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その14

連載を再開します。その13からの続きです。



     十四



 雪解けが進み、幻想郷が本格的な春を迎えつつあったある日の朝、外から爆発音のような轟きが聞こえて私は眼を覚ました。


 寝床から出て、コートを羽織り、家の引き戸を開いて周りを見回した。


 と、東の空に黒い煙のようなものが立ち昇っているのが見えた。火事の煙などとはすこし違って、埃が舞い上がり徐々に拡がっている感じだった。


 こういうときどうするべきなのか見当がつかなかったが、とりあえず着替えをして、慧音さんのところへ行ってみることにした。寺子屋を訪ねてみると、家は開いていたが慧音さんは留守だった。もしかすると、現場を見に行ったのかもしれなかった。


 里の様子はどうだろうかなどと考えていると、東の山の方に赤い光が見えることに気づいた。どんどんとその光が大きくなり、人の姿がその光と重なって影のように現れてきた。


 そして、その影は私の立っている地点からすこし離れた場所に降り立つと光を消し、歩み寄ってきた。


「おはよう、先生」


「おはよう……」


 妹紅だった。近頃、彼女は私のことを先生と呼ぶようになっていた。


 彼女は私に問いかける。


「さっきの音、気がついたか?」


「もちろんだ。すごい音だったからな。里からは離れているんだろうが、何かが爆発したような感じだった」


「いちおう、そこに行ってきたんだがな……慧音も途中で一緒になったが。災害とか、妖怪の起こした異変とかそういうものじゃないから、その点は心配しないでいい。いまいったん戻ってきて、慧音が里の連中に説明をしに行ってる」


「そうか。それは一安心だな」


「ただ、先生にはちょっと付き合ってもらわなくちゃならないんだ。実は、霊夢も現場に来ていてな。神社の近くだから、当然といえば当然なんだが……話があるんだそうだ」


「私に?」


「ああ。ただ、なんか知らんが、妙に機嫌が悪かった。気をつけて話をしてくれ」


「機嫌が悪い?」


「うん……まあ、とにかく話をすれば理由は分かるだろう。で、すぐに来て欲しいと言われたから、やむを得ないんだが……わたしに乗ってくれ」


「は?」


「飛ぶんだ、現場まで。まさかぶらさげて運ぶわけにもいかないからな。乗ってくれたほうが簡単なんだ」



     ☆★



 術による力場で支えているので落ちはしないと言われていたが、さすがに空中を移動するのはスリリングだった。しかも乗っているのは女の子の背中なので、正直いろいろな面で辛いものがあった。


「まあ男性を背中に載せて飛んでいるこっちの立場もそれなりに辛いんだが……」


「……すまない」


「先生のせいじゃないがね。とにかく霊夢がえらい剣幕だったもんで」


「彼女も怒ることがあるんだな」


「怒っているわけではないんだろうが……しかし機嫌が悪そうだったのは確かだ。けっこうそれだけでも怖いといえば怖い」


「もしかして私のせいなのかな……」


「なんとも言えないな。まあ、ぶん殴られたりはしないと思うが」


 なんの慰めにもならない。


 現場に近づいたところで、妹紅はゆるやかに降下し、私はその背中におぶさるような形になりつつ、一緒に着地した。


 煙のようなものがあたり一面に立ち昇っているその場所にたどりつくと、以前形ばかりの儀式をした分かれ道近くの林の中に、潅木などを押しつぶすような形で黒い山のような塊ができていた。大型トラック数台ぐらいの分量はある印象だ。


 そして、その傍らに彼女が……博麗霊夢が立っていた。


 私を見ると、会釈をして言った。


「……こんにちは」


 確かに、機嫌のよさそうな顔ではない。しかし、その原因はよく分からなかった。


 これまで、博麗神社に向かう道を行き来して、障害になっている潅木を伐ったり、道筋を消してしまっている草を刈ったり、地面の凹凸を均したりという作業はしていたが、とくにこれといって大きな出来事はなかった。ときどき例の氷の妖精に声をかけられたり、その知り合いらしき別の妖精に妙なことをされたり(いきなり音が聞こえなくなったり、風景が歪んで見えたりした)はしたが……。もちろん、神社の近くだから彼女自身に行き会うこともないではなかったが、ある時期から道の途中では滅多に出会わなくなった。


「こんにちは。というか、おはようございますだね。私に話があるということだが」


「はい。この石の山についてなんですけど」


「石……」


 改めて見てみると、確かにその黒い塊は石だった。それも工事で使うような尖った形の砕石が山になっているのだ。


「どうやらこれ、奉納物みたいなんです。神社に対する」


 彼女はそう言うと、石の山のそばに立っている奇妙な木を指さした。それは、自然に生えている木ではなく、わざわざ他のところから木をもってきて地面に突き立てたような、そんな感じだった。


