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その13



     十三



 私は、日々寺子屋との間を往復しつつ、幻想郷の住人としての形を得ていった。


 はじめのうちは小屋の補修や燃料の確保、その他、生きるために必要不可欠なことが一日の中にぎゅうぎゅうに押し詰まっている感じだった。


 いちばん問題だったのは衣料品で、里で売られているものはデザインはともかくとしてサイズが合わない。里の人々は平均身長が低いようで、私は大柄という領域を超えているらしかった。ただ、それはある日突然小屋の中に現れた数個の柳行李によっていちおうの解決をみた。行李の中には衣服と手紙が入っていて、『これは支援でなく取引である』という趣旨の文章が書かれていた。つまり、私が残してきた資産の一部を移動させたに過ぎず、その相応の手数料は適当に貰っているとのことだった。差出人の名前は書かれていなかったものの、それが誰によるものかは分かった。行李に入っていた衣服は私が使っていた服の中でも実用的かつ取り扱いが楽なものがばかりだった。当面はそれでしのげそうだった。


 里の中では、私はある種の「異人」として扱われているという印象はあったが、異人には異人のポジションがあり、そこから大きくはみ出すことがなければ問題はないらしいという感じだった。無理に溶け込もうとするとかえって関係がギクシャクしてしまうこともあるだろう。焦る必要はない。


 当面は慧音さんが私にとっての身元引受人という位置にあるようだったので、彼女に迷惑をかけないように心がけた。とはいえ、ふだんは寺子屋と自分の家を行き来しているだけなので、買い物以外で里の人と接することはない。


 妹紅は「ある意味、妖怪と似たようなもんだろう」と言っていた。


 妖怪は必要な物資を手に入れたり、あるいは提供したりするために人里に来ることがけっこうあり、人間ととの取引を継続的にしている者もいるらしい。そこには一定のルールがあって、そこからはずれないようにお互いに自制して関係を維持しているのだという。


 彼女自身も、永遠亭のある竹林への案内役という立場は、人間とそうではない者の仲介役という位置なので、人里の一員という扱いではないらしい。


「そこらへんは割り切りが必要だな」


 と妹紅は言い、ある程度の距離感はむしろ必要だろうと助言してくれた。


 生活に慣れてくると、仕事の合間には無為な時間も生まれるようになった。とくに、夜は何もすることがない。自然、いろいろなことを考えるようになる。


 そして、いつも双六の『振り出し』のように戻ってくるのは、この幻想郷という世界の枠組みの中心にいる彼女、博麗霊夢のこと……なぜ、彼女が『博麗の巫女』でなければならないのか?


 そもそも境界を制御する能力は八雲紫のものなのに、なぜ博麗霊夢が大結界の管理者という位置づけになっているのだろう? そして、大きな問題が発生した時……力の均衡が崩れた時の解決者としての役割とセットになっているというのも奇妙だ。他の者と分担したっていいはずだ。女の子がたったひとりでどうしてそこまでの重責を担わなくてはならないのか。


 しかも、彼女に対して相応の報酬が与えられているという印象もない。それどころか、里から離れた山奥に一人で住んでいる。


 最大の問題点は、それが当たり前になってしまっているところだ。だが、それを口に出してみたところで誰も耳を傾けるものはいないだろう。


 だったら、状況を変化させ、その変化に注目してもらうように事を運ぶしかないだろう……それにはどうしたらいいのか。


 そこで、ふいにあのときの早苗さんの言葉がよみがえった。


『ここって、観光スポットになったっておかしくないですよね』



     ☆★



 私は計画を実行するための準備を始めた。


 初めは博麗神社と里の人々との関係について、慧音さんや妹紅から話を聞き、さらに知り合いを紹介してもらって、より詳しい情報を集めた。


 その結果分かったことは意外なことばかりだった。


 まず、博麗神社は幻想郷で最も古い神社であるにもかかわらず、氏子会のような支援組織がないということ。それどころか、氏子そのものがいないような状態らしい。神社に対する里の人々の関心も薄く、博麗の巫女が果たしている役割を知らない人がほとんど。したがって、参拝者もほとんどいない。


