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その六
○○村の駅から加津さん邸までは、だいたい四キロちょっとの道のりである。
その道中、例のワオキツネ尾長猿には九匹ほど遭遇した。それでも、
「来るかい」
と脇差の雨傘に手をかけたリョウマくんをみると、猿たちはそそくさと逃げ出すか、あるいは地べたに視線を移していたのである。
吉野さんが講演をおこなった日の晩は料理屋〈高はし〉でいちおうちょっとした打ち上げをやった。だからぼくはリョウマくんも義理で誘っていたのである。
「アメリカンドックなんかもさぁ、ちょっと、こう、よそ見してんじゃん、そいでパッと見んじゃん、するともう、自分の手からなくなっちゃってるんだよ」
ぼくはその席でワオキツネ問題をリョウマくんに話した。すると、
「じゃあ、ワシがその猿たちを追っ払えば、先生のお役にたてるっちゅうことですな」
とリョウマくんはSPとして旅のお供をしたいと希望してきたのだった。
リョウマくんはワオキツネ問題だけでなく、いつもそれで電車を乗り過ごしてしまう駅弁の選択問題をも、
「倉間先生、やっぱりいちばんうまいのはこれじゃき」
と貢献してくれた。
ぼくはリョウマくんにお礼をすることにした。
「じつはこの袴――レンタルなんじゃきですき……」
「じゃあ、おれの羽織袴あげるよ」
「倉間先生! ほんとうに、ワシにくれるっちゅうがかですか!」
「うん。あげる」
加津屋敷に到着する。しばらく待っていると、
「待たせたね、薫さん」
と加津さんは通された部屋に入ってきた。
すぐぼくはキャンディーものを分けてくれるよう、単刀直入にお願いする。
「やっぱり、そうかい。いいよ」
廊下でつながった別館に移動する。
「好きなの、てきとうに選びな」
「すみません」
「あっちでも、キャンディーズは、たいへんかい?」
ぼくは、このところのキャンディー状況を説明する。
最近ここに立ち寄ったという新キャン連(新日本キャンディーズ連合)の元幹部の方の話だと、なんでもキャンディー狂のなかにはスーちゃんの他界にショックを受けて全国行脚みたいなことをしている人もいるらしい。
「行脚しているその皆見さんていう人は、成人病を患ってて、食事制限もしてたらしいんだ。だけどスーちゃんのことで、その制限もやめちまって……で、いまは全国の食べ放題とか、あとデカ盛りっていうのかい? とにかくそういう店をくまなく巡礼しているらしいんだ」
加津さんはキャンディー関連だけでなく、天地小巻ちゃんものだとか百恵ちゃんものだとか、とにかくあらゆる年代のアイドルグッズを収集している。
だから新キャン連だけでなく、各藩の大物たちとも交流があるのだ。
「薫さん、おもしろい男だね」
加津さんは各藩の実情をわかりやすくあらわした勢力マップを凝視していたリョウマくんを目の動きだけで指してほほえんできた。
「加津先生、この『聖子ちゃん軍』っちゅう藩は、なんぞ、一千万石っちゅう、とんでもにぁあ、デカさじゃきですか?」
「永田聖子ちゃんはあのブリッコの創始者であり、かつ三十年以上もそのブリッコを国民に魅せつづけてきているからさ」
「キャンディーズやピンクレディーよりも領地があるっちゅうことは……加津先生! この日本にも、メリケンやエゲレスみたいな大きい藩が、あるじゃきですか!」
「ちょうどあした、この藩の連中といっしょにコンサートに行くんだ。リョウさんも来るかい?」
「はい、お供させていただきます」
「薫さん、いいかな?」
「結構ですよ、もちろん」
そんなわけで、リョウマくんはここに一泊して、ぼくだけが帰ることとなった。
加津さんは以前、小巻ちゃんと聖子ちゃんはある意味では対極的だから、小巻ちゃんを好いている連中は聖子ちゃんをなんとなく敵視する傾向があるけど、でも聖子ちゃんは年齢的にたぶん天地小巻ちゃんにあこがれていて、それで歌手になったんだから、そのあたりの方面からこじ開けていかなくちゃ、いつまでたっても埒が明かないぜ、というようなことをぼそっといっていた。
確かにそうである。悩ましい限りである。
地元の駅にようやく着く。Kの森こども電話相談室の支部は駅前にある。
こちらの支部のほうは、こどもだけでなく、事実上だれでも相談をしていただける。
だからぼくはそこに立ち寄って、こちらの目が痛くなるほど赤い口紅をつねに引いている川上さんに先の悩みを相談しようかともすこし思った。
しかし駅の掲示板には、マチコ邸に至急来るようにというマコンドーナサイドからの伝言が白いチョークで遠回しに記されていた。




