その22
二十二
「なるほど、石自体に霊力を吸い取る力があったというわけか……」
竹林の中を進みながら妹紅は唸るような声を出す。
「初めて里で会ったとき、あいつを片手で抱いて歩いてたら、途中で意識が朦朧としてきた。どうやら、途中でわたしの力を吸ってしまったらしいんだ。それがどういう仕組みだったのかはよく分からなかったんだが……宝石自体にそういう仕掛けがあったんだとしたら、不思議ではないか。しかし、わたしのスペルカードまで発動させたというのは納得がいかないが」
「……ついでに聞いておきたいが、スペルカードというのはそもそもどういう仕組みなんだ?」
「攻撃手段のための術なり技なりの名前を書いたものさ。その術を『名前』で発動させることができる能力がある奴は、そのカードに書いた名前を宣言して攻撃をする」
「呪文の詠唱と同じようなものか」
「声に出していちいち名前を詠唱しなくたって術を行使できるやつがほとんどだとは思うが、いったん術のイメージと名前がしっかり結びついてしまえば、名前を呪文代わりに使ってる場合もあるだろう。どっちにしても、名前を言えば術が発動するとか、そういう単純なものじゃない。重要なのは、自分の使う技を相手に知らせるってことなんだが、相手によって、そこらへんの取り決めはけっこう変わる。いちいち名前を宣言するほどじゃない小規模な攻撃は、スペルカードによる攻撃として数えないということも多い」
「なるほどな……しかし、いずれにしても、それだけの威力のある術を使える者だからこそ、そのルールに意味があるわけだな」
「飛び道具的な術を使うという段階で、もうかなり敷居が高い戦いなんだ。だから、弾幕戦ができるような実力をもつ妖怪なんて、そんなにたくさんいるわけじゃない。もし仮に、そいつらが本気で相手を叩き潰そうとしたら、人間の剣や銃の戦いなんてものじゃ済まない」
「ということは……そんな高度な段階まで達していないような人と妖怪との戦いというのは、本来スペルカードルールの対象じゃないんだな?」
「いや、考え方そのものは応用は効くと思うが……妖怪の力というものは超常的なものだからな。人がそれに正面から対抗して戦うことは簡単じゃない。だから、人と妖怪が対等に争える舞台をうまく整えることが肝腎だろう。極端なことを言えば『戦い』じゃなくてもいいんだ」
「しかし、相手からすると何か優れた技をもつ者を相手に争うということじゃないと、張り合いがないんじゃないか?」
「そうでもないさ。それこそ人と張り合わなきゃ、あいつらは存在の意義を失いかねないんだ。むしろ人間様が相手をしてやる、というぐらいの気位をもってもいいと思うぞ?」
「うーん……それは妹紅だから言えるセリフじゃないのかなあ」
私たちは話をしながら竹林の奥深くへと歩みを進めてゆく。
やがて、前方に建物らしきものが見えてきた。
「あれか、永遠亭は……」
「ああ。どこぞの老人が隠遁している屋敷のように見えるがな……さて。わたしの役目はここで終わりだ」
「えっ?」
「当然だろう? お前さんは、ここへ検査を受けに来たんだろうが。わたしはそのために案内役をしただけだ」
「じゃあ、帰りは……」
「待ってるさ、診察が済むまでな。そのことは気にしなくていい。これはもともとわたしが好きでやってることだからな。言うなれば、『自分に形を与えるためにやっていること』さ」
妹紅はそう言うと、門の奥の建物の入り口を指さした。
「あそこで、呼び鈴を鳴らせば、誰か出てくるよ。そこで用件を伝えれば、永琳なり何なりが対応する。多少待たされることもあるかもしれないが、連中も里の人間への対応は優先してるはずだから、悪いようにはしないと思う」
「分かった、ありがとう」
私は扉が開け離れた門をくぐると、敷石を辿って入り口へと達した。
開けっ放しの引き戸の脇に、風鈴のような形の呼び鈴らしきものがあったので、ぶら下がっていた紐を揺らして鳴らしてみた。
自転車のベルよりはもっと澄んだ感じの……まさに風鈴そのものの音色だ。
すると、とたんに奥から足音が聞こえてきたかと思うと、看護師……らしき人が現れた。あれは、ウサギの耳?
