第2話 改ざんされた播種記録
呼び出された先は温室ではなく、王宮園芸局の会議室だった。
長机の上には、私が毎日書き込んでいた播種記録台帳と、監査用の写し帳が並べられていた。園芸局長、会計係、そしてカスパル。私の席だけがわずかに離されている。
「白冠薔薇の発芽箱一段分、種子の所在が不明です」
局長が冷たく告げる。会計係は納品書をめくり、必要以上に大きな声で金額を読み上げた。王家紋章花用の選別種子。三年分の予算に相当する。
「記録上、最終確認者はエルザ・ブルーメ」
「昨夜の確認印もある」
写し帳の頁を見た瞬間、私は背筋に氷を流し込まれたような気分になった。そこには、私の筆跡に似せて、発芽箱の移送先が『展示室前列』と書き換えられていた。元の『中央育苗棚』の文字が、削られた跡の上に薄く残っている。
「これは後から直されています」
「言い逃れは見苦しい」
「違います。削り粉が残っているし、昨日の墨とは色が違う」
私は台帳の端を指でなぞった。紙の目が逆立っている。こういう改ざんは何度か見てきた。納品数をごまかしたい者、管理を誰かに押しつけたい者。記録仕事を続けていれば、嘘の癖ぐらい覚える。
「でしたら、誰がやったと?」
局長の問いに、私はすぐ答えられなかった。答えたところで、ここでは私の声の方が軽いとわかっていたからだ。カスパルは無言のまま、私から視線を外している。
「少なくとも、私は展示前列へ移送指示を出していません」
「しかし結果として種子は消えた」
「種子ではなく箱が替えられていました。種は移送されたのではなく、抜き取られたんです」
その瞬間、リディアが遅れて入室してきた。薄紫の昼用ドレスに着替え、いかにも気遣わしげな顔をしている。
「まあ、お姉さま。まだそんなことを」
まだ、という言い方だった。まるで私が昨夜から嘘を繰り返しているように。
「リディアは今朝、展示計画の引き継ぎを受けたばかりだ」とカスパルが庇うように言う。
私はそこでようやく腹の底が定まった。庇っているのではない。もう最初から筋書きがあるのだ。私を記録ごと切り離し、見栄えのいい人形へ席を替えるための。
「わかりました」
私は台帳を閉じた。
「責任を問うなら受けます。その代わり、この台帳の原本は私が持ち出します」
「認められない」
「原本がなければ、誰が何を書き換えたかもわからなくなるわ」
局長は渋い顔をし、最終的にこう言った。
「当面、あなたは王宮温室の職を外れる。北辺侯領の温室再建補助として転属しなさい。原本の持ち出しは、その転属業務の範囲内で許可する」
追放に近い命令だった。だが完全な解職ではない。記録を持って出られるのなら、まだ終わりではない。
部屋を出る直前、リディアがそっと近づいてきた。
「お姉さまは種を数えているのがお似合いよ。花の前に立つのは、もっと華やかな人じゃないと」
私は振り返らずに言った。
「ええ。だから私は数えるわ。誰が何粒盗んだのかまで、きちんと」
北辺侯領行きの辞令は、その日の夕方にはもう机の上に置かれていた。




