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その21



    二十一



 翌日、いつものように昼食時に寺子屋に訪れた妹紅に、私は話をもちかけた。


「実は頼みがあるんだが。永遠亭に案内して欲しい」


「え?」


 慧音さんが眉をひそめる。


「なんだ、どこか具合でも悪いのか?」


 妹紅はその言葉とは裏腹にさほど心配した風でもなく、沢庵に箸を伸ばし、景気のいい音をたてて齧る。


 対照的な反応だ。


「予防的な意味で、検査を受けてみたい。具合が悪くなってから診てもらうよりも、結果としてはお互いに手間がかからない」


「検査ねえ……まあ、そういうことができるのかどうかわたしは知らないが、案内はできる。ただ、朝のうちに行って昼前に戻るというのが普通だから……」


「明日は五の日だから寺子屋は休みだ」


「ああ、そういうことか。じゃあ、時間は……まあいいか、迎えに行く。朝の九時ぐらいだ」


「いや、わざわざそこまでしてくれなくても……」


「時計をもってるお前さんみたいに時間が正確じゃないんだ。それにいまは冬だしな。急病人はともかく、常連の連中にはあらかじめ行く予定を聞いておいて、声をかけてるんだ」


「なるほど」


「……本当に具合が悪いわけではないのですか?」


 と慧音さんが念を押すように訊く。


「逆に、具合が悪いように見えるでしょうか? だとしたらちょっと不摂生ということかもしれないが」


「いえ、そういうわけではないのですが」


 すると妹紅が唐突に言う。


「そういえばお前さん、最近神社の方に行ってないらしいな」


「……幻想郷というのは、そこらじゅうに監視装置でもついてるのか?」


「忘れたのか? 昨日は例の二人組がここに泊まっていったんだぞ? わたしも今朝、顔を合わせたよ。いつも永遠亭に行く前にここに寄ることにしてるからな」


「ああ……なるほど」


「そこで、ひとつお知らせしておくことがある」


「なんだ、改まって」


「霊夢は、もうお前さんの行動については気をもまないことにしたそうだ」


「?……どういう意味だ」


「言葉通りの意味だろう。まあ、霊夢から見れば素人同然のお前さんのやりかたは、かなり心配だったらしい、いろいろとな」


「…………」


「だが、『あの人にはあの人の考えていることがあるようだから、わたしが邪魔してはいけないと思った』んだそうだ」


「そうか……」


 そのあたりのことについてはとくに何も話さなかったのだが……しかし、幻想郷で力を得るとどうこうという話はしたか。


「すいぶん淡白な反応だな? ひとつ解説しておくと、霊夢は別にこれをお前さんに伝えてくれとわたしに言ったわけじゃない。だが、明らかにこれは伝えて欲しいという意図がこめられた言い方だとわたしは思った。だから、わたしはお節介にもこうして伝えたわけさ」


 妹紅にしてはやけにまわりくどい言い回しだが……。


「それは……それは、悪いことをした、と言うべきなのかな?」


「べつにお前さんが謝ることじゃないがな。だが、こういう役回りは金輪際ごめんだということは、霊夢に言っておいて欲しいな!」


「……怒っているのか、妹紅?」


「こんな馬鹿馬鹿しいことにいちいち怒るか、このわたしが!」


 言葉と口調がここまで矛盾している例はひさびさに見た。


 しかし、へんな気遣いをすると余計に怒るような気がしたので、深追いはしないことにした。



     ☆★



 食事の片付けを済ませて慧音さんに挨拶したあと、寺子屋の玄関で靴をはいていると、後ろから妹紅の声がした。


「気が変わったぞ、先生」


 私は振り返る。


「……何がだ?」


「これからお前さんを永遠亭に連れて行く」


「なんだって?」


「どうせ、午後はヒマなんだろう。例の参道の作業は中断してるんだし。それに、わたしが思うに、ふつうの病人たちと一緒にお前さんが永遠亭に行くと、周りの連中にいろいろと詮索されるのは間違いないぞ。だいたい検査がどうだとかって……そこらへんがすでに怪しいからな」


「…………」


 あることないこと言われるのはかまわないが、妹紅に怪しいと見られてしまっているのは予想外だ。


「お前さん、案外と考えていることが顔に出るんだな。そこらへんが、ある意味では弱点かもしれん。まあ、人間そうでなくてはつまらんが」


「私がいまどう思ったと?」


「ああ、バレたか、という顔をした」


「…………」


「お前さんは嘘をつけない人間だ。だから、嘘をつくのは避けようとするし、嘘をつかなきゃならないようなところに自分を追い込むような余計なことは言わない。しかし、そうだと見抜かれてしまうと、相手によっては逆手にとられてしまう。そこは用心したほうがいい」


