第13話 本物を名乗る令嬢の紋章花
春花博覧会の予告刷りが王都から届いた日、私は思わず紙を机へ叩きつけそうになった。
最終頁の特集欄に、こうある。
『王家紋章花を蘇らせた本物の令嬢、リディア・ブルーメ』
令嬢。しかも本物。婚約や席を奪うだけでは足りず、今度は育種家の血筋まで欲しがるのか。
私は急いで母の書簡箱をひっくり返した。花名札、交配覚え書き、乾いた押し花。だが血筋を証するような書類は見当たらない。
「探し物か」
レオンハルトが戸口から声をかける。私は予告刷りを見せた。
「母の名まで、都合よく使うつもりらしいんです」
彼は紙面を一読し、すぐに執務棟へ向かった。半刻後、戻ってきた彼の手には古い革筒がある。
「先代侯夫人の遺品だ」
中に入っていたのは、黄ばんだ契約書だった。二十年以上前、北辺侯家と王宮温室の間で交わされた試験栽培契約。署名欄には母の名と、幼い頃の私の名が追記されている。
『真正株管理責任者、長女エルザへ継承』
目の前が一瞬ぼやけた。母は、ちゃんと残していた。私が大きくなった時に渡すつもりだったのか、それとも北辺へ預けていたのか。事情はわからない。でも名は確かに私へ継がれている。
「どうしてこれがこちらに」
「先代侯夫人が、王都を信用しなかったからだろう」
静かな答えだった。私だって今ならわかる。見た目の良さだけで花も人も選ぶ場所に、真正株の記録を丸ごと預けるのは危うい。
契約書の後ろには、母の短い書き付けもあった。
『リディアには美しさがある。エルザには記録を守る手がある。どちらが欠けても花は続かない。でも片方が片方を踏み台にしたら、その家は終わる』
私は紙を握り締めた。母は義妹まで責めていない。ただ境界線を書いていたのだ。
夕方、グレタたちに事情を話すと、皆が驚くより先に怒った。
「本物を名乗るなら、まず台帳を書いてみろって話だね」
「播種日も覚えてない人が?」
ハンネスが呆れ、私は少し肩の力を抜いた。
これで王都へ持っていく札がひとつ増えた。納品帳だけではない。母から私へ継いだ管理権の証。
夜、私は契約書を防水布で包み、台帳箱の一番下へしまった。もう奪わせない。今度こそ、誰にも。




