第11話 王宮温室の裏納品帳
旧納品控えを読み込むほど、数字は雄弁になった。
観賞用白花として北辺から出た苗の数と、王都で紋章花用に消えた種子箱の数がぴたりと合う。しかも輸送費の決裁印は、王宮園芸局ではなく博覧会準備棟の仮勘定だ。
「正式に通せない費用を、展示予算で隠したのね」
私は帳面へ赤い付箋を立てた。
その夜、王都に残してきた古い知人から返書が届いた。園芸局の会計補助だった女性で、私が退職同然に出されたあとも帳簿だけは気に掛けてくれていた。
『春花博覧会の準備棟で、白い苗が夜だけ搬入されています。管理責任者欄にはリディア嬢の名。ですが育成記録の提出はなし』
これで裏が取れた。
私は北辺温室の作業机に、王都と北辺の帳面を横並びにした。種子番号、鉢番号、搬入日、品種偽名。違う帳面同士の数字が噛み合った瞬間、嘘は急に薄っぺらくなる。
「眠っていないな」
いつの間にか、レオンハルトが戸口に立っていた。夜の温室は暗い。けれど彼は灯りを増やせとは言わず、静かにランプをもう一つ置くだけだ。
「眠る前に、数字を並べたかったんです」
「並んだか」
「ええ。かなり綺麗に」
私は帳面を彼に向けた。数字の説明をすると、彼は一度で理解した。話の飲み込みが早い人は好きだ。余計な疑いから入らないなら、なおさら。
「王都は、君の北辺試験株を盗んで紋章花に仕立てた」
「しかも咲かせた功績まで義妹へ載せるつもりです」
「本当に欲しいのは花か、それとも名前か」
その問いに、私は少しだけ考えた。
「両方でしょうね。でもリディアが欲しいのはたぶん、花を咲かせられる人間としての顔です」
「君の顔だな」
短い断言だった。慰めでも励ましでもなく、事実として置かれる言葉は不思議と効く。
私はランプの火を見つめた。
「王都では、私はいつも裏方でした。種を数えて、札を書いて、咲いた花の後ろに立つ役」
「裏方がいなければ花は咲かない」
「知っていても、表へ出る人はそう言ってくれません」
レオンハルトは少し黙り、やがて言った。
「では、今回は表で言わせる」
私は顔を上げた。彼はすでに決めている目をしていた。
「北辺侯家名義で、博覧会へ出品申請を出す」
「間に合いますか」
「間に合わせる」
無茶な返答なのに、彼が言うと現実味がある。
王都の招待席へ座るだけでは終わらない。北辺の温室が、正式に競り合う場へ出る。
その時初めて、私の胸に火が灯った。怖さではなく、勝ちに行くための熱だった。