「何の神が祀られているのかはっきりしないというのも大きいでしょうね」


 と慧音さんは言った。


 普通に考えれば、その土地の守り神、産土神が祀られていると考えるべきなのだろうが、そうした由来については不明な点が多いという。


「一言で言えば、神社の主である霊夢の勉強不足、努力不足という点もあるだろうな。活動が妖怪がらみのことに偏りがちなんだろう」


 とは妹紅の弁。


「博麗大結界の管理も重要だろうが、神社には人々の心の拠り所の場としての役割もある。それが妖怪や妖精のたむろする場になってしまっているのは、本来の神職としての活動にあまり熱心じゃないからだ。能力や知識がないわけじゃないんだろうが……」


 博麗神社の近辺の山は誰の所有というわけでもなく、出入りに許可が必要ということはないという。問題は、周辺に妖怪が出没することであり、それゆえに人が近づきにくいという面もあるらしい。


 団子屋の主人は、妖怪との関係についてこう話してくれた。


「ふだん人が寄り付かないような場所はたいていは妖怪の縄張りになってるから、そういうところで出くわすと、脅されたり、惑わされたりすることはありますねえ。里の近辺で妖怪に襲われるってことは滅多にないけど、里から離れたところで暮らしてる連中なんかは、近場にいる妖怪と折り合いをつけていくのに苦労してるみたいですね」


 要は、人の住む領域と妖怪の縄張りとの境界では衝突なり対立なりが起きやすいらしい。また、何か新しいことを始めようとすれば、当然それに対する反発は覚悟しなければならないという。


 山の麓近くで炭焼きで生計を立てているという男性からはこう言われた。


「つまりはお互いの力をどう見極めるかってことやね。人と人の駆け引きとたいした差はない。むしろ、すぐに力に訴えてくる妖怪は分かりやすい。ただ、相手によって、やり方はいろいろだから、そこは自分で考えてやってくしかない」


 対抗できるかどうかは自分の器量と努力次第ということになるのだろう。ある程度の危険は織り込んだ上で、反応を探りながらやってみるしかない。


 必要な知識と装備が揃った段階で、私は作業に着手することにした。



     ☆★



 寺子屋が休みの日、私は朝食を済ませたあと、出かける支度を始めていた。準備した用具類を詰めた背嚢を背負ったところで、入り口の引き戸を叩く音がした。


 開けると、妹紅だった。


「出かけるって聞いてたからな。途中まで付いて行ってもいいか」


「かまわないが……」


「今さらやめさせようとか、そういうつもりはない。ただ、とある寺子屋の先生に様子を見に行って欲しいってしつこく頼まれたもんだからな。もちろん、頼まれたってことは教えないことになってるが」


「そうか……悪いな」


 まあ、傍から見れば無謀という感じなのかもしれない。


 私は片手に鍬を持ち、家の外に出て引き戸を閉め、南京錠の鍵をかけた。


「本当は余所者の出る幕ではないのかもしれないが……誰もやらないことの方が手を出しやすいとうこともあるんでね」


「なるほど、考えようだな」


 妹紅は苦笑した。


 川沿いの道へ出て、東の山、博麗神社のある方角の山を目指す。


 穏やかな天気だった。薄く雲がかかってはいるが、ところどころには青い切れ目も見える。風もさほど強くはない。山の雪もかなり減ってきていて、風景に土の色が戻り始めていた。周囲の木々の枝についた芽もふくらみはじめている。


「まあ、神社にはまともな『参道』が必要だ、っていうお前さんの考え方は至極まっとうだとは思うんだ。だが、実のところかなり時間と手間がかかるんじゃないか?」


 並んで歩く妹紅が問いかけてくる。


「それは承知の上さ。ひとりでできる作業の量なんてたかが知れている。道路の整備というのは本来手間のかかるものだよ」


 外の世界では当たり前だった舗装道路はこの幻想郷にはまったくない。相応の専門技術と本格的な設備がなければできないものなのだ。


 だが舗装とはいかないまでも、多少通りやすい道にすることぐらいは人の手でできるだろう。


「霊夢は反対しなかったか」


「いや、彼女にはこの話はしてない」


「していないのか?」


 妹紅は驚いたような声を出す。


「それは……まずいんじゃないか」


「神社の近辺の山は誰の所有でもないそうだ。すくなくとも神社に許可を得る必要はなさそうだと判断した。それに、仮に彼女の許可を得たという形になってしまったら、問題が起きた時に彼女が責任を問われる。だから、私が個人の都合でやっているという形のほうがいい」


