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その四
翌朝いつもよりたしょうおそく起きる。けっこう食べたわりにはほとんど体重は増えていなかった。いい気分である。
いつものコースをゆっくり五キロほど走る。入浴後、いちおう古書店へ顔を出すと、お玉さんが、
「ゆうべの残りですけど、ブリのてりやき、あがります?」
と朝飯の世話をしてくれた。
「すみません、それじゃあ、いただこうかな」
とりあえず、ちゃぶ台のまえにすわる。やがて慎重な足どりでお玉さんは朝飯をはこんできた。
「ねぇ、薫さん、キャンディーズ関連のものがきれいに売れてしまったんですけど、補充できないかしら?」
「このまえの、もう売り切れちゃったんですか?」
「ええ」
「全部?」
「ええ。まとめて買ってくれた方がいたんです」
「うーん……」
キャンディーズものはある程度は店内に確保しておきたい。いよいよ加津さんにお願いしないと、きびしいのかもしれなかった。
「しかし、あの猿がなぁ……」
加津さんが暮らす○○村には〝ワオキツネ尾長猿〟という小柄な猿が大繁殖していて、油断していると後ろからジャンピングキックをお見舞いされることもある。
それでも村の人たちは慣れたもので、道で遭遇しても「チッチッチッチッチッチッチッチッ」と舌を鳴らしてあやしているのだが、ぼくはほんらい犬や猫などもたいへん苦手なたちだったし、じっさい、この猿に何度かアメリカンドック等を横取りされてもいるので、
「薫さん、いいかい、『チッチッチッチッチッチッチッチッ』ってやりながら、こんなふうに手を差し出すのさ」
と加津さんにいくら教わっても、どうしてもこの猿がこわいのである。
キャンディー関連に強い店という威厳を保つためにはもちろん一刻も早く○○村に向かうべきである。
しかし先のような事情があったためにお昼を過ぎてもぼくはぐずぐずしていた。
すると、ゆうべ〈高はし〉で会食したあの香子ちゃんが吉野さんといっしょに、
「昨晩はクルマまで手配していただいて――」
とお礼をいいに来てくれた。
「これはこれは、ご丁寧に。まあ、どうぞどうぞ、あがってください」
「マチコさまのお屋敷に、香子ちゃんが『倉間さんのおうちを教えてください』って、さっき、たずねてきたものですから、わわわ、わたしが連れてきたんです」
「そうですか。ありがとう」
吉野さんはこのたびもやはりガチガチになっていた。
「ところで、市長のレッスンはどうでした? あの人、話しだすと長いでしょ?」
「そそそ、そのことで、じじじ、じつは……」
吉野さんは改善大学校で講演をするさいのいわゆる〝サクラ役〟を恐縮しつつもぼくに頼んでくる。
吉野さんによると、この「サクラ作戦」を提案したのは森中市長で、市長は、
「わたしもねぇ、選挙期間中は、この戦術を、ほんとうに、よく使う。K市のY地区近辺に住む市民は、いつでも対立候補を支持するのだが、前回の選挙のときは、こちらの内府が、百人ほどのサクラをY地区の演説会場に準備してくれた! おかげでわたしは、敵の陣地のなかにあるにもかかわらず、堂々とこの話法を披露することができた!」
などと身振り手振りも交えながら吉野さんに熱く説明したらしい。
吉野さんが壇上でお話ししている最中に花束を手わたしに行く、という程度のことであれば、とくにむずかしいサクラでもない。お安い御用である。
ぼくは、
「いいですよ」
とそれを引き受けた。
「あ、あ、あり、ありが、チュチュンガ、チュン、チュチュンガ、チュン」
改善大学校には「なまけものさん学部」と「恥ずかしがりやさん学部」と「おこりんぼうさん学部」という三つの学部があって、生徒さんたちは学部名になっているそれぞれの特性を改善するために日々励んでいる。
吉野さんはこの改善大学校で講演をするわけだが、日取りをきいてみると、なんでも強化合宿だか就活フェスティバルだかの予定が若干変更になった関係で吉野さんの講演も急遽あしたにくりあげられたらしい。
「で、で、ですから、き、き、き、着ていくものも、大急ぎで、し、し、仕上げてもらってるんです」
「花束じゃなくて、プレゼントみたいな感じのものでも、いいのかな? というのは、ほら、水戸光子ちゃんのコンサートなんかでもさ、郷土品みたいなのをファンが手わたしに行って、で、こんなふうに握手してもらってるじゃん」
「いいい、いいですよ」
やがてふたりは帰っていった。
「たしか、箱から出してないタオルケットあったよな……」
花束代を節約するために母屋へ行く。
「キャオ!」
しかし玄関先であることを思いついた。
「薫くん、また小巻ちゃんやってる」
「義姉さん、ちょちょちょちょ、ちょっと相談があるんですよ」
つぐみさんが指摘した小巻ちゃんうんぬんというのは、ぼくが現役当時の天地小巻ちゃんのようにひとさし指をあごにあててかわいくなにかを思案していたことを指しているのだが、まあそれはともかくとして、
「こんなときは、どの弁当にすればいいんですかね?」
とさっそくぼくはその思案にからんだ事柄の助言を義姉にもとめた。
「うーん、そうねぇ……焼肉弁当みたいなのだと、タレがこぼれちゃうかもしれないし、だからといって、地味でおとなしい女の人にコロッケ弁当を渡すっていうのも、なんとなく当て付けみたいだしね……」
つぐみさんは親身になっていろいろ検討してくれた。
だが、ぼくがほんとうに知りたいのは〈たかまつ亭〉というお弁当屋さんのカウンターに週に一度だけ立っている和装の女性に好感をもたれるような身だしなみはどういうものなのか、ということだったのである。
ぼくはいよいよ義姉に本音を吐露した。
「でも、そういうことなら、わたしより、お玉さんのほうが、ぜったいくわしいわよ。なんていったって、経験値がちがうもの」
「そうなんですか」
そんなわけでぼくは、おにぎり6Pパックを〈たかまつ亭〉に注文しにいくさいの服装をお玉さんにみつくろってもらうことにした。
「ところで薫くん、その女の人って、何曜日にカウンターに立つの?」
「それがちょうど、あしたなんです! だから、まずおにぎりを買って、それからあの施設に向かいますよ」




