その43
四十三
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「何だ……いまのは……?」
「分からない……けど……だいたいは、消えたみたい」
「何をした?」
「須臾の流れを作って……飛ばしたの……未来に」
「……飛ばした?」
「かえしてくれるって……そう言ったから」
「誰が……?」
だが輝夜には、それに答える気力もなかった。
身体が瘴気に犯されていて、意識がとぎれかかっていた。
それは妹紅も同様だった。
そこへ、静かに近づいて来る者がいた。
「しょうがないね……とりあえず、いったん『殺して』あげるよ。そうしないと、その半端な状態がいつまでも続いちまうからね……」
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女の子が、駆け寄ってくる。
その女の子を、私は知っている。
そして、彼女は……手を、差し出す。
私に、差し出す。
その手は……。
その手は、私に向けらていた。
私は彼女の手をとる。
そうだ。
私だ。
人形を渡したかったんじゃない。
私自身が、彼女に、会いたかった。
泣いていた彼女を、私自身が、抱きしめたかった……。
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「これは……」
「ええ……ちょっと、この近くで拾ったの。かなり精巧なつくりでしょう?」
「そうね。おそらく外の世界のものでしょうね」
「正直に言うと、わたしはちょっとその人形には不吉なものを感じるの。なにかこう、余計なモノを呼び寄せてしまいそうな気がするのよ。人形は『うつわ』であり『うつろ』なものだから……」
「下手をすると何かを宿らせてしまう? そうかもね。いいわよ、余計なモノがやって来たら、適当に相手をしてあげるし……それより、この人形、霊夢に似ているじゃない?」
「……あなたもそう思った?」
「ええ。霊夢のことを知っている者が作ったとしか思えない……そんな感じがするわね。気に入ったわ。わたしがあずかりましょう」
「それと申し訳ないけれど、わたしが持ってきたことは……」
「他言無用ということね。約束するわ……その代わり、この人形がどんな運命を辿っても、結果としてあなたたちに災いをもたらしても、それは運命として受け容れてちょうだいね……」
レミリアはそう言うと、咲夜を側に呼んでその人形を手渡した。
「わたしの部屋に飾っておいてちょうだい。お客様のように、丁寧に扱うのよ」
「かしこまりました」
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「……誰?」という声がいきなり頭の中に響いて眼が覚めた。
「なによ……なんなの? なんで、わたしの中にいるの?」
……なんで、と言われても。
「うわっ……なにそれ。いや、いやいやいやちょっと待って。わたしは誰? わたしは……わたしは霊夢。博麗霊夢。幻想郷の博麗神社の巫女……だったわよね?」
≪≪≪≪≪
もう一度はじめまして、霊夢。
≪≪≪≪≪
わたしたちは、繋いでいるんだな。
≪≪≪≪≪
私はね、きみと彼の間に生まれた。
だから、またきみと彼の中に還っていくんだ。
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瘴気の渦の中心から突然猛烈な瘴気の塊が噴きだし、ほとんど同時に雷のように明滅する光の点が出現した。
黒い雲のように噴き出していた瘴気が、一瞬にして時間を逆回ししたようにその光点に吸い込まれていったかと思うと、今度は光芒が爆発的に拡がった。
「!」
幽香は眼を片手でおおいながら、空中に飛んで後退する。
すると、後ろで「おおっと、どうしたの?」と声がした。
振り向くと、レミリアとその従者だった。
「さすが紅魔館のお嬢様……この手の騒ぎには眼がないわね」
「人のことが言えるのかしら……それより、わたしは重要にことに今気づいたわよ。あれをごらんなさいな」
レミリアが指差す方向は、東。
東の山の中腹が白く輝いていた。
幽香の眼が細くなる。
「あれは……博麗神社?」
「そのようね。ここのと、同時だったわ」
「ここと……神社が、つながっている?」
「こっちよりも、向こうのほうが重要だと思う。神社には霊夢がいるはずだもの。咲夜、パチェに知らせて、ここの状況を把握させなさい。わたしは神社に行って、様子を見てくるわ」