「作業してるときに霊夢に行き会ったらどうするんだ」


「参拝ついでに道を掃除してるんだって言うさ。べつにおかしくないだろう」


「まあ……おかしくはないんだが」


 神社に来ることを不審がられるという状況自体がおかしいと思うのだが。


「命の危険があるということは分かってるんだな?」


「もちろん分かっている。だが、妖怪という存在と向き合っていかないとここでは生きていけないとも思うからな」


「……もしかして、自分を鍛えようと思っているのか?」


「いや、そんなことは全然考えていない。自分のために必要だからというのが最大の動機だよ。私には近道をして行けるような特別な力はないんだから」


 神社へと向かう分かれ道の入り口にたどりつく。三叉路の分かれ目に目印のためだろう、人の背丈の半分ほどもある大きな石が据えられている。その正面に私は用意していた材料で小さな祭壇を作り、榊を立て、ご飯と酒を備えた。


「わざわざそんなものまで……作法を調べたのか?」


「祖父が神棚とか神具の類を作る職人だったんだ。だから、こういう知識は自然に身についた。草を刈ったり地面を掘り返したりする以上は、自然に対する礼儀だと思ってね」


 私は祭壇に向かって、神社と同じ作法で拝礼し、作業の無事を祈願した。


「それじゃ行ってくる。今日は最初だし、全体の経路の確認をするぐらいで終わると思う」


「気をつけてな。ああ、それとな」


 妹紅はズボンのポケットから筒状のものを取り出す。


「いざというときに使ってくれ。打ち上げ花火みたいなものだ。空に向かって付き出して、ここにある紐をひっぱれば信号弾が出る」


 里で何かあったときのために用意しているものを分けてもらったのだという。


「それと必ず日暮れまでには里に戻れよ。昼と夜じゃ、危険の程度に天と地ほどの差があるからな」


「そうするよ。幻想郷の夜の闇は深いからな……外界とは比べ物にならない」


 妹紅と別れ、山の上へと向う道を辿る。道といっても、かろうじて道筋が分かる程度のもので、まさに獣道だった。


 問題はその道をふさぐような障害物や、段差があって登り降りが難しそうな場所がいくつもある点だ。私は道をたどりながら、障害物や難所についてその都度紙に書き留めていった。


 行程の半分に達したかどうかというところで腕時計を見ると、一時間半ど経っていた。この調子だと神社までたどり着く頃にはお昼近くになってしまうかもしれない……。


 尾根道の途中で道端の草むらに腰を下ろして休憩をとっていると、奇妙な気配が近づいてくることに気づいた。初めはぼんやりとした霧の塊のように見えたが、やがて焦点が合ったように人の姿が現れた。


