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19/46

その19



     十九



 稗田家を辞して家の前まで戻ってくると、なんと入り口の近くで焚き火らしきことをしている人たちがいた。というか、あの服はどこかで見たことが……。


「いよう、九藤さん」


 灰色のコートにピンクのマフラーを着けた金髪の女の子が手を上げる。


「ちょい久し振りだな?」


 そして、もうひとりの人物もぺこりと頭を下げる。ダウンジャケットを羽織り、下はジーンズだ。やけに現代的だと思ったが、よく考えてみるとそれは以前に外の世界で会った時の服装だったのだ。


「……こんにちは」


「やあ……その、こんにちは」


「もうすぐこんばんはになりそうな感じだけどな。いやあ良かった、心配したぜ。帰って来なかったら探しに行くところだった。これからちょっと時間あるか? というか、あるよな?」


 魔理沙はこれ以上ないというような明るい笑顔で言う。圧倒されそうだ。


「わざわざ私を訪ねてきてくれたのか?」


「わざわざってほどのことじゃないさ。実は香霖に頼まれて、届け物をな」


 彼女は大型のリュックのようなサイズの風呂敷包みを指さす。まるでマンガに出てくる泥棒がかついでるもののようだ。


「まあ、他にもいろいろあるんだ。もちろん、霊夢も大事な用件があるからな」


「どうしてもちろんなのよ……!」


 彼女が慌てたように言うが、魔理沙は笑って答えない。


「ええと……まあ、中に入ってくれ。ずっとここで待っていたのか? 寒かっただろう」


「いや、たいしたことない。この服、暖かったし。まあそれにこれがあったからな」


 と地面に置かれている、小さな香炉のようなものを指さす。そこからは青白いというか、微妙に色合いの変化し続けている光が出ていたが、魔理沙が腰をかがめてそれを拾い上げると、光は静かに消えた。


「……これは?」


「魔法の道具の一種だな。ミニ八卦炉というんだ。本来は武器なんだけど、こういう使い方もできる」


 金属製の香炉のように見える。名前の通り、八卦の模様が環状に刻まれていて、その中央にノズルに相当する感じの口が開いていた。


「武器か……やはり、そういったものはここでは必要とされるものなんだな」


「うん? まあ、そうだな。普通の人間はここでは弱い存在だからな」


 私は南京錠に鍵を差し込んで解錠し、家の扉を開く。


「まあ、狭苦しいところだけど、上がってくれ」


「いやいや。わたしの家よりよっぽど空間があるぜ」


「……お邪魔します」


 ふたりは三和土に靴をおき、板の間に上がる。実際にはふすまのように空間を仕切るものがなにもないので板の間というよりも柱に囲まれた舞台装置のような感じではある。


「それにしても、どうしてその恰好をして来たんだい?」


 私が訊くと、魔理沙は頭を掻く。


「いやまあ……前に会ったときのことを思い出してもらえればっていう感じかな。この服、わりと気に入ってるんだが、あんまり着る機会がないんだ」


「そうか。いや、実際ちょっと懐かしかったよ」


「それでな。まずは荷物なんだが」


 魔理沙は囲炉裏端に座り、風呂敷包みを解き始める。


「いったい、そんな大きいものをどうやって担いできたんだ? 飛んでくるにしたって大変だろうに」


「やりようはあるのさ。いちおうこれでも魔法使いなんでな。そういえば霊夢、あの件を先に片付けておけよ」


「あっ……ええ」


 彼女はうなずくと、私に向かって言う。


「この家に……破魔の札を貼らせて欲しいんですけど、いいでしょうか」


「破魔……というと、つまり魔物よけということかい。それはありがたいことだけれど、どうして? 里でなにかあったのかい」


「九藤さん、あんたここ何日か神社方面に来なかっただろう? だから何かあったんじゃないかと思ったわけさ。ついでに、変なものに憑かれてたらまずかろうということで、巫女らしき仕事をすることになったらしいぜ」


 すると、彼女は困ったような顔で言う。


「別に、そんな風に思ったわけじゃ……ただ、里から離れた場所だって聞いていたから、何の備えがないのは良くないと思っただけよ」


「うんうん、まあそういうことでもいいんだ。というわけだから、ちょっと霊夢がそれらしき作業をしてる間に、わたしも渡すもんは渡すぜ。これは香霖に頼まれてたやつだ。学問系の本だってさ。中身をちらっと見てみたけど、わけの分からない模様がいっぱいあって、ほとんど魔術書みたいだったぜ」


「そうだろうな。ある意味こういうのは魔法と親戚かもしれない」


 数学関係の本があれば探しておいて欲しいと頼んでおいたものだ。数式が並んでいるのを見れば、呪文のように見えるだろう。


「あと、これはわたしからな。こないだちょっと仕事をしたときに報酬代わりにもらったんだ。コーヒーの素だそうだが、ひとりじゃとても飲みきれないんでな」


 差し出された紙袋の中身を見ると、なんと試供品らしきインスタントコーヒーのスティックが大量に入っていた。


「砂糖とクリームの粉末も一緒にはいってて便利だっていうんだけど、ブラックを飲みたいやつには不便だと思うがな。まあ多少は腹の足しにはなるだろ」


「いや、助かるよ。幻想郷でまたコーヒーが飲めるとは思わなかった。こんなものが出回っているんだな」


「普通の店で手に入れるのはなかなか難しいけどな。結局、知り合いと交換したりってのが多いんだ。その大元はたぶん妖怪なんだけどな」


「ということは、妖怪と取引をしている人間もいるということか」


「まあ、現にわたしもそのひとりだけどな。そこらへんはいろいろあるんだ。里の有名どころの家だと、その手の妖怪とのつながりがないってことはまずない。服とか食料とか、人間だけじゃどうにもならないからな。さて、あとこれは霊夢からだ。よっこいしょ」