いうが早いが、レミリアは黒い影となって一気に加速し、空の彼方へと飛び去っていった。
ほとんど同時に咲夜も姿を消す。
幽香はすこし考えたが、光芒が次第に縮んでいくと同時に瘴気が消えつつあったので、その中心へと向かって状況を確かめることにした。
残っている瘴気はさらに薄くなり、光とともに人影の見えるそこへと向かって動いているようだった。
幽香に気づいた小町が振り返った。
「こっちはもう、だいたい終わりだよ」
「…………」
近づいてみると、黒焦げのようになった不死人ふたりがぐったりとしていたが、瘴気が薄れているせいか、次第にその黒焦げ部分が再生しつつあった。一方、式神のほうは、いまの現象に耐えられなかったのか、地面に倒れ伏しており、それを永琳が介抱していた。
『穴』だったと見える領域は曖昧な感じになっていて、空間の歪みも次第に解消しているように見えた。
「いま、何が起きたの?」
幽香の問いかけに、小町が答える。
「このお姫様が口走ってたところから察するに、一年前に同じことが起きた時、瘴気の塊をここ……というより、この瞬間、に飛ばしてきたらしいよ」
「飛ばした……? 過去から移動させたの?」
「過去のお姫様が、未来の自分に向かって……つまりわたしたちの現在に向かって移動させたんだね。ただ、そのために中継役が必要だった……それが、あの『魂』だったんじゃないかね」
すると、藍の様子を見ていた永琳が言う。
「いくら輝夜が須臾を操って異なる時間の流れを作れるといっても、強大な瘴気の塊を過去から『転移』させたら、その反動が起きるわ……たぶん、それは」
そこで顔を上げて、小町を見る。
「死神さんあたりなら、見当がついているんでしょう?」
「さあてねえ……」
小町は曖昧な笑みを浮かべる。
「そこらへんになると、あたいにはよく分からないね」
やがて、身体の再生が終わった妹紅が意識を取り戻し、身体を起こした。
「いま……何が起こった? どうなったんだ? 先生は?」
「向こうはまだ終わってないかもしれない……おそらく、こちらから移動した瘴気を、あのときと同じように浄化してくれているんでしょう。いずれにしても、けりがついたかどうかは分かる」
永琳は静かな口調で言う。
「『彼』が戻ってくれば……すべては明らかになる」
☆★
一瞬の爆発的な膨らみのあとはその空虚な領域から噴き出す光の炎は、絶え間なくその色を変えながら静かに燃え続けていた。
幻想郷側では、その日食のコロナにも似た光輪に向かって、霊夢がまるで撫でるように、抱きとめているように両手をかざしていた。
だが、眼は半目のまま、微動だにしない。
障壁の魔法陣を隔てて、魔理沙とアリスはその様子を見守っている。
「……いつまでこの状態が続くんだ?」
「分からない……でも、悪い状態じゃないとは思うんだけど。さっきよりもあの光は弱くなってきているから」
「悪いけど、わたしもこの『傘』に入れてくれるかしら」
いきなり二人の間にレミリアが顔を出す。
「お……お前、いつの間に」
魔理沙がすこし後ずさる。
「あの光は、吸血鬼には毒っぽいわ。浄化されるっていうことは消滅と同じだからね……」
「もしかして、向こうの……無縁塚の様子はご存知?」
アリスが訊ねると、レミリアはうーんと言って首をかしげる。
「たぶん、向こうはだいたい片付いたんじゃないかしら。嫌な感じの怨念みたいなのがぐるぐるしてたけど、光がドーンと出て、一気にに吸い取られたみたいよ。まあ、あそこにいた不老不死娘たちは、どうなったか分からないけどね……」
と、そこへ小さな影がとことこと近づいてきた。
「あのう……すいません」
「ん」
魔理沙が振り返ると、そこには小型の通信装置らしきものをもった少女がいた。
「橙……」
「紫様がお話したいそうです」
そう言うと魔理沙に装置を渡し、ここに向かって話して下さい、声が出ます、と説明した。
「魔理沙だけど……」
『あなたたちの反対側、外界の神社にいるの。光の輪みたいのをはさんでね……霊夢の様子はどう? 意識がない?』
「霊夢は輪の前に立ってるぜ……だけどいまはわたしたちはちょっと離れた場所にいるんでな、正直、霊夢がどういう状態なのかはよく分からない」
『悪いけど、近寄ってみてくれない? あの光輪は、あなたみたいな人間には害はないわ。妖怪にとってはつらいんだけどね……たぶん、いまあの中で無縁塚から来た連中が浄化されている最中だと思うから』