「これは鬼木というものなんですけど、鬼が来たしるしなんです。おそらく、鬼がここに大きな岩をもってきて、この場で砕いて石の山にしたんでしょう」


「それがあの爆発したような音だったのか……」


 妹紅が唸るように言う。


「まあ、それはいいんですけど、鬼がどうしてそんなことをしたかということです。先生、心当たりはないですか?」


 と彼女は訊いてくる。


「私に?」


「ありますよね?」


「……すまない、私の頭の中では一連の因果関係がうまくつながらないんだが」


「こんなにたくさんの石って、何に使うと思います?」


 砕石を何に使うか。普通に考えれば……そうか。


「道に敷いたりするかな。幻想郷ではあまり砂利道は見かけないがね」


「それをわざわざ、神社の道の入口に置くというのは、どういうことだと思いますか? これを神社に対する奉納物だと考えたら?」


 その答えはひとつだろう。


「この石を道に敷くのに使えということかな」


「そうです!」


 憤懣やるかたないという顔つきで彼女は叫ぶ。


「霊夢さん」


 私はたまりかねて言った。


「きみはいったいどうしてそんなに怖い顔をしているんだい。私はきみを怒らせるようなことをしてしまったのか?」


「怒ってなんかいません!」


 ここまで言葉と表情が正反対になっている例は久し振りに見た。


「先生、神社までの道を作ろうとしてますよね、ここしばらくずっと。わたしが訊くたんびになんかいろいろと言って、ごまかしてましたけど。要するに、そういうことですよね?」


「まあ……そうだね」


 やはりそういうことか……。外界から来たばかりの人間が神社の周辺をうろうろするのは危険だということをふまえてのことだろう。


「別に、そのこと自体に文句をつけるつもりはありません。せっかくわざわざ神社のためにしてくださってることですから……でも、こうなってしまうと、わたしも黙っているわけにはいかないんです」


「というと?」


「これは、鬼があなたに挑んでいるんです。お前にはこの石を使って、神社までの参道を作る覚悟があるかと」


「なるほど!」


 私は思わず手を打った。


「つまり、その鬼が私に支援をしてくれたわけ……」


「違います!」


 彼女は私の言葉をさえぎるように言う。


「これは、注目させるためなんです。人と妖怪の双方に対して。つまり、あなたがやろうとしていることを宣伝したようなものです。するとどうなるかっていうと、妖怪は必ずあなたの作業を邪魔しに来るでしょう」


「つまり、あれか……その鬼が、私と妖怪の対立を煽るためにこんなことをしたと?」


「そこまでは考えていないと思います。ただ、面白がっているだけでしょう。でも、鬼にとっては『面白い』で済むことも、人間にとっては命にかかわることなんです」


「しかしまあ、きみの言うとおり『試されて』いるのかもしれないな、その鬼に。どれだけの心構えをもって事にあたっているかを。だったら、せっかくだからこの石は使わせてもらうことにするよ」


 すると彼女は眉根を寄せ、吐き出すように言う。


「こんなことになる前に……もっと早めに言えば良かったと思っています。先生……わたしは参道の手入れなんてお願いした覚えはありません!」


「私もされた覚えはない。これは私自身のために、勝手にやってることなんだ」


「わたしのためでもないと?」


「そうだ。きみのためでもない。私には道が必要なんだ。神社へ行くための道が」


「じゃあ、どうして神社に……」


「人として、神様に会いに行きたいんだ。この世界で、人の形を保つためにね。信仰っていうのは、本来そういうものじゃないか?」


「……神社に神様がいるとは限りません!」


 彼女は叫ぶように言った。


「もう、勝手にしてください!」


 いきなり、すごい勢いで空中に飛び上がり、そのまま神社の方向へと飛び去ってしまった。


 妹紅が深く息を吐いた。


「まあ……ある意味、先生の自業自得ってところだな」


「そうだね」


 私はうなずいた。


「でも、良かったよ」


「何だと?」


「あれだけ言われても、やめる気にはなれない。それに、いまの彼女との話でなんとなく自分の思っていたことが分かったよ。こういうのって、ふだんは考えてないことが言葉になるものだな。すこし感心したよ、自分に」


 妹紅は信じられないものを見るような目つきで私を見る。


「お前さんは暢気だよなあ……そういうところはやっぱりチビと同じ感じだが、自分の言い分を簡単には曲げないってところはちょっと違うな」


「チビ? ああ、人形の中にいた『彼』か。でも、話を聞く限りじゃ、『彼』もけっこう無茶なこともやっていたんだろう?」


「まあな」


 妹紅はため息をつく。


「しかし、あいつよりはお前さんのほうがやっぱり危なっかしい感じだよ……」


「ところで、その鬼っていうのは、どういう人物なんだろうな。妹紅は会ったことはあるのかい」


「ああ、あるよ。あんたもそのうち会う機会があるかもしれない。もう少しすれば花見の季節だしな」


「花見か……」


「御多分にもれずというか、酒と宴会が大好きなんだよ。だから花見があればかならず来るだろう」


「鬼っていうのはしかし……幻想郷の妖怪の中ではかなり強い部類じゃないか? 妖怪の最右翼という感じだな」


「そうだろうな。まあ、性格はそう悪くはないんだが、強さが桁違いな分、よほどの実力がないと歯牙にもかけない。お前さんが『試されている』と言っていたのは当たっていると思うよ。今回の件で、妖怪どもも関心をもって、お前さんに接触してくるかもしれない。それにどう対処するかで、器を見定めるつもりだろう。そのあたりも含めて霊夢は心配しているんだよ」


「そうか。しかし、なるようにしかならないだろう。相手の出方を予想するには、私には知識も経験もない……場面に応じてできるだけのことをするだけだな」


 命のやり取りというのはなるべく避けたいところだが、相応の覚悟は必要だろう。


「外の世界を捨ててきた以上、後戻りはできない。意味もなく意地を張るつもりはないが、やりたいことは出来ればやりおおせたい」


「そこまで言うなら、仕方ない」


 妹紅はやれやれという顔をして、黒々とした石の山を見上げた。


「いざというときは永遠亭になるべく急いで運んでやるよ。わたしにできることはそれぐらいだな」



その15につづく

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