事の終わり
響子は、美雪たちを送り届けた後、再び宇宙船へと戻った。美雪たちと会った部屋からさらに下って、中央の通路に入り、ダクトのような円形の空間を上昇して、コントロールルームへ向かった。
前に開けた隔壁や扉は開いたままになっていて、そこを素通りしてコントロールルームへ入った。
「メインシステムは停止しました。あなたもここから出てください」
カプセルにまだ入ったままのエリスに響子が話しかける。
『この船の頭脳は破壊したのですね。破壊されることを恐れていたのに』
「障壁を突き破って外にでようとしていたので、強制的に停止措置を行いました。そのまま出られては、地上に甚大な被害がでます」
『それは分かっていますが……。破壊せずに残す選択はなかったのでしょうか。数十万年もの間、永らえてきた宇宙船だったのです』
エリスは懇願するような調子で言う。
「この宇宙船と同型のものは既にサンプルが存在します。この船を特に残しておく理由にはなりません。ここから外へだすには、地球人への影響もあります。ここにそのまま残すには、結界も限界が近くなっていて、再度結界を張るには、地上での影響が大きい。地球人に知られることなく実行することはできないでしょう」
銀河連盟と地球が公の正式な連絡をとるのは、まだ時期尚早と見られていた。
『最初から、破壊する以外の選択肢は無かったのですね』
諦めの混じったような、エリスの言葉。
「結界の停止措置を行っています。この船は、ゆっくりと圧壊します。あなたも早く脱出を」
エリスの返事が無い。
「どうしたのです」
『私は、戻りません。査問の上で永劫に虜囚となるのなら、死を選びます』
最初から決めていたようなセリフだった。
「あなたを査問する権限は私にはありません」
『この惑星上では、任務の障害となる如何なる者も排除する権限を有していますよね』
エリスは抵抗するというのだろうか。宇宙船のメインシステムは停止しているが、動力部はまだ稼働している。コントロールを一部掌握しているエリスを抑えて連れ帰るか。
それとも。
「戻って、汐森高校の女子生徒、倉田江理栖として生活するという選択肢ならどうですか」
エリスは暫く沈黙していた。
『貴方から、そのような言葉を聞けるとは思いませんでした。確かに、魅惑的な提案ですね』
笑い声こそ聞こえてこないが、声はどこか楽し気だった。
『記憶を失くしていた時に、倉田江理栖として生活していた頃は、楽しかったと言えるでしょう。友人も出来て、これまで知らなかった生活でした。でも、思い出してしまった』
薄暗い部屋の中で、赤く部屋の照明が明滅する。
『私は、倉田江理栖ではなく、エリス・アドラーとして、生を全うしたいのです』
エリスの覚悟は堅いようだった。
「分かりました。倉田江理栖は、家族の不幸があったということで、日本から離れているということになっています。そのまま、学校は退学ということになるでしょう。細かい辻褄は、ジェルマン・マティスにも手伝ってもらって調整します」
『ジェルマン・マティス。懐かしい名前ですね。彼は私と最初に会った頃から変わっていませんでした。おそらくは、この惑星上で何千年と過ごしているというのに。人間という生物の一生だけでも私には重いものでした。彼の様に、人の死を見つめながら生きていくことなど私には考えられないことでした。それに、私は貴方のようにも生きてはいけない』
船体が、きしむ様な音が響いた。ゆっくりと明滅していた明かりが一瞬停止する。
『早く脱出しないと、貴方も危険です』
「分かりました。エリス・アドラー、あなたを説得できなかったのは残念です」
響子はカプセルに背を向けた。
『貴方も、連盟のエージェントというだけでなく、この星で友人に出会ったことで変わったようですね』
響子はそれに答えず、そのまま部屋を出て行った。
『……さようなら……Adieu』
コントロールルームを抜けて、来た道を逆にたどる。船の先端の部屋で、美雪たちを送り届けた時と同じように、円筒の光に包まれて、響子は宇宙船を離れた。
