第19話 もうあなたの花壇には戻らない
証言会の三日後、王都からもう一通だけ手紙が届いた。
差出人はカスパルではなく、園芸局長だった。真正株管理責任者として王宮温室へ復帰しないかという正式打診。待遇改善、独立室付与、補佐人員増員。読み終える前から、返答は決まっていた。
それでも私は、返事を書く前に王都へ一度だけ出向いた。
王宮温室の中央棟は、前より少しだけ静かになっていた。見栄えのためだけに並べられていた鉢が減り、土の匂いが戻っている。けれど私の居場所ではない。
リディアが通路の先で待っていた。豪奢なドレスではなく、地味な作業服を着ている。たぶん初めて、自分で土を触らされたのだろう。
「お姉さま」
呼び止める声に、以前の甘さはなかった。
「謝れば済むとは思わないわ」
「そうでしょうね」
「でも……私、本当に、花を咲かせる手が欲しかったの」
私は少しだけ考えた。
「だったら最初から、教えてと言えばよかったのよ」
奪うのではなく。偽るのではなく。
リディアは唇を噛んだが、何も言い返さなかった。その沈黙だけが、かろうじて本物だった。
局長との面談では、私は打診を断った。
「真正株の管理権は共同で構いません。でも私の職場は北辺です」
「惜しい人材を逃します」
「そちらが逃したんです」
言ってしまえば、驚くほどすっきりした。
温室を出ると、正門の外にレオンハルトの馬車が待っていた。王都へ来ても、彼は必要以上に口を出さない。ただ帰り道だけは必ず用意してくれる。
「戻る席は空いていますか」
馬車へ乗り込んでから訊くと、彼は当然のように頷いた。
「最初から空けてある」
窓の外で王都の温室が遠ざかっていく。私はもう振り返らなかった。
あそこは私が育てた花壇かもしれない。でも、私が咲く場所ではない。
北辺へ帰るのだ。
今度は追い出されるのではなく、自分で選んで。




