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その五
お玉さんに服の助言をもとめると、
「じつは、こんなときのために、あつらえてあるんです」
と羽織袴を出してきた。
「はやくお着替えになってみて」
「はい」
ぼくはお玉さんに手伝ってもらいながら羽織袴を身につける。
「まあ、ご立派」
お玉さんもこうほめてくれたが、じつは自分でも、
「けっこう男振りがあがってるかもしれないぞ」
と三面鏡のまえで悦に入っていた。決まりである。一件落着である。
翌朝もお玉さんに着替えを手伝ってもらう。そして軽バンにいよいよ乗り込むと、
「和貴子」
とその愛しの女性を一、二度呼び捨てで呼んでいた。悦に入っていたからである。
〈たかまつ亭〉は午前七時から店を開けている。混雑時を避けて九時半ごろに、
「おはようございまーす!」
と無人だったカウンターの奥に呼びかける。
「はーい」
愛しの和貴子さんが注文を取りに奥から出てきた。やはり和服である。
身なりのことをきかれたので、ぼくは改善大学校で講演うんぬんと説明する。
和貴子さんは、
「まあ! そんな大事なプレゼントに、うちの『おにぎり6Pパック』を選んでくださったんですか! じゃあ、倉間さんのために、和貴子がにぎってよ」
といってくれた。舞い上がっていたぼくは、やがてそれを受け取ると、
「ありがとう」
とすぐ施設に向かってしまった。しかししばらくして気がついたのだが、講演は午後一時からなのだから、自分の昼飯用にもう一人前ほかのおにぎりなりお弁当なりを注文すれば、さらに男振りがあがったわけだったのだ。取りこぼしである。
「まあでも、きょうはこれで良しとしよう」
予定よりもだいぶ早く施設に到着する。
A館のロビーで待っているあいだ、おにぎり6Pパックを和貴子さんのあの白い手でにぎられたものだと思うと辛抱しきれなくて全部食べてしまう。吉野さんへ手渡すものがなくなってしまった。
しばしかんがえたすえに、施設の食堂で日替わり定食の食券を買う。
「これを渡せばいいな」
あがり症の吉野さんはこの日も、
「ほ、ほ、ほ、本日は、お、お、お、お日柄、お日柄……」
と序盤はやはりガチガチに緊張していたが、大学校の生徒さんたちや関係者の方々はそんなことや先の食券などよりも吉野さんの衣装に度肝を抜かれていた。
吉野さんの衣装はゴージャスなウェディングドレスだったのである。
純白のすそは上手のさらに奥までつづいていた。長すぎである。
吉野さんは白いヒラヒラの付いたマイクと交換すると急に饒舌になる。
「――おお、舞香はそのようにあがり症を克服して、自分らしく輝くことになったのです!」
吉野さんは両手を広げた。
「ん?」
するとどこからか演奏が聴こえてきた。冷やかな空気のなか、吉野さんはそれにあわせて熱唱する。
吉野さんはうたいながら客席に降りていき、生徒たちに握手してまわる。
それは学校関係者に下手側にかかえられていくまで延々おこなわれた。すそも延々つづいていた。
ぼくの斜向かいにすわっていた男子学生は、
「尾っぽに缶カラも付いてそうだな」
とあきれていた。
講演終了後、
「倉間さーん」
と香子ちゃんが声をかけてきた。間接的にはすでに述べているけれど、香子ちゃんはこの大学校の恥学の生徒なのである。
運動場のほうのベンチでお話ししていると、
「なんだリョウマ、こんなところにいたのか。みんな捜してたぞ」
とうしろからこの施設の男の事務員さんがぼくの肩をトントンとたたいてきた。
「あっ、すいません……人違いしました」
「いえいえ」
香子ちゃんの説明によると、なまけものさん学部妄想科の「真田くん」という二十五、六の青年は、なまけ癖を改善するためだかに司馬遼太郎の歴史小説を朝から晩まで読み込んだことが幸い(?)して、あるときから、
「お香子殿、いつかワシが、いい国をつくってやるじゃきに」
などと、まるで坂本龍馬みたいに振る舞うようになったという。
男の事務員さんは、その真田くんとぼくを見間違えたのだ。真田くんはいつも袴羽織で過ごしているからである。
そうこうしていると、リョウマくんは買い物袋を下げて帰ってきた。たしかに袴姿であった。
リョウマくんは、
「お香子殿、これ見ちょくれき。なんでもチョコレート、いうんそうじゃ。メリケンには、こういう甘いお菓子がたくさんあるんじゃき。日本も早く、こうならな、いかんの……」
と洗濯板のように大きいチョコレートをかじっていた。
おこりんぼうさん学部の栗塚歳三くんに剣術を習っているというリョウマくんは、
「ああ、こちらの旦那さんが、栗塚さんが慕っているあの倉間先生ですか! はじめまして。坂本龍馬です」
とぼくにも礼儀正しくあいさつしてくれた。栗塚くんとはじっさい知り合いである。
ぼくはここで臨時講師をしていたとき、休憩所にある自動販売機についぶち切れてしまって、
「なんで、つぶつぶジュースのボタン押したのに、普通のオレンジジュースが出てくるんだよぉ!」
と施設の医事課や総務課に問い合わせたことがあるのだが、そんなぼくの勇姿にある種の衝撃を受けたらしい栗塚くんは、その後、
「おこりんぼうさんという特性を改善させるっていっても、なにも感情をおさえることだけがすべてじゃねぇ。あの倉間さんをみてみろ。あんなにいつも愛想よくしているのに、オレンジジュースにつぶつぶが入ってないくらいで、怒学のおれたちがどん引きするほど、お門違いの人たちに食らい付いてたじゃねぇか。やっぱり怒りっていうのは、ときにはおもてにはきだしたほうがいいんだ」
という信念のもとに、小学生のように狂い泣きしながら無鉄砲に相手にぶつかっていくという、つぶつぶ騒動のさいに取ったぼくの戦術をも取り入れた剣術道場を開いたのである。
このあと香子ちゃんは、雑談のつもりで先ほどまでぼくが話していたキャンディーものの補充うんぬんのことを、リョウマくんに話していた。ワオキツネ尾長猿をおもしろがっていたからである。
しかしリョウマくんは、ワオキツネ尾長猿には無関心であった。
「『キャンディーズ』ちゅうと、エゲレス語じゃきのう――そすっと倉間先生は、自分の目ぇで、ランちゃんやスーちゃんという横文字のおなごたちを、見てくるっちゅうがかですか!」
と板チョコからキャンディーのほうにかじりつきを移行させてきたのである。




