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その23



     二十三



「珍しいのね、こんな時間に」


「……たまにはそういうこともある」


 竹林に囲まれた永遠亭の門前で、ふたりの長髪の少女が距離をおいて佇む。


 一方の少女は黒いつややかな髪をそのまま拡げるように腰まで、もう一方の少女は銀色の髪を束ねて、腰のさらに下まで伸ばしている。まるで積み重ねた年月を体現しているかのようだ。


「最近は、あんまり『挨拶』もしていないわね。里とここの間を行ったり来たりという生活にかかりきりなの?」


「かかりきりというわけでもない。だが、ひまつぶしとしてはそう悪くない。不死人だからといって、妙な眼で見られることもない。せいぜい『幻想郷によくいる人外の一人』として扱われるだけだ」


「人外はいっぱいいるものねえ、ここには。ところで……今日連れてきた男も、そういうたぐいの一人なのかしら」


「さあな、分からない。変わり者ではあるけどな」


「……男って、どういうものなの?」


「いきなりそんなことを訊かれてもな……答えようがない。女とは異なるものだ」


「永琳は、ヒトの男というものはヒトの女以上に脆くて壊れやすいものだと言っていたわ。だから、わたしたちがまともに相手にするべき者ではないとも」


「きっと相手のことを思ってのことだろうさ。実際、お前が相手をした男たちは壊れていっただろう」


「あれは相手にしたと言えるのかどうか。でも、正直あの頃はヒトというものをまともな見方で見てはいなかったんでしょうね、わたしは。でも……どうなのかしらね。たとえば、相手も不死だということになれば、すこしは見方が変わる?」


「……?」


 眉根を寄せた妹紅に輝夜は謎めいた笑みを浮かべてみせる。


「そういえば、この間来ていた天狗が面白いことを言ってたわね……なんでも里にきた新しい外界人の男が博麗神社の参道を作ろうとしているって。わけを聞いたら、自分が参拝したいからだって。わたしはその話を聞いて思ったわ。ああ、それはその男が神社の巫女に懸想してるんだろうって」


「そんなこと……その程度の話でなんで分かる」


 妹紅は不機嫌な声を出す。


「分かるわよ。男というのは、懸想した相手のためにならどんなことだってできるものだわ。傍から見ると馬鹿馬鹿しいように思えることも、平気でね」


「……わたしはべつに馬鹿馬鹿しいことだと思わないが。博麗神社はこの幻想郷にとっては重要な場所だ。そこに妖怪ばかりが入り浸っているというのはおかしな話だろう。人間たちがそこに触れるための道筋をつけるのはむしろ必要なことだ」


「でも、里の連中のためにやっていることだとは思えないわ。その男はあの博麗の巫女が一種の贄で、それについて里の連中がいわば見て見ぬふりをしているということを分かっているでしょう」


「だとしたら、どうだというんだ」


「べつにどうもしない。ただ、興味があるだけ。少々無謀に過ぎるその男の心にね」


 輝夜は細く白い指で横髪を掻き上げる。


「そういえば、前に無縁塚で会ったお人形さん……その男が作ったんですってね? 面白いわね。なんていうか、ある種の因縁を感じるわ。たしか、去年の秋分の夜とのからみもあるのよね? わたしたちが『殺し合って』いたときに、何かが起きた。でも、そのとき起きたことを、わたしたちはふたりとも忘れてる……妙な話よね」


「例の……得体のしれない『穴』が開いたんだろう? その『穴』にとりこまれたあげく、粉々になったってところだろう。お前も見たじゃないか、魔理沙と花の妖怪が戦ったときにできたあれを」


「そうね。ただ、あの『穴』は……なぜ開いたかはともかくとして、どういうものだったのかしらね。わたしたち、あの穴に取り込まれて、何かを見たのかしら? あるいは、『何かをやらかした』、のかしら?」


