121.アッパレ!
時間が遅くなったかな?
次回で最終回となります…
部屋に呼んでまで、しかも場所を変えてまで紹介するなんて、かなり重大なことなんだろうな、と少し緊張しながら揃っている人たちの顔をしっかりと確認した。
紹介する、と言われた割には顔見知りが大半を占めていた。
そのことだけでも安心できて、ピリピリとした緊張感などなく、比較的リラックスした状態で話を聞くことができるだろうと思い、体から妙な強張りが消えていくのを感じた。
彼らに対する話がまだ終わっていなかったようなので、少し離れて待つことにした。
ボーっと頭の片隅でラッセルの声を聞きながら、私は入り口付近の壁に体を預けつつ、彼のお母さんのことを思い出していた。
あの日、シャドウが消滅した後のことだ。
管理者権限の引き継ぎを終えたラッセルは、彼の配下となるシン、コン、ダーとリーの四人に改めて挨拶し、彼らの請け負うべき当面の仕事を即座に割り振るなど、てきぱきとその仕事を遂行していた。
シンにはこの場に留まるようにと指示を出し、洞窟の前には、シン、ラッセル、私、そして亡骸となったラッセルのお母さんが残された。
ラッセルは私たちに『遺体を天に返し洞窟を封鎖するので立ち合うように』と伝え、自身の母の浄化を行なった。
シンはラッセルに、自分が彼女の命にとどめを刺してしまったことへの謝罪と、浄化の場に立ち会えたことに感謝した。
対するラッセルも、無言のまま首を振り、一言だけ『ありがとう』と感謝を述べた。
ラッセルが彼女を浄化する準備をしている間、私はシンの側にすり寄って話しかけた。
「ねえ、アンタ彼のお母さんと最後に話してたでしょ? 個人的にとか何とか」
「ああ、あれね。前々から……彼女がまだシャドウを抑え込んでいる時に約束したんだ。息子が彼女を殺すのをためらっていたら、力を貸してくれって」
何でもないように喋ってはいるが、微かに声が震え、目に赤みが差しているのを感じ、思わずシンを見つめた。
「最初は断ったんだ。なんで僕が大事な人を自分の手にかけないといけないんだって」
ふう、と小さく息を吐いた後、口の端だけあげて、わざと戯けたような口調で言った。
「息子ができないなら僕だってできない。どんな形であれ、僕は貴女が生きていることを望む、と」
語られる真相に、かける言葉などなく、黙ってシンの話を聞いた。
「それが引き金となって世界が滅んだとしても僕は構わない。僕が貴女を殺すより、貴女に殺される方がいい。貴女の死をこの目で見るなど考えたくもない、とね。でも、彼女は……」
一旦言葉を切って俯くと、少し震えた声で続きを話す。
「彼女はただ黙ったまま笑うんだよ、困ったな、という顔をして。本当にズルいんだ。そんな顔をすれば僕が従わざるを得ないってことを知っている。いつだってそうやって僕を動かしてきたから」
その話を聞いてた私は、ビックリして思わず口から言葉が漏れた。
「アンタ彼女のことが……」
「ふふふ、バレちゃったな。そう、愛してたんだよ、心から。ずいぶんと年が離れているけどね。彼女は母として、女性として、常に輝いていたからね」
少し遠くを見つめて軽く息を吐いた後、少し長い話をゆっくりと語ってくれた。
******
彼女が中継ぎとして負荷に耐えるために、かなりの時間眠っていたことは知っているよね?
その間に彼女はエーデルの側に魂を飛ばして、常に彼を見守っていたんだ。
彼の母親としての責務を全うできない心苦しさを、彼女は、魂を飛ばすことで少しは解消するだろうと考えたようだった。
その日のエーデルがどうだったとか、ああすればいいのにとか、彼女は食事のたびに僕たち……というか、僕に話してくれてたんだ。
週に一回、一族間での報告を兼ねて食事会があって、その度にエーデルの話を聞かされたものだよ。
最初の頃は面白がって聞いていた僕以外の人たちは、回を重ねるごとに一人、また一人、食事と報告が終わるとすぐに帰ってしまっていた。
僕は彼女が喜ぶ姿が少しでも見たくて、彼女の話が尽きるまで、いつまでも付き合ったよ。
エーデルの話をする彼女はキラキラしてて、幼い頃に母を亡くした僕にとっては、とても新鮮に映っていた。
彼女への想いは、母への憧れとする想いとも言えるのかもしれないが、彼女の一つ一つの仕草や表情はとても可愛らしいものがあってね。そんな彼女を愛しいと感じるのには、そんなに時間はかからなかったよ。
だから、彼女が早く中継ぎから解放されて楽になれるように、僕は邪魔なものを排除する手段を選ばなかった。
彼女が困ることがないように動き、哀しむことがないように、邪魔するものは容赦なく切り捨てた。
彼女の魔力が限界を迎える頃、厄介な問題が発生した。
エーデルに『ケン』を渡す前に、どうしても排除できない異物が残ってしまっていたから。
そう、君だよ、サーラちゃん。
君を異物として認識してしまっている世界では、その歪みのために様々なイレギュラーが発生してしまう。そんな大変な状態の世界を息子に明け渡すことはできないのだ、と彼女は言い続けていたんだ。
僕たちは安心して引き継ぎをしてもらうために、君を殺すことに躍起になった。結果、こちらは一族の人間を三人も失ってしまったんだけれど。
彼女は嘆いた。
彼らが亡くなってしまったことを、誰よりも哀しみ、惜しみ続けた。
君からしてみれば、自分の命を奪いにくる悪い奴らだったかもしれないけれど、僕たちは彼女の家族であり、精神の一部だったんだ。
彼女は君を殺すことを諦め、世界に取り込む方向に切り替えた。もう誰も失いたくないから、と言って。
その方法はもう君も知っていると思うけど、僕は早々に彼女から聞いていたんだ。だから君を誘拐してまでも結婚を迫り、君に子供を産んでもらう手段に出たんだけどね。
まあ、それからのことは君が体験してきたから話さなくてもわかるよね?
