その24
二十四
翌日は寺子屋が休みだったので、私は里の古道具屋を何軒か巡った末に、使えそうな彫刻刀を見つけた。多少サビがあったが、研げばなんとかなりそうだった。彫像に使えそうな木片は、家屋修繕用の材木を扱っている店で分けてもらった。
家に戻って昼食を済ませたあと、さっそく作業にとりかかる。まず彫刻刀の刃を研いだあと、手慣らしのために、簡単なレリーフのようなものを作ってみた。こういう手作業は久し振りではあったが、やっているうちに勘が戻ってきて、次第に自分のイメージ通りに彫れるようになっていった。
作業に夢中になっていたが、気がついてみると日が暮れていた。そこでいったん作業は終わることにした。
夕食のあとは、紙にスケッチを描いて、人形のデザインについて構想を練った。
自分の分身となり得るものなのだから、本当は男の人形のほうがいいのかもしれないが、依代としてのイメージはむしろいままでさんざん聞いてきた『彼』の……チビ霊夢のイメージのほうがいいと判断した。だったら、前に作ったあの人形のイメージをそのまま使えばいい。つまり、彼女のイメージそのものでもある。
3Dソフトを使った設計のように精巧なものにはもちろん成り得ないが、それでもそれらしいイメージにすることはできそうだった。
翌日からは寺子屋から帰ってきた午後の時間は人形の制作に費やした。大まかな外形ができあがると、あとは細かい作業を重ねるだけだった。彩色はせず、表面の仕上げには透明塗料を使った。依代の核であるサファイアは金の環をそのまま生かし、腹の位置に作った窪みの中に嵌め、固定用のカバーをつけてネジ止めする形にした。
三日目に完成した手のひらほどの大きさの人形の外観は、多少ごつごつした感じではあるが、ひなびた温泉街の土産物店に並んでていても違和感がないぐらいには仕上がった。
衣裳の形状などは巫女としての一般的なものにしたが、頭部の髪型だけは彼女と同じにした。まあここらへんの細かいところは一見しただけでは分かるまい。
「…………」
しかし、果たして本当にこれが依代として機能するだろうか?
こればかりは試してみなければ分からない。
とはいえ、家の中でというわけにもいかない。さりとて、人目がある場所でも問題がある。それに万が一、予想外の現象が起きて里の人達に迷惑をかけないとも限らない。
人間も妖怪もあまり近づかないような場所というとどこらへんになるのだろう……。しかし、そんなことを妹紅あたりに相談するとまたなんかいろいろ言われそうだ。
そもそも、この幻想郷の地図というものはあるのだろうか。あまり話を聞いたことがない。そのあたりから当たってみるというのがいいかもしれない。
私は背嚢に人形と外出用の装備を詰めて背負い、家を出た。まだ日は高いので多少遠出をしても大丈夫だろう。
ようやく周りの風景も春らしいものになってきた。幻想郷は気候的には寒冷地の部類に入るのだろうが、四月も末近くともなれば日陰に残っていた雪もほとんどなくなり、陽射しもかなり強くなってきている。
里に入って表通りを歩きつつ、さて地図はどういう店で探したらいいのだろう、と考えていると、明るい声が聞こえてきた。
「こんにちは、九藤先生」
振り返ると、特徴的な髪飾りをつけた女の子が立っていた。早苗さんだ。
「やあ、ご無沙汰してました」
「お久しぶりですね。またそのうちにうかがおうかと思ってたところです。今日はお出かけですか?」
「お出かけというか……出かけたいとは思うんだけれど」
そういえば、彼女はいわば外来人のわけだから、地図の必要性というのは感じているかもしれない。
「早苗さんは、この辺の地図というのを見たことがあるかい」
「地図ですか? 簡単なのならウチにありますけど」
「守矢神社にかい?」
「もちろん神社にもありますけれど、ここの里の社務所にもいくつか置いてありますから、よろしければお譲りしますよ」
「社務所があるのか……ってことは、ここにも分社とかがあるのかい」
「それはいまは計画中というところですね。土地を借りたりするのはなかなか大変なんです」
早苗さんはいま戻るところでしたから、このままご案内します、と言った。
表通りから一本裏側の通りの一角に長屋風の建物があり、等間隔で並んでいる入り口のひとつに「守矢神社出張社務所」と筆字で書かれた看板がかけられていた。