次第に、円錐状の、貝のような宇宙船が遠くなっていく。響子はやがて、倉田家の円形の地下室に立っていた。
「お帰りなさいませ」
部屋の階段近くに、百合が直立不動の姿勢からゆっくりと体を折って一礼した。
「あなたの主人は船に残るとのことです。連れ帰ることは出来ませんでした」
「……左様ですか。承知致しました」
淡々と語る百合には、特別な感情は見られないようだった。もっとも、百合が感情らしいものを面に表したこともなかったが。
「あなたは、銀河連盟の査問委員会へ出頭して、地球でエリス・アドラーとともに行っていた諜報活動を報告しなければなりません。査問委員が到着次第その命に従うように」
「承知致しました」
百合はエリスや響子と違って銀河連盟を構成する諸国家に属する種族ではなく、調査委員の随員として造られた人口の生命体であって、地球でいうところの、人権、というものは制限されていた。響子のような連盟のエージェントという諜報活動などを含めた非合法な活動でのみ使用されていて、その存在はエージェントの活動内容同様に秘匿されていた。
百合には、エリスのように自分の意志で反抗することは出来なかった。響子は、そうした随員というものも使っていなかった。そこは、連盟のエージェントとして、エリスとは異なっていた点でもあった。
要は、他人に命令して何かをするというよりは、自分で行動した方が手っ取り早いと考えているところがあった。
そんな響子が相棒のようにしていたのが、猫型のクレールだった。百合のように自律的に行動もしていたが、半分は響子がリモートで操作している、分身の様な存在だった。
響子は、自分の任務が殆ど終了したことを漸く実感できていた。
※ ※ ※
響子や美雪たちがまだ宇宙船の中にいたころ。
地上では、震度五ほどの地震の後、それよりも弱い余震が何度かおきて、町の中では棚から落ちた物を片付けたりと、人々が暑い夏の日差しのもと、不安げな表情をしていた。
商店街の掃除を行っていた東海林も、強い揺れに見舞われた。これまでにない揺れで、せっかく掃除した通りが、また地震の影響で被害が出た場所の片づけに追われた。
「タイミングが良いのか悪いのか。分からんな」
町内会の顔役的な東海林の父が笑う。手伝いに来ていた人たちも、仕方ない、とあきらめ顔で片付けを続けた。
東海林は、地震が地下に埋もれている宇宙船からの影響だと分かっていたので、独り落ち着かない気分でいた。
宇宙船のことは構わないようにと釘をさされていた東海林だったが、不安が募った。
一通り片付くと学校へ向けて自転車を走らせていた。その時、何か、妙に体が軽くなるような、体に感じていなかった圧迫感が無くなったような感覚を覚えて、自転車を停めた。ちょうど海岸沿いの浜辺にきていた。
なんとなく、海や北の山並みをぐるりと見回した。
「気になるかね?」
不意に背後から声をかけられて、驚いて振り返る。声の主は、ジェルマン・マティスだった。
「何が起こっているんですか?」
神出鬼没な老人。
「起こっている、というか、その逆かな。もう何も起こらなくなるだろうね」
謎かけのような返答だった。
「宇宙船はもう活動することは無い、ということですね」
「まあ、そんなところだね。鷹山君は任務を果たしたようだ」
にっこりと笑顔を見せるマティス。
「鷹山さんが宇宙船を止めることが出来なかったらどうするつもりだったんですか?」
東海林は、自分の興味から、マティスに質問を投げた。
「そうだね。あまり上手くは無いが、宇宙船を外に出して宇宙空間で迎撃させる、という方法もあった。その場合、結構な騒動になっただろうね」
顎に手をあて、思案気にマティスが言う。
「そうした方法が失敗したら、この町はどうなっていたんでしょうか」
「そうだね。迎撃にきている連盟の宇宙船というか、ミサイルのようなものだが、それは対象と対消滅を起こして破壊するのだそうだ。地球の表面積の0.1パーセントくらいは消失したかもしれないね」
