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120.ゆっくりしたいのに!

「ふぅ、やっと終わった。私ってば、意外とドレス持ちだったのね。ホントはこんなに要らないと思うんだけど」


 身の回りの整理がマジで大変だったから、ついグチっぽいことをブツクサと呟いてしまった。


 今いるのは懐かしの我が家……ではなく、ルシーンの王宮にある私のお部屋。

 シャドウが消滅してからというもの、ほんの数日の間に、目まぐるしいまでに色んなことがあった。


 あの日、彼のお母さんが亡くなった後、時が止まったかのように動かないラッセルを見て、かける言葉もなく立ち尽くしてしまった私だったが、そんな私よりも早く立ち直ったラッセルは、逆に私を気遣って、エンリィに戻ったら早く休むように、と声をかけてくれた。


 言われた通りに早く寝床に着いたけれども、衝撃が大きすぎてなかなか寝付くことなどできなかった。


 当然と言えば当然な話なんだけどね。


 初めて彼のお母さんに対面。ところがシャドウに乗っ取られて、あげくに殺されそうになるし。ラッセルはラッセルでお母さんの想いを知ったと思ったら、シャドウを道連れにした彼女を失ってしまったし。


 私の動揺というより、ラッセルが受けた哀しみを思うと、やりきれない想いで胸がいっぱいになった。


 結局一睡もできないまま朝を迎え、朦朧とした状態でシンやラッセルと対面し、今後のことについて話し合いを進めた。


 まず、エンリィからルシーンに戻るためにしなければいけないことが幾つかあり、それらのためにほぼ丸一日費やした。


 ハルを団長とするルシーン使節団とのやり取りを済ませ、一行を見送った後、エンリィの重臣たちには、エンリィ国王、すなわちシンと私との婚約破棄の発表をした。


 私が実は不治の病にかかっているのだという設定にして、そのことを神妙に打ち明け、王妃の激務には耐えることができない、もっと健康的で活発な女性を探してくださいと、しおらしく辞退する運びとなったのだ。


 あの演技は我ながら、かなり上出来だったと満足している。何せ『私は女優!』と何度も暗示をかけて臨んだ一大イベントだったからね。


 顔色をなくし、フラフラと椅子にもたれる感じで、病気が発覚した事実を受け止めきれない、か弱い女子感を出しまくってみた。

 実際に、寝不足で顔色が悪かったし、立っているのも辛い状況だったんで、程よい悲壮感は出せたと思う。


 エンリィ重臣の皆さんは涙を流しながら、私を不憫に思ってくれてたが、チラッと見たシンとラッセルの顔は思いっきりドン引きだった。


 せっかくの女優の演技も、ギャラリーがドン引きしたら興ざめだったわよ。ホント失礼しちゃうわ。


 その甲斐あって、私はルシーンに帰れることになったのだが、ラッセルと一緒にいることができたのは私が移動する時間だけ。その後彼は課題が山積みだとボヤきながら、すぐにどこかへと出かけてしまった。


 私としては、放って置かれる寂しさに、つい不満顔をしてしまったのだが、出かける際に頭をひと撫でされたら、たちまち機嫌が上向きになってしまった。私ってば、ホント、チョロいヤツなんだなぁと実感させられるのよね、これがまた。


 入れ違いにやってきてくれたのが私の侍女、小柄侍女(ハムスター)ちゃんことリーだった。


 彼女は一族として、どうしても遠くへ出かけなければならない時以外は、私の侍女としてこのまま生活してくれるらしい。相変わらずのほほんとしているけれど、いざとなると頼りになる存在に、思わず顔がほころんだ。