 いや、正確には人ではない。背中に翼を持っていた。それも、見た感じでは氷のような輝きをもっている。


「……やあ、こんにちは」


「あんた、人間だね」


「うん、人間だ。里で寺子屋の先生をしてるんだ」


「寺子屋って、勉強するところか」


「そうだ」


「ふうん……」


 体型的には小学二、三年の女の子ぐらいに見える翼を持つ少女はいぶかしげな目つきで私を見下ろす。


「あたいさ……前に数の数え方っていうのを教わったことがあったんだ」


「ほう、それはすごい。誰が教えてくれたんだい」


「人形の形をしたヒト」


「……!」


「優しいヒトだったんだ……でも、急にいなくなっちゃった」


「…………」


「あんたは、なんだかそのヒトに似た感じがする。見かけは全然似てないんだけどね」


「そうか……」


 どうやら例の魂は妖精からの信望も集めていたらしい。


 しかし、自分がその魂の器の作者だと名乗ったところで、この妖精にとって大した意味はもつまい。


「私は九藤と言うんだ。きみの名前は?」


「あたい? あたいはチルノだよ。氷の妖精さ」


「チルノ……か」


 妖精らしい、可愛い響きの名前だ。


 私は立ち上がる。


「まあ、また見かけたら声をかけてくれ。これからこのあたりを行ったり来たりすることになると思うから」


「……あんたも変わってるね。たいていの人間はわたしを見かけると逃げるよ」


「私はたぶん鈍いのさ、いろいろとね」


 恐怖を感じないんだから、しかたがない。


「気をつけなよ。ここらへんはいろんな奴がいるから」


 そう言うと、氷の妖精少女はふわふわと離れてゆき、空の中に溶けこむように姿を消した。



     ☆★



 神社にたどりつくと、鳥居の向こうに拝殿の階に座っている彼女が見えた。


「あっ……」


 私に気づくと、あわてたように立ち上がる。それから、歩み寄ってきて私の身なりを見回しながら言った。


「どうしたんですか、その恰好は?」


 服自体はいつも通りにコートとジーンズという恰好なのだが、山中の散策をすこし余計に堪能してしまったために、枯れ草や泥があちこちについてしまっていた。


「土地を知っている人の案内もなく歩きまわると、こんな感じになってしまうようだね」


「他人事みたいに……雑巾お貸ししますから、その外套の泥だけでも落としたほうがいいですよ」


 私は言われたとおりにコートの泥を落とし、手と顔を洗ってから、あらためて拝殿に参拝をした。


 拝殿から離れると、少し後ろで控えていた彼女は言った。


「あの……今日は、何か御用でも?」


「いや。単に参拝をしにきただけだ」


「ははあ……」


「おかしいだろうか?」


「いや、別におかしくはありませんが……ここまで来るのは大変じゃないかと」


「来るのがそこそこ大変だというのは、必ずしも来る動機を弱めるものじゃない。むしろ問題は、関心をもってもらえるかどうかだ。まあ、それはそれとして」


 私は背嚢から風呂敷包みを取り出した。


「昼ごはんを持ってきたんだが、良かったら一緒に食べないか?」


「は……はあ」


「ここの炊事のやり方にも結構慣れてきたのでね。最近ようやく人に食べてもらえるようなものが作れるようになってきた」


「料理が得意なんですか」


「外にいた頃から、事情があって得意にならざるを得なかったんだ」


 私たちはふたたび母屋に移動し、縁側で弁当を広げた。彼女が入れてくれたお茶が温かい。


「すごい……大きいおにぎりですね」


「そうか? まあどうしても男が作ると大きめになってしまうのかな」


「でも形がしっかりしてる。男の人って手が大きいから……女の子がこれぐらいのを作ろうとすると形がおかしくなっちゃいます」


 そう言うと、彼女はいただきますと手をあわせて、私の作ったおにぎりを食べた。


 一緒に作ってきたおかずもかなり評判が良かった。というか、その食べっぷりを見ていると、ふだんの食糧事情があまり良くないのではないかと心配になるぐらいだった。


「きみは……どれぐらい前からここで一人で暮らしているんだい」


「正直なところ、そこは謎なんです」


 と彼女は困ったような顔で答えた。


「少なくとも、ここにはわたしの親とか親戚縁者はいませんし……たぶん、ここで生まれた人間じゃないかもしれない、って思うこともあります」


 子供の頃の記憶が曖昧らしく、気がついたらここにいて巫女として暮らしていたということのようだ。ということは、彼女を育てたのは人間ではないのかもしれない。あるいは、あの『八雲紫』が事実上の親代わりだったのだろうか?


 だから、『空っぽのわたし』と言っていたわけか。


「しかし案外、里の連中も冷たいな。若い女の子がこんな山奥に一人で暮らしているっていうのに」


「?……どうしてですか。べつに、里の人たちに冷たくされたことはないですけど」


「いや、ちょっと調べたんだよ。普通は神社には氏子会とかそういうものがあるはずで……」


 すると彼女は、手を振って私の言葉をさえぎった。


「わたし、神社の巫女としてはまともな仕事をしてませんから。里の人に助けてもらう理由がありません」


「でも、妖怪たちが起こす異変を解決してきたんだから、幻想郷のために貢献してきたと言えるんじゃないかい」


「うーん……わたしが妖怪とやり合うのはあくまでも『遊び』なんです。ここの平和のために戦ってるとか、そういうのじゃありません」


 だがたとえ『遊び』であるにせよ、果たして人間の女の子がたった一人で担うべきことなのだろうか……。


 やはり、もう少し彼女をヒトの側に引き戻さなければならない。


 私は決意を新たにして、神社を辞した。



その14につづく

いつもお読みいただきありがとうございます。


この連載はいったん一週間お休みをいただき、


2013/1/18(金)


から再開させて頂きます。


申しわけ有りませんが、なにとぞご理解のほどよろしくお願いいたします。


        碓井央

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