「ほんとに手狭な所なんですけど……あ、どうぞお上がり下さい。そこだと落ち着いてお話もできない感じですから」
実際、玄関に相当するスペースはほとんどないので、上がらせてもらった。畳敷きで、手前には長方形の座卓が置かれている。いちおうこれは応接用という感じで、その奥には事務用という感じの机があり、早苗さんはそこ向かって何やら探してる風だったが、やがて半紙ほどのサイズの紙をもってきた。
「ありました。これです」
それは、手書き風の絵地図で、現代の地図のような詳細さはないものの、主要な場所はしっかりおさえている感じだった。
「里の人たちはほとんどこの近辺からは離れることがなくて、地図を使うっていう考え方がそもそもないみたいなんですが、わたし自身はだいたいの地形は把握しておいたほうがいいと思って、上から見た感じを絵にしてみたんです。ほんとにおおざっぱなので、とても正確とはいえませんけど」
「いや、よく描けているよ。特に川と道がしっかり描いてあるのがありがたい」
どこまで道が続いているのか、その道にそってどんなものがあるか。そのあたりがはっきりしていることが重要なのだ。
「しかし……こうして見ると、普通の人間が出歩ける範囲というのはあまり広くない感じだね」
「そうですね……魔法の森や迷いの竹林は簡単に出入りできるところではありませんし、山の方に行くと、何かしらの妖怪の縄張りだったりで。言い方は悪いですが、人里は妖怪の国々に囲まれた便利な非武装中立地帯みたいなものです」
さすがは元女子高生、言うことが近代的だ。
「するとさしづめ早苗さんは守矢王国の人里大使というところかな」
「どうでしょう? 大使なんて偉そうな身分じゃないことは確かですね」
早苗さんは苦笑する。
私は地図の礼を言い、社務所を辞して人里から出た。
「……さて、どっち方面が良さそうかな」
川沿いの路上から見渡すと南側には丘陵地帯に竹林が広がっているのが見え、西側には平地に黒々とした魔法の森が見える。北側は妖怪の山だ。こうしてみると、安全そうに思えるのは神社のある東の山ぐらいしかない。
しかし、あのイヅナくんの話だとそのあたりにも妖怪はそれなりにいるようだから、そんなところで妙な実験でもしたら思わぬ攻撃を食らってしまうかもしれないし、下手をすればイヅナくんに迷惑をかけるかもしれない。
地図を取り出して見てみると、神社と迷いの竹林の中間あたりに川沿いにゆるやかな丘陵地帯が続いているところがあるようだった。いちおう道も川に沿ってあり、最後は「太陽の畑」と呼ばれる場所に辿り着くようだ。
人の住んでいない地域へ向かうのは基本的に危険がともなうが、それは神社へ向かうのと似たようなものだ。それに、ここから見た感じだと、そのあたりは森だけではなくて草地がところどころに広がっているように見えた。見通しのききやすい場所のほうが、いろいろな意味で安全だろう。
私はその丘陵地帯に向かうことに決めた。
以前永遠亭に行った時にたどった道を途中まで進み、川を渡ってからその川に沿って進む分かれ道へと向かう。
ゆるやかな上り坂になっているその道を進んでいくうちに、草地の斜面が広がっている場所を見つけた。低い潅木はところどころ生えているが、いわゆる原っぱという感じだ。
まるでそこだけ木々の並びが半円形に繰り抜かれているような形から推測すると、以前家が建っていたが、取り壊されて敷地だけ残ったのかもしれない。この程度の広さがあれば、周りに迷惑をかけることもないだろう。
草の広がる緩やかな斜面の中ほどで、背嚢を降ろし、中から人形を取り出した。
さて、ここからが問題だ。
どうすれば、この依代を制御できるのだろう。
意識を移動させる、といっても、何か具体的な方法を知っているわけではない。
ヒントになりそうなのは、参道であの気配に出会ったときの、腕が自然に動いた感覚。あれを自分で再現することはできるだろうか。
意識を移す。意識を拡げる。
いや、待てよ……。
依代の側から見れば、それは意識を『吸い取る』ということじゃないのか?
つまり、こちらの意識を吸い取るには……。
私は人形の腹の窪みに金の環とともに固定されたサファイアを見つめる。祖父の言葉は、つまりそういうことか?
半分だけむき出しになっているその青紫色の宝石に、私は指を触れてみた。
その25につづく