僕がシャドウに乗っ取られかけた時があったよね。あの時、彼女から、自分の命を今後は僕に託すから、と言われたんだ。
あれだけ自分の息子に拘っていたことを、この僕に頼んできたんだ。僕が思っている以上に、残された時間はあまりないと感じ、焦りだしていた。
動揺した隙をシャドウに狙われたんだけど、たまたま向こうの力が万全ではなかったから助かったよ。
彼女が命を託すくらい切羽詰まった状況だと理解したから、シャドウの力が満ちる前に、なんとか彼女からあの悪魔を剥がしたかった。
僕の望みも虚しく、彼女はシャドウに取り込まれてしまったけれど、その間も彼女からシャドウを引き剥がす方法を模索していた。
シャドウがサーラちゃんに興味を示し、君の体を奪いにいった時、またとないチャンスがやってきた、と感じた。
僕は祈ったよ。できればこのまま、闇の部分を一つ残らずサーラちゃんへ載せ替えてくれ、と。
やっと彼女は解放される……そう思って喜んだのも束の間、彼女は、その意志の力で君を守った。
この瞬間悟ったよ。彼女はこの悪魔から解放されることなど考えてもいない、生きることなど望んでいないのだと。
だから僕はエーデルの剣を取って彼女を刺した。敢えてエーデルの手を握って刺したのは、彼女がそれを望んでいたから。
彼女の本当の望みは、少しでも我が子と共に有りたかったこと。そして成長した自分の息子と共に、最後の一瞬を過ごしたかったことだから。
悔しいけれど、僕はエーデルには敵わない。だから最後だけは彼女の望みも叶えつつ、僕の望みも叶えさせてもらった。
彼女が望む一瞬を、僕も共有することで、その望みは達成された。
彼女から最後の言葉をもらえたのは、ただの労いの気持ちだったかもしれないけれど、僕には一生忘れられない思い出だよ。
******
「アンタ、後悔はしていないの?」
「なぜ? 後悔する必要がある?」
不思議そうに軽く首を傾げるシンに向かって問いかけてみた。
「だって、あの時点で殺す以外に、何か彼女が助かる方法があったかもしれないじゃない。例えば、早い段階でシャドウをおびき出して始末するとか……」
「そうできてれば、彼女は迷うことなくその手段に出ていたと思うよ。そうしなかったのは、彼女の判断だし、その時はそれが正しいことだったんだろうね」
そうだろうか。
シンがもっと早くに彼女を説得していたなら。もし彼女を救う行動を早いうちからしていたなら、結果は変わっていたとは思わないのだろうか。
「僕は彼女の出した答えが正しいと信じているし、尊重していたから。そして、最後は彼女の判断に従うことが、最善の答えと思って行動した」
シンは一旦目を瞑り、再び目を開けてから、その続きを話す。
「たとえ彼女と僕の考えが違っていたとしても、僕は彼女の出した答えに従う。それが『シン』としての僕の誇りだ。いつだって僕は僕が下した判断を正しいと思ってるよ? だから後悔なんてしていない。これがさっきの質問の答えかな」
その瞳には揺らぎなどなく、自信を持ってそう言っているのだと強く感じた。
そっか。シンは強い。というよりも、己の信念を貫ける人なんだ。迷いが生じる前に決断し、実行し、常に前へと向かっている。
ーー我が道を行くーー
まるでシンのための言葉みたいだ。
天晴れ
私はシンの彼女に対する想いと考え方に感動し、もう何も言えなくなった。
折しも、ラッセルが母の亡骸を浄化の魔法で燃やし尽くし終わったところだった。
その炎を、シンはゆっくりと見上げ、追いかけるかのように、大きく両手を天に伸ばした。まるで空に昇っていく彼女を、少しでも近くに感じようとするかのごとく。




