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その三
マチコさまの屋敷にはバスで行く。酒を飲むからである。酒でも飲まなければやってられないからである。
午後五時過ぎに到着し、
「ごめんくださーい。ごめんなさい」
とインターホン越しに呼びかける。
「はーい」
屋敷に居候している謎の婦人が門を開けてくれた。
マチコさまはこれから出かけるらしく、入念なおめかしをしていた。
「ねえ、今夜はIBCの会長と会うのよ。ごめんなさい」
と鏡越しのぼくにほほえみかけてくる。
とはいえ、依頼のくわしい内容は山城さんにすでに伝えてあるみたいだ。
そんなわけで、
「ごめんなさーい。ごめんください」
とぼくはまるで逃げるようにお暇することにした。
「よかった……ファミスタ五時間コースも覚悟してたからな」
帰りのバスを待っているあいだに、その山城さんに電話をかける。
「もしもーし」
元気よく出た山城さんはなんでもこれからマコンドーナグループに段取りをつけてもらった女の子と初デートをするらしい。
「ねえ、倉間さん、ぼくだってもう四十なんですから、そろそろ結婚したいですよぉ」
このところどんな話のさいにも最後に付け加える先の希望をまたぞろ訴えてくる。
落ち合う場所は案の定〈高はし〉という料理屋だった。ここはマチコさまへ〝ツケ〟ておけるのである。われわれの行きつけなのだ。だから、
「ねえ倉間さんも、介添役として、来てくださいよぉ」
というお誘いにも、
「じゃあ、カウンターのほうで飲んでますよ」
とぼくは気軽にこたえていた。ここではぼくも大旦那なのである。
いったんアパートにもどって大旦那らしい身なりに着がえる。
「いらっしゃいましぃ」
「やあ」
そして堂々と〈高はし〉に入って、天ぷらとビールを注文する。
「ところで、おかみさん、山城さん来てますか?」
「ええ。二階の〈槇の間〉で、とてもお若いお嬢さんと」
やがて山城さんは左肩に装着したよくわからない飾りをジャラジャラさせながら降りてきた。
「だめです。歳がいっちゃってますよぉ」
「いっちゃってても、いいじゃないですか」
先月だかに内府に紹介された三十歳くらいの女性にたいしても、先のような感想を山城さんは述べていた。
今回の子は、おききしてみると二十三歳だという。山城さんの見解はときに意味不明なのである。
その二十三歳の香子ちゃんという子に釈明も兼ねて山城さんの特異性をともかく説明する。
「だから気にしないでください」
「はい」
結婚うんぬんはもう抜きである。趣は三人飲み会に変わった。
香子ちゃんは胸の谷間を限界まで強調させるような服を着ていた。
だからお銚子を三本ほど空けたのちのぼくは、ついつい灯台の明かりのように一定のリズムでそちらに眼光をあてていた。
限界まで太ももを強調できるミニスカートへも眼光をあてられ、いよいよお顔をあからめていた香子ちゃんは、
「ナルシス輝男先生に指示されたんで、こういうのを着てるんです……」
とその格好の理由をわれわれに話す。
ナルシス輝男先生とは面識がある。改善大学校で臨時講師をしていたときによくしゃべっていたのだ。
当初ナルシス氏は、
「しかし倉間先生、恥学の生徒にどのように指導すれば、かれらの〝恥ずかしがりや〟という特性を中和させてあげることができるんですかね……」
と悩んでいたのだが、その後どうやらこんな荒行を生徒にやらせるほど指導力をつけたようだ。
山城さんに確認すると、
「ええ。〝課外授業〟としての逢引きってことは、きいてますよ」
とこのデートの真の目的を知っていた。まあ一安心である。
山城さんは、香子ちゃんがナルシス先生の話をしていると、
「じつはこのルアー、ナルシス先生にアドバイスされて、身につけるようになったんですよ」
と左肩にジャラジャラ付けている例の飾りを誇らしげに見せてきた。
愛用者が熱弁するには、この焼き芋を模したルアーを三つほど束ねてつくったバッジは女性をひきつけるための極めて実用的なアイテムとのことだった。
アイテムうんぬんでいえば、香子ちゃんが身につけていたマリアローザ製の「ウルトラ・ウォッチ」は、マコンドーナファミリーである一種の証ということもできた。
香子ちゃんは麦焼酎に移行したあたりから、
「わたしのこういうむちむちした感じって、倉間さんにはかわいいんですか?」
というような質問を椀子そばのお給仕のように投げかけてきていた。
だからぼくはその連祷をいったん止めさせるねらいもあって、香子ちゃんに腕時計のことをきいてみる。
「マチコさまからいただいたんです」
それでも香子ちゃんは、それがピグモンなのかガラモンなのかはまったく判別がつかないようであった。わたくし倉間薫もつかない。
時計を贈与されたということは、いずれ香子ちゃんはマコンドーナのどこかの課に配属されるのかもしれない。しかしまあ、それはおいおいである。
ずいぶん飲んでしまったが、ぼくは茶封筒経由で頼まれた例の奉仕業務の詳細をようやく山城さんにたずねる。
「今回はまた、めんどうな依頼ですよぉ――」
「ん? 山城さん――畑に、なにが捨ててあったんですか?」
「だからタンスですよぉ。子ども用のちっちゃめのタンスが、畑のはじに無造作に置かれていたんです」
「タンスはどうなったんですか?」
「英光ご老公が保管してます。『不法投棄の犯人をおもいっきりこらしめてやる』って、息巻いてるようですよ」
「役所とかでお願いできないんですかね」
「英光ご老公も最初はそうかんがえたみたいなんですけど、さすがに不法投棄の犯人を血眼になって、しらみ潰しに捜すなんてことは役所もしないでしょうからね」
「たしかにね……」
とりあえず、畑に捨てられてあった子ども用タンスを見に行くことは決まっているらしい。
「まあ辛抱強く、やるしかないでしょうね」
トイレに立った山城さんは従業員に手わたされたおしぼりで手をふきながらあわててもどってきた。
「ねえ、倉間さん倉間さん、そういえば今晩、Kの森テレビで『どこまでも生討論』やりますよね。あれは録画して観たんじゃ、意味ないんですよぉ」
山城さんは自宅に帰ってしまった。
仕方がないのでぼくは、ぐでんぐでんになっていた香子ちゃんのためにクルマを手配する。
「わたしのこのむちむちしたからだ、倉間さんにはたまらないんですか?」
香子ちゃんはタクシーに乗るさいもまたぞろきいてくる。
「そうですよ」
だからぼくは再度こう返答した。




