122.新天地へ!
この回で最終となります。
「……羅、沙羅? 大丈夫か?」
私を呼ぶ声にハッとして、慌てて周りを見回すと、ラッセルが私に声をかけてくれていたのだ、と気づいた。
二、三回瞬きし、現状を認識すると同時に返答をした。
「大丈夫です。ごめんなさい、少しボーッとしていたみたい。大事なお話はもう終わりましたか?」
「うむ、大筋は抑えた。詳細は個別の打ち合わせをしてからだな。その前に、今後は君とも顔を合わせる機会が増えるであろう人物たちを紹介する」
そう言って彼は、この部屋に揃っている人たちを背にして、私へと紹介してくれた。
「私が選んだ『八卦一族』だ」
顔ぶれを確認すると、一族として前から知っている四人ーーシン、ダー、リー、コンーーに加え、新たに三人増えている。
そういえば、ラッセルが欠員となっている、カン、ゴン、ソンの席を埋める者を探さなければならない、と言っていたことを頭の隅に薄らと思い出していた。
どれどれと他の三人を確認すると、中の一人はよく知った人物だった。
「なんだ、ハルじゃん」
ラッセルはクスリと笑うと嗜めるように私に言ってきた。
「今までとは少々立場が違う。仕事上、付き合いの頻度も上がるだろう。プライベートでは友人で良いが、節度を弁えるように」
そう前置きしてから、改めて三人を紹介してくれた。
「君も知っての通り、ルシーン国のカシアス殿下だ。彼には『カン』としての席を任せることにした。次に砂漠の国アーリンのジャスガール殿。彼はアーリンの中でも大部族を率いる長だ。彼には『ゴン』を。そして最後にラムダス皇国のブランドール様だ。彼には『ソン』を引き継いでもらう」
名前を聞いてピクンと反応した。
ブランドール様と言えば、サランディアさんの元恋人、彼女を裏切ってラムダスに婿入りしたルシーンの第二王子じゃないか。
言いたいことは山ほどあったが、この場で問いただすのは良くないと考え、胸にグッと仕舞い込んだ。
「この世界がまだ君を異物として見做している以上、各国の王族を一族として迎え、それぞれの国の歪みを調整してもらうように考えた」
なるほど、ルシーン、アーリン、ラムダス、それにシンが王様やってるエンリィ。
ん? 待てよ? ドーンはどうした?
「アタシがドーンに行くのよ。王妃サマに君臨するためにね」
振り返ると、コンが不敵な笑顔で私に話しかけてきた。
「アタシの蝶が魅せる幻は一級品だからね。王様を誑し込むなんて造作もないわ。王族になったら好き放題できるし。ちなみにダーを結構使わせてもらうのよ、私の影武者として。女らしい仕草は完璧に叩き込まないと。さあ、忙しくなるわぁ」
「は、はぁ、ラッセルが言うように節度を弁えるように……」
「アンタに言われたかないわ。アタシだってケンの信頼には一番に応えたいからね。今にアタシの方がアンタより魅力的だって言わせてやるわよ」
「あー、ガンバッテクダサイ」
カラカラと高笑いしながらコンは行ってしまい、入れ替わるようにハルがやってきた。
「サーラ、改めてよろしく。義兄上から話をいただいた時は驚いたよ。ちょっと反発もあったしな。でも言われたんだ。物事の側面だけ見るだけでは全体像はつかめないって。それで考え直すことにしたんだ」
へえ、ハルってば直情的ってワケではなかったんだ。立ち止まって考えるのは、正しい判断を下すのにいいからね。
「まだまだ勉強不足なところもあるだろうし、他の国の王族の姿勢や、世界の裏側を見ておくのは、俺にとってもいい経験になると思ったんだよ……って言うのはブラン兄上の請け売りなんだけど」
へへっと笑って頬を掻く様子に、ラッセルの説得以外にも、ブランドール様がハルの一族入りに一役買っていることを匂わせていた。
「ふうん。アンタ、やっていけんの? 綺麗ごとだけじゃないんだよ?」
小馬鹿にしたようにニヤリと笑って聞いた。すると意外にもハルは真剣な目をしてハッキリと答えてきた。
「知ってる。だからこそ、やろうと思った。いや、やらなければならないと思ったんだ。たぶん俺がこの中で一番未熟者だ。それがわかったから、これから全て吸収して成長しようと思う。それがアンディ兄上への報告だと思ってるからな」
ハッとしてハルを見ると、幾分苦しそうな表情をしている。
「王宮で会えたアンディ兄上が幻だったことは教えてもらった。廃人になって先日息を引き取ったことも。俺の存在が兄上を苦しめ続けたことも。そんなことも知らず俺は、まるで温室の中で守られるようにして、のうのうと過ごしていたんだ」
グッと握り拳を握り締め、吐き捨てるように喋った。
「もう子供じゃない。表の世界だけじゃ世の中回らないことも知っている。聞くだけと体験するのには雲泥の差が生まれることもね。だから敢えて裏側の世界に関わってみようと思ったんだ」