「……あの、永遠亭に御用の方ですか?」
「ああ、はい。たぶん通常の時間帯とは違うのだろうと思うのですが……いま、八意先生の診察を受けることはできますか?」
「ええ、できますよ。うちは患者の方はいつでも受け付けていますから。それで、お体の方は? どのような具合なんでしょうか」
「実はいまどこかが悪いというのではないのですが、検査を受けたいと思いまして、それが可能かどうか伺いたいんです」
「検査……ですか」
それからウサギ耳の看護師さんは、私の身なりを確かめるようにさりげなく視線を動かした。
「もしかして、最近外から来られた方ですか?」
「……もう四ヶ月ぐらいは経っているとは思いますが、最近といえば最近なのかもしれませんね」
「そうですか。外の世界の医療技術がどれぐらいのものなのか、わたし自身はよく分かっていませんけれど……検査を受けておきたいと思う気持ちは分かります。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「九藤雅樹といいます」
「クドウさんですね。では、伝えてきますので、すこしお待ちください」
看護師さんはぱたぱたと急ぎ足で廊下の奥へと姿を消す。
と、彼女が去った方向とは逆の側からひとりの少女が玄関に姿を現した。
「あら……患者さん?」
黒髪のロング。ある意味、現代風の髪型ではある。里の人たちには長い髪の女性はみかけない。手入れが大変だということもあるだろう。服は和服のような、それでいて現代風のデコレーションがあるような、折衷した感じの服だ。
ただ、顔立ちは整っているが、日本人という枠からはややずれているような気もする。もっと大陸的な感じの、東洋風の美人。
「ああ、いま看護師の方に用件を頼みましたので……」
「かんごし? ああ、鈴仙のことね。あの子、元をただせば軍人なんだけどね……」
それはまた意外な一面だ。しかしまあ、その程度では驚いてはいられない。
黒髪の少女はふたたび私に顔を向けると、一瞬、眉根を寄せた。が、それは本当に一瞬で、それが何を意味するのか読み取れなかった。
「あなた、里の人たちとは違うわね。身体が大きいし……顔も違う」
「そうですか? 同じ日本人ですけれどね」
「日本人か……そうねえ、そういえばそういうくくり方もあるのよね」
不思議な感じの子だ、と思った。彼女や魔理沙とはまた違う。同じ空間にいるはずなのに違うものが視えているような、そんな視線。
「なんにしても、あなたは『こちら側』の人ね。それは分かる……」
そう言うと、微笑みを浮かべる。
「わたしは蓬莱山輝夜。いちおう、わたしがこの永遠亭の主人なの」
なるほど……そう言われれば、そういう感じはする。あの吸血鬼の少女に似た、外見とは一致しない奥深さ。
「私は九藤雅樹です」
「そのうち、またお話でもしましょうね」
そう言うと、優雅に会釈をして彼女は戻っていった。
ちょうど入れ替わるように、ウサギ耳の看護師さんが戻ってくる。
「お待たせしました……何か、ありましたか?」
「あ、いや。何も」
それではご案内しますといって、玄関の三和土に降りてきた。診察室はこことは離れたべつの建物にあるらしい。
看護師さんのあとについて竹林に囲まれた中庭を進み、やや意外と思えるぐらいに洋風な雰囲気の建物に入った。
中に入ると、そこはもう診察室らしき設備に囲まれた部屋で、窓際に据えられた机に向かっていた医師がらしき人物がこちらを向いた。
「ようこそ、クドウさん。どうぞ、そちらの椅子にかけてください」
と向かい側の椅子を示した。
「ちなみに、クドウのクはどういう字を書くのかしら。大工さんのクかしら、それとも……」
「九つの藤です。雅樹は雅な樹木の樹ですね」
「これはまた、縁起のいい感じのお名前ね。わたしの八意よりも数字が一つ多いし」
彼女はさらさらと書類に書き込む。よく見ると、ボールペンを使っている。まさかこの手の筆記具を造っているところはないだろうし、先日の魔理沙の話から推測すると、ここも妖怪とそれなりのコネクションがあるのだろうか。
それにしても、彼女も医師にしては風変わりな服を着けている。青と赤というのは床屋のサインポールと同じで静脈と動脈の象徴なのかもしれないが……。
「それで、検査を受けたいということだけれど……具体的にはどんな検査を希望されますか?」
「できれば血液検査を受けたいところですが……難しいですかね」
血液検査は項目にもよるが、健康状態の指標としてはかなり多くの情報を得ることができる。ただ、こうした検体検査は個人医院だと外部の専門検査組織に委託するのが普通だ。
「いえ、それなりにはできますよ。ただ、時間がかかるので、またおいでいただくことになりますが、よろしいですか?」
「それはかまいません」
「わたしもその手の検査を定期的にやるのは大事だと思っていますが、まだ里の人たちにそういう意識をもってもらうのは正直なところ難しくて」
それはそうかもしれない。医学や生理学の知識もない状態で、採血の意味など理解できないだろう。
「……そういえば、寺子屋に新しい先生が来たという話は聞いたわ。もしかして、あなたがそうなの?」
「はい、そうです。算術と、理科も少し教えています」
「理科系の知識をお持ちなのね? どのあたりがご専門?」
勉強家だという魔理沙の言葉を思い出す。外の世界のことも案外くわしいのかもしれない。
「応用物理学と言われている分野です。物理学と工学にまたがった分野といえばいいんでしょうか……ただ、学校を出てからは中学校で理科の教師をしていました。まあそのあといろいろありまして……こんな具合に」
「ふーん、しかし珍しいわねぇ。あなたみたいな人がこの幻想郷に入り込むなんてね……鈴仙、採血用の注射器と検体容器をもってきて」
「はい」
「じゃあ、準備をするので、その間に診察もしましょうか、せっかくだからね。上を脱いでもらえる? ちょっと寒いかもしれないけれど」
「だいじょうぶですよ」
私は上着とシャツを脱いだ。
そこで、一瞬八意先生の表情が一瞬動く。
「……それは」
「母の形見の宝石です。まあ、いまとなっては私の作った人形の形見でもあります」
「なるほど……そういうこと」
八意先生はようやく納得した、という表情で私を見た。
「最初からそう言ってくれればいいのに。まあ、そういう慎重なところは『彼』と同じなのね」
その23につづく




