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      その二


 健康センター〈三途の川〉の城主は森繁《もりしげ》内府である。この内府とぼくとは強い絆で結ばれている。お互い天地小巻ちゃんフリークなのである。


 そんなわけで内府に吉野さんのことで便宜をはかってもらうことにする。


 電話してみると、今晩の内府は〈三途の川〉の宴会ホールで、K市の市長と酒を飲む予定だという。


「森中市長にあの話法を習えばいいよ」


 吉野さんもその飲み会に誘ってくれた。


 愛人さんも数人いる内府は、吉野さんの特徴をざっと説明すると、


「マチコさまの屋敷に居候してる娘じゃなかったら、おれが個別に指導してあげるんだけどな」


 といっていた。けっこういい歳なのだが、まだまだ元気なのである。


「倉間くんも、どうだい。市長とも、しばらく会ってないだろ?」


「ええ、まあ……」


 しかし先のように茶封筒を受け取ったからにはなるべく早くマチコ邸に出向いてファミスタ接待などをすませてしまいたかった。今回は辞退する。


 吉野さんは前回ぼくが自負心およびスケベ根性によって、ついしゃべってしまった話をおぼえていて、先の吉報を告げるより先に、


「スマイリイ・オハラ先生の著書に講演について論じているものはないんですか?」


 とコタツのうえに乗ったままきいてきた。


 残念ながら、ぼくが現在保管しているスマイリイの著作にはそのようなものはない。


 それにスマイリイはそもそも重要なことはすべて暗号として作品に組み込んでいるので、仮にそういう本を残していたとしても、解読に時間をとられてマチコさまが指定した日時には到底間に合わないだろう。


 谷崎潤一郎とも親交があったといわれているスマイリイ・オハラが世に出したテキストはすべて私家版である。


 なかには生原稿のみ、あるいはチラシの裏に書いた草稿のみという論文もある。


 それでも研究者たちのあいだではそういうメモ程度のものでもかなりの値段で取り引きされているのだ。


 昭和三十年代に執筆されたスマイリイの随筆には、キャンディーズの出現とその解散方法などが予言されている。


 もちろん暗号として組み込まれているので世間的にはまったく知られていない。


 天地小巻ちゃんの楽曲に日々親しんでいるぼくと内府はこの随筆に小巻ちゃん復活の方法なりヒントなりが暗号として組み込まれているのでは、と密かに期待しているのである。


 軽バンで吉野さんを〈三途の川〉まで送ってあげる。


 そして軽バンを駐車させてある実家にまっすぐ帰って、今度は晩飯のおかずを具体的にリクエストしていた義姉のつぐみさんに、


「PFCバランス等々具体的にリクエストしておいて、まことに勝手なんですが……」


 とあやまりに行く。


 太りやすい体質のぼくは、ほぼ毎日五キロほどジョギングしている。


 マチコ邸でファミスタをした翌日などは、接待中米菓の〝柿の種〟をカリカリ食べ続けているので、普段より長い距離を走らなければならない(マチコさまはメジャーリーガーが試合中に頬張っている〝ひまわりの種〟を柿の種だと思いこんでいて、われわれに食べるよう強要しているのである)。


 ところで、つぐみさんの手料理をひんぱんに母屋で味わえるようになったのは、このごろ毎晩のように親父が夜遊びをしているからである。


 祖父の他界とお袋の長期入院によっていわば解き放たれることとなったこの道楽の種子が眠っていたそれまでは、たとえばお夜食にハンバーガーなどを食べていたりすると、


「そんなものばかり、むしゃむしゃ食って」


 とお説教をぶってくることもあった。


 だからぼくはこの難をのがれるためにテーブルの下で音をたてずにそばを食べるという技の習得にもストイックに取り組んでいたのである。


 兄貴のやつも近年は、実弟をみつけると親父のように説教してくる。


 ちなみにそんなときぼくは、入院しているお袋のことを話題に出して問題の矛先を変えているのである。


 大好物のカニ缶をその場で実弟に拝借されてもぜんぜん気づかないほど兄貴を困惑させているその矛先のお袋は、もうかれこれ一年ちかくも昏睡状態のまま入院している。


 わたくし末弟は先日も耳もとで、


「そろそろ起きろよ!」


 と怒鳴ってみたのだが、一瞬わらったようにもみえたお袋は、


「ウー」


 とだがしかし、ただひと唸りしただけだった。


 母屋では幼稚園年長の姪っ子が、ひじ掛け座椅子にちょこんとすわってテレビを観ていた。


「智美、それ、クロスフィーバーズか?」


「うん」


『クロスフィーバーズ』という戦隊ヒーローのスポンサーはマコンドーナである。


 マコンドーナは地元テレビ局での宣伝に積極的なのである。


「あんな暇あったら、巨大ロボのところまで飛んでいけばいいのに。なぁ智美」


「クロスフィーバーズは飛べないよ」


 姪っ子は座椅子から叔父のひざに移ってきた。


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