 大きな陶製の瓶……というか、これは一升徳利か? まさに時代劇じゃないとお目にかかれないような代物だ。


「みかけはこんなだが、巫女の作った神聖な酒だぜ」


「きみは……自分でお酒を作ってるのか?」


 私はすこしびっくりして、御札を貼る場所を検分していた彼女に訊いた。


 彼女は身体をこちらに向けて言う。


「必要に迫られて、しかたなく作ってるんです。とてもお店から買うようなお金はないし……」


「というか、飲みたがる奴が周りにいるんだよ、いろいろと。もちろん、神社で宴会とかやるときは酒は自分で飲む分を持ち込むのがきまりだが、博麗の巫女が手づから作った酒なんてのは、妖怪たちにとっちゃ宝物みたいなものさ。へそ曲がりが多いから、そうとは口に出さないけどな……さてそこでだ」


 なぜか魔理沙はにやりとする。


「本日のメイン、博麗の巫女のお手製、ぼた餅あんどきなこ餅あんどいなり寿司セットだ!」


 二つ重ねのお重がどんと置かれ、蓋が開かれる。


 見事に並んだ、餅といなり寿司。サイズが小さめなのが、いかにも女の子が作ったものという感じがする。


「ま、それと単なるおまけの魔理沙さんの謎のきのこ煮物焼き物セットだな」


 上のお重を降ろして下のお重が見せられる。確かに、ちょっと謎な感じのするきのこ料理だった。あんまり見たことがない形のものが多い。


「……言っておくが毒じゃないぜ?」


「いや、そりゃそうだろう」


 毒キノコはさすがに困る。


「しかしすごいな……わざわざこんなことまでしてもらって。ふたりともありがとう」


「いやいや。こっちから押しかけてきたんだから、これぐらいは当然だ。まあそんなわけで、今夜は再会を祝して、一献交わし合おうというわけだぜ。いっぺんやっとかなきゃだろ、って前から思ってたんだ」


「ははあ……」


「若い女と酒を飲むのは抵抗があるか?」


「抵抗があるかどうかという以前に……きみたち未成年だろう?」


 私は囲炉裏に木切れをくべながら言う。


「忘れたのかい? ここは幻想郷だぜ。外の決まりごとなんてここでは通用しない」


「ああ、まあそうか……」


 しかし、このぐらいの子がアルコールというのはどうなんだろう。


「九藤さん、あんた外国の小説とか読むかい?」


「えっ? ああ、まあいわゆる名作のたぐいはけっこう読んだかな」


「ルナールの『にんじん』って知ってるか?」


「ああ、知ってる。読んだよ」


 にんじんというあだ名のちょっと変わった男の子が主人公で、彼を中心にありふれた家庭の日常を作家ならではの視点で切り出した名作だ。


「そうか。あれで、にんじんがワインを飲まなくなるって話があっただろう?」


「ああ、あったね。とくに理由はない感じなんだけど、飲まなくなるんだよな。最初は家族がみんないろいろ言うんだが、だんだん慣れていってしまうんだ」


「そうそう。でも、わたしがびっくりしたのは、外国って、子供がワインを水代わりに普通に飲むんだってことさ」


 なるほど。確かにそう言われれば、そうだ。私もそれは思ったな。


「ヨーロッパあたりだと、ちょっとした家ならワインが水代わりっていうのはあったんだろう」


「でもわたしは読んだ時は子供だったからさ、驚いたよ。それでなにより思ったのは、親とか大人たちが言ってることは、正しいとは限らないってことさ。子供が酒なんて飲むもんじゃないって言われてたからな。でも世の中にはいろんな世界があって、いろんな人がいて、いろんな考え方があるんだって、そのとき初めて思ったよ」


 私としてはむしろこの幻想郷で「にんじん」を読んでる女の子がいたということのほうが驚きだ。しかしさっきの稗田家あたりならそういう本を蔵書としてもっていたっておかしくはないか……。香霖堂にもけっこう外の本はあったからな。


「あんたの眼から見ると、わたしたちがかなり子供に映るんだろうし、実際子供ではあるんだろうとは思う。しかし、ある部分では、それなりに自分で考えて生きてはきてるんだ。すくなくとも、酒の作法ぐらいは心得ているつもりだぜ」


「しかし……帰りはどうするんだ? 酔ったまま帰るのは危険だろう」


「え? 帰んなきゃだめか?」


 私は思わず火箸を落としそうになった。


 と、彼女が魔理沙に詰め寄る。


「そんなこと聞いてないわよ、魔理沙!」


「ばか、冗談だ。なにをそんなに慌ててんだ、ふたりとも。そこまで無遠慮じゃないぜ」


 いや、無遠慮というのはちょっと言葉の使い方がおかしいと思うんだが……。


「ちゃんと慧音に話をつけてあるんだよ。あそこに泊めてもらう。ここから近いんだし、問題ないだろう?」


「ああ、そうか……」


 まあ、それならだいじょうぶか。あそこは寺子屋に使うだけあってけっこう広い家だしな。


「それじゃ、さっそく身体を温めがてら、一杯いこう」


 魔理沙は私の前に、渋い色調のぐい呑みを差し出した。


「ほれ、霊夢も」


「ああ、うん……」


 魔理沙は酒を注いで周り、それから私たちを見回して言った。


「それじゃ、再会を祝って乾杯だ」



その20につづく

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