第10話 公開植替えの日
北辺の町では、花は贅沢品ではなく冬を越える技術だった。
だから温室再建の進み具合を隠すより、見せた方が早い。私はそう判断して、北辺侯家の中庭で公開植替え会を開くことを提案した。
「見世物にするのか」
「見世物ではなく説明会です」
レオンハルトは少し考え、頷いた。
「君が壇上に立つなら、人は来る」
「どうしてそう思うんです」
「温室番まで、君の言う通りに鉢を動かしている」
確かに、最初は刺々しかったグレタも、いまでは私の書いた配置図を先回りして貼ってくれる。ハンネスなど、播種間隔を測る紐を自作して持ってくるほどだ。
公開植替えの日、中庭には予想以上の人が集まった。農家、薬師見習い、子ども連れの母親たち。皆、冬に強い苗がどう育つのかを知りたくて来たのだ。
私は卓の上へ三つの鉢を並べた。ひとつは日当たりだけで育てたもの。ひとつは過保護に温めすぎたもの。最後が、北辺の冷えを計算して夜だけ守ったもの。
「花は甘やかせば咲くわけではありません」
そう説明しながら根鉢を抜く。過保護に温めすぎた株は根が蒸れ、見た目ばかり良くて中が弱い。会場から納得のざわめきが上がる。
「人と同じだな」と誰かが笑い、別の誰かが「王都向きだ」と続けた。私は苦笑しつつ、最後の株を見せた。
「必要な温度だけ与え、あとは自分で耐えられるよう育てる。その方が長く咲きます」
言いながら、自分のことを話している気がした。王都で私は、誰かに見栄えよく使われるための花にされかけていた。今は違う。
植替え会の後、薬師組合の老人が北辺温室へ苗床布を寄付してくれた。農家からは保温用の麦殻、漁師の妻たちからは潮風に強い草花の種。人は説明されれば動く。王都で忘れかけていた実感だった。
夕方、会が終わる頃、レオンハルトが私に一冊の帳面を渡した。
「王都から戻ってきた旧納品控えだ」
前任監督官の私物に紛れていたという。めくると、白冠薔薇系統の苗が『観賞用白花』と偽名で複数回送られていた。送り先は王宮温室ではなく、博覧会の準備棟。
私は息を吐いた。
「ありがとうございます」
「礼は、花が咲いてからでいい」
彼の目線の先では、青磁鉢の薔薇がもう二枚目の葉を開いていた。
王都で奪われたものを、北辺で一つずつ取り戻している。そう思えた日だった。




