表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/46

その25



     二十五



 ようやく増え始めた木々の緑を眺めながら、日傘をくるくると回しつつ川沿いの道を散策していた風見幽香はふと、異様な気配を嗅ぎとった。


 それは彼女にとって『覚えのある』ものでもあった。


 幽香は空中に浮き上がると、その気配が強まる方向を探りながら低速で移動していたが、次第にその速度を上げて直線的に進んでいった。


 間もなく、幽香の眼下に三方を林に囲まれている草地が現れた。そこに何者かが立っていた。


(……人間?)


 多少警戒しつつ、その人物の正面の少し離れた位置に降り立った。


 幻想郷には珍しい簡潔な感じの洋装を着けた男だった。


 彼は、右腕を水平に前方へと伸ばしていた。まるで、何かを押さえつけているような姿勢にも見えた。そして、その開いた手のひらのすこし離れた先に、褐色の物体が浮いていた。


 それは木彫りの人形のようだった。


「…………」


 幽香は、少しづつ男に近づいていった。そして、相手の表情が読み取れるぐらいの位置まで来たとき、彼自身は幽香にまるで注意を払っていない……というよりほとんど意識を失っていることが分かった。


(でも、この気配……これは)


 間違いなく、幽香が知っているあの気配だった。


 幽香は去年の冬至の夜の事件を知ってはいたが、その後神社を訪れることなく今まで時間が過ぎていた。霊夢がどういう状況なのかについては直接確かめたわけではいなかったが、とりあえず周辺からの情報では大きな変化があったということはないとも聞いていた。


 とはいえ、チビ霊夢を失った衝撃はまだ残っているだろう、と幽香は思っていた。


 だが、幽香は八雲紫が事件の収束後に言ったという「『彼』の魂は消えたわけではない」という言葉に淡い希望を抱いていた。器を破壊されたからといって、魂が消えるわけはない……。