汐森市どころか、日本の危機だった。
そんなことをあっさりとたいしたことでもないように語るマティスに、呆れること忘れてしまいそうだった。焦って自転車を走らせていた東海林は力が抜けるような気がした。
「あなたは、私たちの活動も、ここに宇宙船が埋まっていたことも知っていたんですよね。どうして放置していたんですか?」
「私が、連合の宇宙船の事を知ったのは、欧州を活動拠点に据えた後でね。連盟のエージェント達からも現状特に問題は無いと連絡を受けていた。この件に関しては、実害が出ない限りは放置するつもりだった。というか、私は基本放置だよ。この星の守護者という訳でも無いからね」
東海林の顔を見てニヤリと笑うマティス。どこまで本心なのか、東海林には分からなかった。
※ ※ ※
『もう、心配したんだよ。地震のあと、既読にならないし』
智絵からのメッセージが美雪のスマートフォンの画面に並んでいた。
「ごめん。ちょっと太陽観測に熱中しちゃって、ちょっと熱中症になったかも。疲れて休んでた」
メッセージを送るより、美雪は智絵の声が聴きたくて電話していた。
『しゃれのつもり? おもしろくない』
頬を膨らませた智絵の顔が美雪には見える気がした。
『体調は? なんともない?』
「大丈夫。休んだから。部室は冷房効いてるし」
智絵に、自分の身に起こったことを伝えようか。
『おばさんには電話しちゃったよ。連絡がとれないって』
「うん。さっき電話がかかってきた」
でも、やっぱり。
「もうすぐ、旅行に行くんでしょ? お土産たのしみにしてるから」
『部員のみんなにも買ってくるよ。和穂にもね』
智絵の声のトーンが上がった。
「うん。伝えておく」
『もうメッセージ送ったよ』
「そう……」
あのさ、智絵。
『あ、父さんが呼んでる。じゃあ、来週月曜日に。お土産たのしみにしてて』
「うん。わかった」
智絵の電話が途切れた。やはり、荒唐無稽としか言いようのない出来事を、旅行に行く直前の智絵には話せなかった。
妙な心配をかけたくなかったし、自分自身、どう伝えたものか、考えがまとまらなかった。
「知恵と電話してたの?」
「ええ」
部室の椅子に座って電話をしていた美雪の側に立つ和穂も、ちょっと疲れたような顔をしていた。
「私もメッセージもらったわよ。お土産たのしみにしててって」
「沢渡さんには、何も言わなかったの?」
定位置のパソコンの前の席に座った神保が、パソコンを背に、椅子を回して美雪たちの方を向いている。
「ええ。なんて言っていいのか。もう、少し、自分でも夢みたいな気がしてきたくらいだし……」
「そうだね。僕も、ちょっと現実感が無くて、記憶が薄いっていうか、変な体験だったのに、強烈なイメージになってていいはずなのに」
神保の言いたいことは美雪にも分かった。なんだか、遊園地のアトラクションでも楽しんだ後の様な、楽しかった、という印象派は残っているが細部ははっきりとはしない、そんな感じだった。
楽しい体験でもなかったし、印象が薄れるのは早い気がしていた。
「何か、あそこから戻るとそのうち記憶も消えるようになってるとか」
そう言って、和穂は、あっと声を上げると、スマートフォンを取り出して、操作し始めた。
「記憶に留めておくのはかまわないと言ったけど、記録に留めておくことはだめってことね」
和穂のスマートフォンには、宇宙船内で撮った写真は残っていなかった。
「僕はそれより、あの船と地上とで時間の流れが違っていないかが心配だったけど。そんなことなくてよかったよ」
手を頭の後ろに組んだ神保が笑う。
「それはそうね。浦島太郎みたいなことにはなりたくはないもの」
美雪の隣に座った和穂が疲れたように言う。
「まあでも、鷹山さんのあの恰好は良かったね。あの姿は忘れられないかも」
和穂と美雪は顔を見合わせて、顔を顰めたあと苦笑した。
神保に対する和穂の上がっていた好感度は、この言葉でちょっと下がってしまった。