「お嬢さま、ケン……じゃなくてユーグレイ公から出がけに言伝(ことづて)がありました。今後は領地での活動が主体となるので、王宮の私室は早々に引き払うこと、と」

「えー! 何勝手なことを……」


 なんでそんな大事なことを一人で決めちゃうのよっ。

 納得できないまま不満な表情全開でいたら、誰かに後ろからパコンと頭を叩かれた。


「アデッ」

「なーにが『アデッ』だ。ユーグレイ公が耳にしたら、またレディとして何やら、って説教されるぞ?」


 頭を押さえて振り返ると、そこにいるのは私の護衛をしてくれているルディ君だった。


 エンリィに拉致されてからひと月も経っていないんだけど、こちらに帰ってきてから彼の顔を見つけたら、懐かしさのあまり、思わず飛びついてしまった。

 おかげでラッセルの機嫌が微妙な感じになるわ、ルディから迷惑がられるわで結構大変だったんだけどね。


「ほら、早く支度に取り掛かれよ。俺もハルムート殿下から直々に指示をいただいた。なるべく早く準備を整えるように、だと」

「だーってせっかく帰って来たのに、ゆっくりしてられないんだもの」


 まだ不満の残る私は、ルディにまでグチって同意を得ようと頑張った。


「まぁ、俺が面倒みてやれんのも、ここまでだから。あと少し頑張れよ」

「え? ルディは一緒に行かないの?」


 当然同行してくれるモンだと思っていたルディからの思いがけない言葉に、キョトンとして質問してしまった。


「俺は魔術師団員だからな。それに……ここの仕事、王宮護衛の仕事はディアにも気に入ってもらえてるんだよ」


 あっそ。ルディは私の護衛よか恋人のアフロちゃんの方がいいってことよね。ま、しょうがないか、普通はそうだろうて。


 半分照れながらボソッと話すルディの脇腹を、ニヤニヤしながらグリグリといじってやった。


「お嬢さまー、そんなゲス顔してないで、早く片付けましょうー。これとかは全部持って行きます?」


 ゲス顔だあ? 全く、遠慮なく喋るようになったわね、この子。首だけをリーの方へ向けてみたら、ピローンと広げていたのは、なんと私の下着だった。


「ウギャーッ。ルディはあっち行って。こら、リー! アンタも状況考えなさいよっ!」


 慌ててルディを追い出してから、荒い息でリーに文句を言った。当の本人はカラカラと笑って、私が文句をつけても全然関係ないといった風情で片付けを進めていく。


「ホントにいい根性してるわよね、アンタも」

「えー? そんなに褒めてもらっても、ハンカチくらいしかあげられないですからぁ」


 えへへ、と笑ってるリーの後ろから小さなクモたちがモソモソと動いてハンカチを運んでくる。


「い、嫌だ……でなくって大丈夫、マジで大丈夫だからっ。ハンカチいっぱい持ってるし。だからこの子たちにはちょっとだけ離れてもらえるようにお願いしてくれないかしら」


 クモの微妙な動きと不気味さにはまだ慣れていないので、不意にやってくると結構ビビッてしまうのだ。


 ビビッてるのをごまかすために、そそくさとドレスの整理に集中することにした。


 粗方片付けが終わったところで、リーからの提案を受け、休憩のためにお茶を飲んで寛いだ。


「ところで、私をここに送った後、ラッセルはどこ行ったのかしら? いろいろやることがあるって言ってたけど」


 リーが何か知ってるかも、と問いかけみると、部屋の奥の方から、先ほど出て行ったはずのルディが顔を覗かせた。

 けれど……なんかいつも違うような……?

 雰囲気か? それとも……


「おい、お前。俺のリーに迷惑かけてんじゃねーだろうな。困らせたり泣かせたりしたら、ただじゃ済まねぇぞ」


 ん? 俺のリー? ってことは……


「アンタ、もしかしてダー? なんでルディの格好なんかしてんのよっ。やめてよ、気持ち悪い」

「悪かったな、俺だってやりたかねーよ、本人がすぐ側にいる時の擬態なんか。でもケンの指示なんだよ。違和感なくお前に連絡とるために、これで潜り込めってさ。ホント悪趣味だよな、全く」


 まあ、言わんとすることはわからないでもないが……あの人も何考えてるのやら。


「ああ、それでケンから指示が出た。お前とリーを連れて来いだとさ。あ、あと、俺とリーはお前の護衛も兼ねて、ケンの領地で暮らすことになるから」

「え? ホントにラッセルが言ってたの? また上手いこと言って拉致ろうとか、そんなことないでしょうね?」

「うるせぇ、ゴチャゴチャ言ってないで付いて来い」


 軽い言い合いになり、ダーがトンがってき始めた時、絶妙なタイミングでリーが嗜める。


「兄さん、お嬢さまには優しくして。意地悪な兄さんは好きじゃないから」

「お、おお、わかった。ごめんよ、リー、困らせるつもりはなかったから。ほらお嬢さんよぉ、早く来なって」


 強気のダーをやり込めるのは、後にも先にもリーしかいないわね。


 ふふふと笑いながら歩みを進めると、ラッセルの部屋に案内された。なるほど、王宮内を歩くには護衛がいる方が違和感ないからか。納得したところで部屋の中に入る。


 入る時に、グニャリと空間が揺れたので、たぶんどこかに移動したのだろうと感じた。


「ケン、連れて参りました」


 ダーのかしこまった口調に、思わず笑いがこみ上げて俯いてしまったが、グッと気持ちを押さえつけ、真顔に戻してから顔をあげた。


「ああ、ありがとう。沙羅、君に会わせたい人たちがいたのでね、ここに来てもらった」


 部屋の中にはラッセルの他、数人が顔を並べていた。


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