 そして、いまこの男性が操っている……かに見えるこの人形。


 そこに魂はあるのだろうか? もしかして……それは。


 幽香は、思い切って訊ねてみる。


「あなたは……誰?」


 すると、ぼんやりとした感じではあったが、『声』が聞こえた。


『私……私のことか? 私は……』


「…………」


『分からない……これは何だ。私は……どこにいるんだ』


「あなた、何も見えないの?」


『いや……見える。あなたは女の人だな。そう……とても綺麗な女の人だ』


「……!」


 幽香は、言葉の内容より、その言い方があまりにもそっくりだったために、不覚にも胸がつまり、絶句してしまった。


『あなたからは、私がどう見えるんだ?』


「……あなたは、人形に見えるわ」


『人形?』


「ええ。木彫りの人形ね。ただ、あなたの後ろには若い男の人が見えるわ。背が高くて……眼鏡をかけている」


『若い男……人形……どんな人形だ』


「女の子の人形よ。そして……お腹に何か埋め込んであるわね。宝石……これは!」


 幽香は思わず眼を見開いて、声を大きくする。


「あいつがつけてたサファイアじゃないの!」


 そのとたん、男の眼に光が戻り、浮いていた人形がすとんと草の茂みの中に落下した。



     **********



「!」


 自分の身体ががくんと落ちそうな感覚に襲われて、思わずよろめいた。が、なんとか持ちこたえる。と、目の前に誰かが立っていた。


 日傘をさした女性だった。短めの波打つ髪は緑色をしている。その表情には独特の威圧感のようなものが漂っていて、彼女が普通の人間とは異なる存在だと示唆していた。


「落としたわよ、これ」


 女性は人形を差し出してくれた。


「ああ……どうも、ありがとうございます」


 何が起きたのだろう。この女性は、いつここにやってきたのだろう。


 すると私の疑問を察したように、言う。


「あなた、気を失っていたみたいよ。どのくらいの間かは分からないけれど。あと、人形が浮いてたわ、あなたの腕の前で」


「浮いていた……?」


「ええ。ところでその人形は……どこで手に入れたの?」


「……私が自分で作りました」


「へえ。あなたは彫物師さんか何か?」


「いえ……父親が仏師をやっていましたが。まあ、これは趣味のようなものです。私は里で寺子屋の教師をしています」


「ふうん。それで……いろいろと質問して悪いけれど、その人形に嵌められているサファイアは? いったい誰から手に入れたの?」


 普通の人間相手ならば、まず質問の意図について訊き返すところだが、そんなことはできそうにない雰囲気だった。


「これはもともと母の形見なんですが……いろいろと経緯がありまして、私が作った人形が使っていて……」


「わたしが作った人形!?」


 女性は私につかみかからんばかりの勢いで目の前まで迫ってきた。


「あなた、もしかして……霊夢が外の世界で会ってきたっていう人なの?」


「え、ええ……九藤雅樹といいます」


 なんと、ここにも『彼』の知り合いらしきひとか……幻想郷はいろいろな意味で狭い。



     ☆★



「なるほどね……噂話だといろいろ錯綜していたけれど、当の本人から聞くとよく分かったわ。あなたは紫に引っ張り回されたあげく、いまは外の世界を捨てて、この幻想郷に住んでいるというわけね」


「そういうことになりますね」


 以前からの知り合いだったという部分は伏せたので、結果として『八雲さん』を悪者にしてしまったが、いたしかたない。


「でも、そこでもう一度人形を作ってみたというのはいったいどういう心境なのかしらね……というか、あなた、要するに、この人形を操ろうとしてたんでしょ? これを使って何か術でも編み出そうとしていたの?」


「あー……まあ、そうなりますかね。結果としては」


 私はすこし焦り始めていた。どうもこの女性は只者ではないようだ。というか、かなり厄介な相手ではないだろうか。


 なによりも、神社の彼女と知り合いらしいということも問題だった。この人形でやろうとしていることは、できれば彼女にはまだ知らせたくない……。


 と、女性はにこりと優雅な微笑みを浮かべた。


「なんなら、わたしが協力してあげてもいいわよ?」


「え?」


「わたしはね、強い者が好きなの。人間だろうが妖怪だろうがかまわない。あなたが強くなる可能性があるんなら、ぜひともその強さを見てみたいものだわ。ちなみにね、あなたの作った人形を器としていた魂は、相当に強かったわよ。初めて会ったときにすぐ分かったぐらいだから」


 女性はにこにこと話を続ける。


「そういえば、まだわたしの名前を教えていなかったわね。風見ユウカというの。ユウカは幽玄の幽に花の香りの香。いちおう花の妖怪と言われているけれど、そこらへんの魔法使いや妖術使いよりはいろいろできることはあるわよ。けっこう長く生きているから、どういうでもいいことをたくさん知っているしね」


「そ、そうですか……」


「さて、そこであなたのしようとしていたことだけど……わたしの見るところ、あなた自身の魂の一部をその人形に移そうとしていたみたいね。まあこの手の術は陰陽道とかでもおなじみだけど……でも、まだ慣れていないから、ほとんどまるごと人形側に移ってしまっていたわ。その匙加減をまずきちんと習得しなければダメね」


「なるほど」


 ほとんど生徒の気分でうなずいてしまう。


「ちょっとその人形、貸してみて」


 彼女は私から人形を受け取ると、腹部の窪みに埋めてある金環付きのサファイアにのぞきこむように顔を近づけたが、またすぐに離した。


「これはかなり強力ね……わたしでも油断すると引きこまれそうな感じだわ。元々はこの石は妖魔の類を浄化するためのものみたい。わたしもある意味そういうものに近いから、近づき過ぎると危ないわね」


 くすりと笑って私の手に返す。


「さっきみたいな茫然自失になる直前に、あなた、この人形に何かした?」


「指をこの腹の宝石に触れさせたんですが……」


「どっち側の手? 右、それとも左?」


「右手です」


 幽香さんは何かを思い出そうとするように、眉間に指を当て、それから言った。


「……たぶん、あなたの場合、右は陽……『吐き出す』側なんだと思うわ。だから一気に力を吸い出されてしまったのよ。試しに左手を使ってみなさい。それと、自我を保つために、触れるときに自分の名前を小声でいいから繰り返し唱えなさい。自分という存在にもっとも近い言葉は名前だから」