「分かった……なんにしても、まず近づいてみる」
魔理沙は、そこにいろよ、というようにアリスたちに身振りをしてから、霊夢のそばにゆっくりと歩み寄る。
「…………」
霊夢はかすかに眼は開いているものの、相変わらず意識を失っているようだった。そう伝えると紫は言った。
『わたしのほうも、九藤くんがほぼ同じ状態なの……あなたも、いろいろと疑問はあるだろうけれど、いまは霊夢のそばについていてくれない? 変化があったら、わたしに知らせて。この装置はこのままにしておくから、いつでも話せるわ』
「了解……だが、これからどうなるんだ?」
『もうしばらくすれば、浄化が終わるはずよ……問題はその後どうなるか。おそらく、二人はあの人形……依代に憑依しているはずよ。そこから戻ったとき、どうなるか』
「どうなるって……元通りになるんじゃないのか」
『もし、そこにあのチビさんの魂がいたとしたら、どうなるか、よ』
「……!」
『どっちにしても、外側にいるわたしたちには分からない……あとは中にいるふたりが、どう決着をつけるかだと思うわ』
**********
周りには、コトバが流れ続けていた。それはおそらく、九藤雅樹が意識と無意識の狭間で唱えているコトバだろう。子供の頃に祖父に叩きこまれたという、祓詞だ。
そして、私たちを囲む者たちは澱のように溜まっていた執着を溶かし、還るべきところへと還ってゆく。
彼はもともと、こうした魂の浄化の術者としての資質をもっていたのかもしれない……。
『いまのあなたは……自分が何者か分かっているの?』
分かっている。私は九藤雅樹であると同時に、チビ霊夢と呼ばれた魂の持ち主でもある。
九藤雅樹から分離した私は、記憶を持たない魂として1年前に戻った。そして、フランに器を破壊された冬至の夜にいったん存在を消し、存在可能な『ここ』でまた目覚めたというわけだ。この私=チビ霊夢としての記憶は、九藤雅樹にとってはいちばん新しい記憶ということになるね。
ただ、九藤雅樹としての私は半ば眠った状態だな。
彼は……九藤雅樹は、チビ霊夢を知らないきみに会いたい、と願った。もっと単純に言えば、1年前のあの日に戻って、やり直したいと願ったんだね。
『やり直したい?』
人形を作って、神社まで来た時……そして、境界を越えようとした時、彼は自分に向かってかけよってくる女の子を視た。そのとき、彼はその子が、人形ではなく、彼自身に向かって手をさしだしていることに気づいていた。彼はその気になれば、その女の子の手をとって一緒に『そこ』へと入っていけたはずなんだ。だが……彼は躊躇してしまった。それは本能的な恐怖からかもしれないし……もっと別の理由かもしれない。それは彼自身にも分からなかった。だからこそ、彼は後悔した。自分が本当に望むものを手に入れかけていたのに、気づかなかった。そして、人形を文字通り自分の身代わりにしてしまったと……。
『…………』
境界を越えた彼の人形は、神社ではなく無縁塚に出てきた。そして、その腹の中に入っていた依代の宝石の力で、瘴気を集めた。
その瘴気は、一年の時間を飛び越えて、『ここ』に来た。おそらくあの月のお姫様の能力と関係があるんだろう。そして『ここ』にいた私は逆に一年前に飛ばされた。そして人形という器を得てきみとともに過ごした……。
『いまのあなたは、チビとして過ごした記憶をもっているのね?』
そうだ。ただ、九藤雅樹としての記憶ももっているいまの私は、きみの知っているチビ霊夢とはすこし異なる存在だ。そして、おそらくこの状態でいられるのは、『ここ』にいるいまこの瞬間だけだろう。
『それって、どういう……』
過去に飛んで自分と異なる誰かとして生きた記憶をもつ……それはとても危険なことだ。因果律を犯しかけていたわけだからね。九藤雅樹が事実上の不死になってしまったのも、『生きているうちに必ず一度は魂を過去に飛ばなければならない』という枷がはめられていたからだ。過去に人形の器を得て暮らしていたという事実があるなら、それを果たさずに死んでしまうわけにはいかない。幸いこうして、その枷ははずされたが……。
『…………』
だから、チビ霊夢としての私は、ここできみとお別れする必要があると思う。
その44につづく
ここでまたお休みを頂きます。申し訳ありませんが、ご了承下さい。再開は、2013/03/05(火)です。




