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さよならを、先に言われた  作者: ニィギンヤ


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2/5

少しずつ、消えていくもの

 結論から言うと。



 俺は今、



 知らない女の子と普通に一日を過ごしている。



 改めて言語化すると、かなりおかしい。



 だが現実である。



 否定のしようがない。



 そしてもっとおかしいのは——



 それが、思っていたよりずっと楽しいということだ。



「こっち」



 少女が先を歩く。



 振り返りもせずに。



 迷いもなく。



 まるでこの街の地図を全部頭に入れているみたいに。



「詳しいんだな」



 思ったままを口にする。



「まあね」



 軽い返事。



 だが、その言い方が少しだけ引っかかる。



 “知っている”というより、



 “覚えている”みたいな響きだった。



 気のせいかもしれない。



 たぶん気のせいだ。



 そういうことにしておく。



 その方が楽だから。



 連れてこられたのは、小さな広場だった。



 噴水があって、ベンチがあって。



 人はそこそこいるけど、騒がしくはない。



 ちょうどいい。



 なんというか、



 “思い出にされそうな場所”だった。



「ここ、好きなんだよね」



 少女が言う。



 少しだけ、柔らかい声で。



「初めて来たけど、いいな」



 素直にそう思った。



 空気が、軽い。



 時間が、ゆっくり流れてる感じがする。



「でしょ」



 少女が笑う。



 本当に嬉しそうに。



 その笑顔を見ていると。



 なんとなく。



 この場所が、もっと特別なものに見えてくる。



 単純だな、とは思う。



 でもまあ、それでいい。



 悪い気はしない。



「ねえ」



 少女が言う。



「何か食べよ」



 急である。



 だが。



 そういう流れなのだろう。



 この子はたぶん、そういうタイプだ。



「いいけど、何があるんだ?」



「あるよ」



 雑である。



 非常に雑である。



 しかし実際、少し歩いた先に屋台があった。



 パンとか、軽い軽食とか。



 甘いものもある。



 割と充実している。



「はい、これ」



 気づいたら、手にパンを持たされていた。



 いつの間に買ったのかは不明。



 たぶん俺が考えてる間だろう。



 行動が早い。



「ありがとう……って、金は?」



「いいの」



 即答。



 迷いなし。



「よくないだろ」



「いいの」



 強い。



 こういうところは本当に強い。



 押し切られる。



 いつもなら抵抗するところだが。



 なぜか今日は、あまり逆らう気になれなかった。



 理由は分からない。



 たぶん雰囲気だ。



 便利な言葉である。



 雰囲気。



 大体のことはこれで片付く。



「おいしい?」



 少女が聞く。



 パンを一口かじりながら。



 じっとこちらを見ている。



「……うん、普通にうまい」



「そっか」



 それだけで、満足そうに頷く。



 その様子が、少しだけ不思議だった。



 まるで。



 俺がどう感じるかを、確認しているみたいに。



 いや、気のせいだ。



 たぶん。



 そういうことにしておく。



 その方が楽だから。



 しばらく、何も言わずに座っていた。



 風の音。



 水の音。



 遠くの話し声。



 どれも、ちょうどいい距離にある。



 沈黙が、苦じゃない。



 むしろ心地いい。



 そんな時間だった。



「ねえ、悠斗」



 少女が言う。



 少しだけ、真面目な声で。



「もしさ」



 一拍、間を置く。



「大事なものを一つだけ失う代わりに、願いが叶うとしたら」



 唐突である。



 だが、この子なら不思議でもない。



 むしろ自然な流れにすら思える。



 慣れてきている自分が怖い。



「何を失うかによるな」



 無難な答え。



 現実的な思考。



 我ながら面白くない。



 だが嘘ではない。



「じゃあ、記憶だったら?」



 軽い調子で言う。



 まるで、ただの雑談みたいに。



 でも。



 その目は、少しだけ真剣だった。



「……やだな、それは」



 即答する。



 考えるまでもない。



「なんで?」



「だってさ」



 少し考えてから、言う。



「覚えてないなら、叶ったことにも気づけないだろ」



 それじゃ意味がない。



 少なくとも、俺にとっては。



 すると少女は。



 一瞬だけ、言葉を止めて。



 それから。



 小さく、笑った。



「そっか」



 その笑い方が。



 少しだけ。



 寂しそうに見えた。



 気のせいかもしれない。



 でも。



 なぜか、胸に引っかかった。



 その時。



 少女が、ふと空を見上げる。



 つられて、俺も見る。



 青い空。



 さっきと何も変わらない。



 はずなのに。



 なぜか。



 ほんの少しだけ。



 色が薄くなった気がした。



「……あれ」



 思わず声が出る。



「どうしたの?」



「いや、今——」



 言いかけて、止まる。



 何が“変わった”のか。



 うまく説明できない。



 というか。



 何が変わったのか分からなくなっている。



「……なんでもない」



 そう言うしかなかった。



 違和感はある。



 でも、それを掴めない。



 そんな感覚。



 その時。



 少女が、少しだけ遠くを見る。



 さっきまでの距離じゃない。



 もっと、遠く。



 どこか別の時間を見るみたいに。



「……やっぱり、減ってる」



 小さく呟く。



「何が?」



 聞く。



 当然だ。



 分からないままにはしておけない。



 すると少女は。



 少しだけ迷って。



 それから。



 いつも通りの顔に戻って言った。



「内緒」



 終わった。



 情報が終わった。



 これ以上は出てこない。



 分かっている。



 分かっているが。



 納得はできない。



 しかし。



 それでも。



 なぜか。



 無理に聞こうとは思わなかった。



 代わりに。



 ただ、隣に座っている。



 それだけでいい気がした。



 理由は分からない。



 でも。



 たぶん。



 この時間は、



 あまり長くない気がしたから。



 そして俺は。



 まだ知らない。



 この“少しずつ消えているもの”が、



 何なのかを。



 そしてそれが、



 もう取り戻せないものだということも。

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