


 実際、冬星百合と記されていた鉢の根元には、白冠薔薇系統の台木が使われていた。王都温室でしか扱わないはずの接ぎ木だ。


「じゃあ、この温室に王都の人間が?」


「もしくは、王都とつながっている人間」


 納品帳も届いた。三年分を机に積み上げ、私は頁端の指汚れまで見た。北辺の冬用温床灰、南港から届くガラス補修材、苗床布。途中までは整っているのに、一昨年の春から急に仕入れ先がひとつ増えている。王都の園芸商会ルーメン。しかも納品内容は『装飾用苗』ばかりだ。


「実用品の温室に、装飾苗をそんなに?」


「舞踏会でもする気だったのかね」


 グレタが鼻を鳴らした。


 その《ルーメン》という名に、私は覚えがあった。王宮でリディアが可愛がっていた商人の店だ。来賓向けの鉢植えや造花飾りを扱い、帳面より口利きで商売を増やす男だった。


 私は記録の欄外へ、小さく印を付けていく。王都式の花名札。装飾苗の不自然な納品。壊れた配管。白冠薔薇に近い親株。ばらばらに見えても、記録へ置けば一本の線になる。


 夕刻、レオンハルトが温室へ来た時、私は机いっぱいに札を広げていた。


「花ではなく札を見る顔だな」


「花を見るには、まず札の嘘をどけないと」


 彼は私の横に立ち、一枚の札を持ち上げた。無骨な手だが、扱いは意外なほど丁寧だ。


「王都の字か」


「ええ。しかも見せるための字。仕事の字じゃない」


「君は、字まで敵に回すのか」


 少しだけ口元が緩む。冗談だったらしい。


「ええ。綺麗な字ほど信用しません」


「それは困る。私の署名は整っている方だ」


 思わず笑うと、温室の冷えた空気が少しだけ和らいだ。


 その夜、私はひとつの仮説を台帳へ書いた。王都で盗まれた白冠薔薇の系統種は、北辺温室を経由して別名で育てられている。そしてそれを必要としているのは、春花博覧会で『咲かせた実績』を欲しがる誰か。


 名前までは、まだ書かなかった。けれど私の中では、もうほとんど決まっていた。


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