第16話 王都帰還の春花博覧会
王都の春花博覧会は、相変わらず花より人の顔を見せる場所だった。
正門前には貴族の馬車が列をなし、展示棟の前庭には香りの強すぎる鉢花が並び、来賓たちは花名札より先に誰が立っているかを確かめている。私はその喧騒を、北辺侯家の出品札を胸に見上げた。
「吐きそうか」
レオンハルトが隣で淡々と言う。
「少し」
「なら、終わったら北辺の風を吸えばいい」
それだけで息が整うのだから不思議だ。
北辺侯家の出品棟は端に追いやられていた。だが構わない。持ち込んだのは、派手な花束ではなく、北辺で育て直した白冠系試験株と、証拠の帳面一式だ。
会場中央には、リディアがいた。王宮温室の紋付き上着を羽織り、白冠薔薇に似た白花の鉢を従えて微笑んでいる。私を見つけた瞬間、その笑みがほんの少し硬くなった。
「まあ、お姉さま。本当に来てくださったのね」
「招待されたもの」
「北辺のお仕事はどう? 土っぽい毎日だったでしょう」
私は彼女の足元の鉢を見た。花弁の縁がわずかに黄ばんでいる。温度管理を誤った時の色だ。見栄え優先で急がせたのだろう。
「花には少し気の毒ね」
「何が?」
「咲いたあとまで持たせる気がない顔をしているから」
リディアの頬が引きつる。そこへカスパルが来賓を連れて現れた。以前と同じように整った笑みを浮かべているが、目の奥には焦りがある。
「北辺侯閣下まで。これは賑やかになった」
「賑やかなのは苦手だ」とレオンハルトが返す。「だから用件だけにしよう。出品管理帳を確認したい」
カスパルの笑みが止まる。王都の人間は、表で帳面を求められるのが嫌いだ。
「後ほど案内します」
「今がいい」
私は北辺の出品札を示した。
「こちらも正式出品ですもの。審査前に育成記録を照合する権利があります」
周囲の来賓たちが、面白そうに足を止め始めた。王都はスキャンダルが好きだ。だったら、その好奇心まで使えばいい。
私は会場奥の審査卓を見た。園芸局長まで来ている。よし。
もう逃げる側ではない。