「分かりました」


 私は自分の名前を唱えつつ、左手の人差し指を触れさせてみた。


 すると……。


「……!」


 左の腕が前に向かって引っ張られたような感覚があった。が、意識は保たれている。ただ、視界が……不思議な感じだった。遠くと近くが二つ重なっているような……それでいて一つのような。左右で焦点の違う眼鏡をかけているような感じだった。


『今度はいいみたいね。どう? ちゃんと見えてる? 聞こえてる?』 


 幽香さんの声が頭の中心で響くような感じだった。


『ああ……だいじょうぶです』


『人形はいまあなたの前に浮いてるわ。たぶん、あなたはその人形からも私が視えているんじゃないかしら。本体と人形と、感覚が分かれているはずよ』


 そう言われてみると……確かにそうなのかもしれない。幽香さんの顔が近くに見えている……。その視界は、手の感覚に連動してる感じだ。まるで望遠鏡を操作しているような……。


 と、急に彼女の姿が遠ざかった。


「あれ?」


『……その状態で、あんまりわたしに近寄らないで』


 どうやら幽香さんのほうが後ろへ移動したらしい。


『下手をすると、力を吸い取られそうだわ』


『そうですか……しかし、これの状態をもとに戻すにはどうすればいいんでしょう』


『二つに分かれている感覚を重ね合わせればいいのよ』


『……どうやって?』


『それぐらい、自分で考えなさい』


 試行錯誤しているうちに、人形を呼び戻して自分の手に触れさせることで、本来の手の感覚を取り戻し、元の状態になることが分かった。


 そのうちに、この二重の感覚に慣れてくると、限られた挙動範囲ではあるが、自分の体の一部のように操ることができるようになっていった。


 日が西に傾きはじめ、山にかかる雲の底が赤みを帯び始めた頃、幽香さんは私に言った。


「まあこんなところかしらねえ……あとは慣れていけば、いろいろとできることが分かってくるんじゃない?」


 幽香さんは満足そうな笑みを浮かべていた。


「妙なことに付き合っていただいて……ありがとうございます。お礼のしようもありませんが」


「あら、報酬はちゃんといただくわよ? つぎに会うときは、わたしと試しに勝負してもらうわ。そのために協力したんですもの」


「勝負って……スペルカード戦ですか。弾幕を出すことはできないと思いますが……」


「べつに弾幕戦だけが戦いじゃないわ。あなたのその能力は攻防どちらにも使える力として評価できるわよ。ああ、それから……わたしがからんだことは霊夢には絶対に内緒にしてね」


 それはむしろありがたいが……。


「それと、これはちょっとした忠告だけれど」


 そう言うと、幽香さんは閉じた日傘をふいに上げた。


「!」


 思わず身構えた瞬間、さらに差し上げられた日傘の先から光弾が放たれて、矢のような速度で林の方へと飛んでいった。そして、短い叫び声とともに黒い鳥が茂みの中から飛び上がり、逃げ去っていった。


「あなた、監視されてるみたいね。気をつけて」


 幽香さんはにこりと笑う。


「それじゃ、また会いましょう、九藤さん。楽しみにしてるから」


 そう告げると、美しい花の妖怪はふわりと空中へ浮き上がり、南の丘陵地帯へと向かって飛び去っていった。


 運が良かったのか、悪かったのか……しかし、どうやら所期の目的は達成できたということのようだ。


 監視というのも少し気になったが、これだけ怪しげな活動をしていれば、監視したくなる者がいてもおかしくはないという気もする。特定の誰かを疑うというのはやめておこう。


 私は背嚢をかつぎ上げ、赤みが増す空を眺めつつ、坂道を下って里を目指した。



その26につづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