「……どうしたんだ、輝夜。今日はやけにおしゃべりじゃないか」


「ちょっと、興奮してるのかもね。まあ、見慣れないものを見ると、気分が浮き立ったりするものよ。そんなこと、あなたにはない?」


「なくはないが、あんまり表には出さないようにしてる」


「慎み深いのね……」


 輝夜はため息をつく。


「お前は護られているから、慎み深くなれないのさ」


 妹紅もため息をつく。



     *********



「あくまでも『彼』を診たときの記憶からのわたしの推測でしかないから、それは十分に承知しておいてくださいね」


 八意先生は慎重な口調で言う。


「おそらく、本来はその宝石は術者の魂の一部を分離して、文字通りの分身を形成するためのものじゃないかと思います。術者の視点で言えば、依代に自分の意識を移して、自分の躰の一部として操作するということね。肉体から離れることによって……ある意味、『人ではないもの』になることによって、術式を効率的に実行することができるという考え方でしょう」


「つまり……自分自身の精神の一部を『式神』として用いるという感じでしょうか」


「そうね、そんな感じに近いでしょう。ただ、その宝石だけでは依代としては機能しづらいから、それなりの『形』を与えてやることが必要でしょうね。それは、むしろ術者のイメージなり意思なりを重ねやすい形を与えるということ……まあ、その典型が人形だということになるでしょう」


「なるほど……」


 あのときの腕の感覚……何かの意志が宿ったかのようなあれは、依代となるものに重ねられるべきだったのかもしれない。


「注意しなければならないのは、依代の側に意識の重みが移るほど、本体のほうの意識は鈍くなってしまうだろうという点ね。あまり意識が偏ってしまうと、本体と依代を同時に攻められたりしたときに、思わぬ被害を受けるかもしれない」


 こうなるとすでに戦術的なアドバイスに近い。


「分かりました」


「まあ……慎重にね。ここに来たあなたの意図みたいなものはだいたい分かりますし、遊び半分で考えていることじゃないでしょうけれど」


「はい。申し訳ありませんでした、無理にお願いしてしまって」


「いえいえ。はじめに言ったように、これは取引ですから。そこのところを分かっていてもらえれば何も問題ないの。それじゃ、検査の結果は時間があるときにまたいらしてくれればいつでもお知らせしますから」


 私は礼を言って診察室を出た。


 きた道を戻って門のところに行くと、妹紅が同じ場所で待っていた。


「わりと早かったな」


「ああ、診察を受けて、血液を取って、そのあと少し話をしただけだ。例の慧音さんとの一件から永遠亭で手当てを受けるまでの話もひと通り聞いたよ」


「そうか。それじゃ、帰るか」


 私たちは門から出て、永遠亭をあとにした。


 竹林に囲まれた細い道を戻りながら、妹紅が訊いてきた。


「お前さん、神社の参道が完成したら、そのあとどうするんだ?」


「……まあ、参拝にでも行くさ。そのための参道だからな」


「そりゃそうだろうが……」


 妹紅は困ったような顔になる。


 さすがにちょっと内容がともなわない言い方になってしまったか。


 しかし、だからといってこっちの事情を細かく説明するわけにもいかないからな……。


「あとはそうだな……一度、子供たちを連れて行ってやりたいとは思ってる。神社の鳥居のところからのながめはいいからな。妹紅も知ってるだろう?」


「知ってるが……しかし、参道ができたからって、道中が安全かどうかは分からないぞ?」


「いざとなったら妹紅にも同行してもらうかな。ここの道案内をしてくれるぐらいなんだから、たまに神社に案内してくれたっていいだろう? 案内料は私が払うよ」


「そんなもんは別にいいよ……」


 それから妹紅はふと思いついたように言う。


「先生は、割りと子供好きなのか?」


「子供好きと言えるかどうかは分からないが……でも、子供の成長を見るのは楽しみだな。子供っていうのは日々変化していくからな。昨日と今日じゃ違うっていうことが分かることがよくある」


「そうか……」


 妹紅は何かを思い出すような目つきをする。


「まあ、先生向きの性格ではあるな」


「…………」


 すこし様子が変な気がする。


「どうしたんだ? 待ってもらってる間に何かあったのか?」


「いや、べつに。お前さんが先々のことをどんな風に考えてるのかな、とちょっと思っただけさ。だが、いい大人に対して余計なお世話だった」


 そう言うと、銀髪の少女は足を早めた。すこし不審な気分ではあったが、それ以上追求することもできなかった。



その24につづく

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