「その忠告は素直に受けとめておくよ」


「それで、本来の目的はなんだ?」


「例の人形の『彼』の話を聞ければと思ったのさ。なんでも、あそこに担ぎ込まれたことがあったらしいじゃないか」


 まあ人形なんだし、担ぐというほどの大きさではないはずだが。


「そういうことか……ま、それはいいさ。先生がその件について知ってはいけないということはないからな。どうせいろんなやつが見聞きしてるんだし、妙な尾ひれがついた話を聞かれて誤解されるよりはましだ。なんなら、わたし自身が見聞きした話ぐらいはしてもいい」


「そうか、それは助かる」


「その代わり、こっちの問いにも二、三答えて欲しい。まあ、その話は竹林に行ってからにしよう。このあたりは無用心だからな。どこぞの妖怪が盗み聞きしてないとも限らん。そういえば、昨日霊夢がお前さんの家に御札を貼っていったようだが、あれの意味は分かっているか?」


「破魔の札……と言っていたな。妖怪に対して多少の効き目があるのか?」


「多少どころじゃない。お前さんの家には、今後はそれなりの一流どころの妖怪じゃないと近づくこともできないようになった。ただ、大切なのはそのことをお前さん自身も知って、その威力を信じることだ。分かるか?」


「それはつまり……神に対する信仰と同じで、人の側にその霊威を共有する心がなくてはせっかくの御札も機能しないということか」


「そういうことだ。この幻想郷では、精神の力、意志の力というのは大切なんだ。古いものや由緒のあるものが力をもつというのも、そこに積み重ねられた想いを共有する精神があってのことなんだ」


 過去の想いを共有する精神、か。


 昨夜はどちらかというと、あの子たちに自分の過去の想いよりも新たに積み重ねていく自分というものを強調した話をしてしまったが……まあ、こっちにも都合というものがあるからな。


「それじゃいくぞ。方角は神社のほうと同じだが、途中から別の道に分かれる。竹林に入ってから迷うと簡単には出られないから、用心してくれよ」


「分かった」


 さて、どこまで追求されるか……自分の何十倍も生きているらしい相手にまともな駆け引きが果たしてできるものだろうか?



     *********



「昨夜の話でいろいろと見えてきたことはあったけどさ……あれはやっぱり、自分で妖怪の相手をしようとしてるんじゃないか?」


 魔理沙は卓袱台に向かって両足を投げ出した姿勢で、霊夢の作業を眺めつつ言う。


 霊夢は短冊形に切った紙に、朱墨をつけた筆で次々に独特の記号のようなものを書き付けている。


「かもしれないわね」


「かもしれないわねって……いいのかそれで。あのままだと本当に命の危険があるぜ」


「でも、あなただって初めのうちは同じようなものだったでしょ? 魔法の森で暮らし始めたのだって、いまから考えてみれば相当に命知らずよね?」


「いやまあ、それはそうなんだがさ……」


 魔理沙はぽりぽりと鼻の頭を掻く。


「それにしたって、なんか危なっかしい感じがするんだよな、あのお兄さんは……」


「外界から来たばかりだしね。ただ……あの人は、わたしじゃできないことをやろうとしてるんじゃないかって気がするの。正直、ここらへんの妖怪と関わりをもつことってあんまりなかったからね。何か悪さを仕掛けてきた奴には、すぐお返ししてたし」


「九藤さんなら、そこらへんをなんとかできるってことか?」


「……わたしはどちらかっていうと異変を起こすような強い妖怪の相手をすることが多かったから、人間として妖怪と相対してるって感じじゃないのよ。下手をすれば、妖怪とたいして変わらないやつだと思われてる節もあるでしょう。でも、それでいいのかな、とも思うわけよ」


「へえ……つまり、もっと『人らしく』妖怪の相手をしようってことか? なんだか、新しい考えを聞いてるような気がするな」


 魔理沙は感心したように言う。


「もしかすると、だけど、妖怪に対する見方のようなものを、あの人から教えてもらえるような気がするの」


「ふうん……」


「だから、わたしは出しゃばらないほうがいい」


 霊夢は筆を動かしながら言う。


「それに、あの人は自分の命を粗末にはしない人だと思う。危険な目にあったら、ちゃんと生き延びようとするわ。だったら、どうにでもなるでしょう?」


「……信用してるんだな、九藤さんのことを」


 魔理沙の言葉に、霊夢はかすかに笑みを浮かべる。


「そこそこにはね。でもまあ、備えあれば憂いなしだから……」


「弾幕用の御札を量産中ってわけか。まあ何にしても、やる気が出てきたのはいいことだな」


「……ありがとうね、魔理沙」


「え……何が」


「いろいろと、考えてくれてたみたいで」


「別に、たいしたことは考えてないぜ」


 魔理沙はすこし照れたように顔を横に向けた。


「そんなたいしたことじゃ、ない」



その22につづく

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