そう言い切ったハルの目には、しっかりとした意志が現れていた。
初めて会った頃のハルは無邪気な男の子だったが、今や彼は国を背負う王族としての自覚も芽生えてきたようだ。
「ぅおいっ! 何すんだよっ!」
「へ? あ……」
気がつくと、私はハルの頭を撫で撫でしていたらしい。嫌がるハルの声で我に返った。頭を押さえ、ブーブー不満を漏らしながら私から逃げていってしまった。
でも、いいじゃん、少しくらいね。
弟の成長に感心する姉の気分を味わいたかったのに。
「ハハハ、カシアスはあなたを前にすると本当にリラックスしているのですね」
そう言いながら側にきたのは、ソンの役を引き継いだブランドール様だった。
「はじめまして、沙羅嬢。私はラムダスのブランドールです」
「はじめまして。あなたのお話はよく聞かされました、サランディアさんからね」
サランディアさんの名前を聞いた途端、彼は張り付けていた笑顔を崩し、哀しみの表情に変えた。
「そう言えば、君がサーラの最後に立ち会ったと聞いている。彼女は……彼女はやはり僕を恨んでいたのだろうか……」
彼の瞳が揺れ、どこか遠いところを見つめるようにして小さく呟くのを聞いた。
彼の一人称が『私』から『僕』に変わったのは、プライベートな物言いに変わったからなのだろう。
「彼女はそんなこと決してしません。彼女からはあなたとの楽しい思い出しか聞いていませんから。私、あなたのクセまで知ってるんですよ?」
「そうか……彼女には別の幸せを掴んで欲しかった。僕のことなど綺麗さっぱり忘れて。なのに死んでしまうなんて……」
握った拳を額に当てて、哀しみを隠すように黙り込んでいる。
「きっとあなた以上に好きになれる人が現れるとは思えなかったんでしょう。心変わりをして振ったって言う話もウソだって最初からバレてましたよ。あなた、ウソをつく時に必ず右手で左目の下をこするクセがあるんですって」
指摘されて彼は、ハッとしたように自分の手を見つめた。
「ハ、ハハハ……なんだ、僕にそんなクセがあったのか。ありったけのウソで徹底的に嫌なヤツになりたかったのに……王族としては失格だなぁ、こんな仮面も被れなかったなんて。これからは気をつけないとね」
震える声で少し戯けるように話すのは、涙を堪えているからだろう。
彼もサランディアさんと同じく、心の底では相手の幸せをひたすら願っていたのだ、ということをひしひしと感じた。
会ったら絶対に文句を言ってあげようと思っていたのだが、彼女を思う気持ちを知って、なんだかどうでもよくなった。
軽く息を吐いてから気を取り直すと、私は改めてブランドール様を正面に見据えた。
そして、彼女から頼まれていた最後のメッセージを彼に伝えることにした。
「彼女からの伝言です。自分はあなたからたくさんの幸せをもらったから、だそうですよ。彼女は人生を満足して終えました」
「……あり、が、とう」
私から顔を背け、表情を隠して一言呟くと、ゆっくりとその場から離れて行った。
「沙羅、そろそろ行こうか」
声のした方へ目を向けると、優しく笑うラッセルがいた。
「行くってどこに?」
「もちろん私の領地だ」
彼はサッと腕を広げ中に招き入れる。
「あ、ならさ、せっかくだからネコちゃんの格好にしてくれる? 久しぶりに」
「ほう、気に入っているのか?」
「うん、初心に返る気持ちでいこうと思ってさ」
なるほど、といってネコに変えてもらってから、スルンと彼の腕の中へと潜り込んだ。
そう言えば、最初にこの腕の中に入った時から、私の運命もずいぶんと変わってきたよね。これからもいろんな体験をしていくんだろうなぁ。
移動を済ませ、少しだけ考え深く思っていたら、ラッセルが何でもないことのように一言私に言ってきた。
「沙羅、君の口から、そろそろ私の名を呼んでもらえると嬉しいのだが」
「はあっ? アンタ、何言って……」
「シンやダーがプライベートではエーデルと呼ぶのに、君が私をそう呼ばないのは不自然だろう?」
「あ、ああ、ならそのうちに……」
「今がいい」
「ヤダッ!」
「今だ!」
「うるさーーーーいっ!」
「あ、待てっ」
スルリと抜け出して、建物の窓辺に降り立った。目の前には今までとは違う景色が広がっていて、思わず見入って立ち止まった。
「これからは、ここを一族の拠点とする。そして安定した世界のため、私は調整者となる」
私は彼の肩に乗り、よろしくね、と言ってペロリと彼の頬を舐めた。
ーー各国で不穏な動きがあった時、肩に黒ネコを乗せた黒髪黒装束の男が現れると、やがてその騒動は鎮静化するーー
こんな噂が私の耳に届くようになったのは、それからしばらくしてからのことだった。
ー完ー
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




