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その四十四
用七老人とシナリオをつくったこの晩は、ぼくも三原さんも〈ウルスラ・タウン〉のゲストルームに泊まることになっていた。一杯やっていたからである。翌日K市に帰る。
ぼくは改善大学校に用があったので、三原さんに送ってもらう。
「すみません」
「いえいえ」
男の事務員さんが校庭に水をまいていた。
「原田くん、いますか?」
とぼくはたずねる。
原田くんは運動場の裏にある山羊の小屋にいるとのことだった。とりあえずそちらに行ってみる。
「おお、局長!」
原田くんは、なまけものさん学部の生徒が本来はおこなわなければならない山羊の世話をしていた。原田くんはもちろんおこりんぼうさん学部の生徒である。
ぼくは理由をたずねる。
「いやね、コイツに、答案用紙だとか、親にいちいちわたさなくちゃならない学校からの手紙なんかを食ってもらってるんだよ」
怠学の生徒が文字通りなまけていてぜんぜんエサを与えないことも手伝ってか、この山羊は証拠隠滅のために足繁く通ってくる原田くんに思いのほかなついていた。
「火野さんのことで来たのかい? 倉間さん」
「うん」
原田くんに火野きよしさんに依頼したい仕事の内容を説明する。
「報酬があるんじゃ、ぜったいやるよ、あの人は」
「そうかな」
わたくし局長は安心した。
「じゃあ、よろしくね、原田くん」
「なんだ? もう帰っちゃうのかい。きょうダイアンさん、休みなのかな? あっ、クロスピンクがエリマキトカゲをつくって……火野きよしさんが天地小巻ちゃんに伝えるのは、あとなんだっけ?」
つぎは沼口隊長をたずねる。
〈やきとり二郎〉横のビニール製の車庫をのぞいてみると、沼口隊長は懐中電灯を点けてKの森新聞を読んでいた。
「ああ、倉間さん」
隊長は車庫から這うように出てくる。
「飲みにきたんですか? そろそろ店、開くと思うけど」
「沼口隊長! きょうは隊長に、探険のお願いをしにうかがったのです!」
「ん? ええ! たたた、探険!」
「マーシシマイを探してください! F島に生息しているんです」
「島モノですかぁ! そういえば昔、木之元亮似の日本兵を捜したなぁ……」
タツヤくんのお母さんがおもてに出てきた。「準備中」となっていた札を「営業中」と記されているほうにひっくり返す。
「くわしいことは、飲みながら話しましょう」
われわれは店内に入る。きょうのお母さんは、最初の印象よりずっとジェーン・アッシャーに似ていた。そのお母さんは、オニオニを警戒しているぼくの様子を察したのか、
「二階もありますよ。どうぞ」
と気をまわしてくれる。
「せっかくだから、二階でやりますか?」
「そうしましょう」
二階の六畳間には棚のところにお品書きが貼られてある古いイトーキ学習デスクがあった。
「そっちの椅子は足がガクガクしてるから」
と沼口隊長は、ぼくがパイプ椅子のほうにすわれるよう自分からそのガクガクの椅子を選んで腰かけていた。
学習デスクのまえで隊長とぴったりくっついてすわっていると、そのうちお母さんが、やきとりとモツの煮込みとビールの中ジョッキとレモン・ハイを、
「お待たせしましたぁ」
と学習デスクのうえに置いてくれた。夜食でカムフラージュしつつ様子をうかがいにきた一昔前の教育ママのようである。
そんなわけで、
「あれ? 隊長、これ、ジョッキに『ホッピー』って、入ってるけど、ビールですよね?」
「ちょっと試飲してみればいいじゃん」
「あっ、ビールだビールだ」
とわれわれは飲みはじめることとなった。
若いころの沼口隊長はなんでも将来有望といわれたサッカー選手だったらしく、だからとなりの部屋でサッカーのテレビゲームをやっていたタツヤくんに、
「もうすぐ終了なんだから、ボールをまわせ! それもサッカーのたいせつな技術なんだぞ」
とレモン・ハイを飲みながら恫喝的にアドバイスしていた。
ひざと足首をわるくして、サッカーを途中であきらめたという沼口隊長は、レモン・ハイを二杯ほど飲むと、
「けっきょく、探険にのめり込んでいったのも、選手だったころの自分をわすれるためだったのかもしれませんな」
と学習デスクの横っちょの棚にあったエルモアとかいうティシューで机にこぼしたモツ煮込みの汁を拭いていた。
「子どものころとか、若いころとかに、ある一定期間輝いてしまうと、まわりの人間はわすれても、本人はどこかでそれをずっとおぼえているから、つまり、輝いた自分におしつぶされてしまうんですな……」
沼口隊長は、そういう人間は非現実的なことをして、それをはねかえそうとするから、場合によってはさらに状況をわるくすることもある、ともいっている。ぼくは畑中葉子のことを話題に出そうかとも思ったが、けっきょく黙っていた。
携帯が振動した。香子ちゃんのお母さまからのメールである。
「来週の水曜日、お時間ありますか?」
と記されていた。
ぼくは即座に「あります」と返信する。
沼口隊長は〈やきとり二郎〉のいわゆる裏メニューを知っていて、ぼくに「めんたいトースト」なるものを勧めて来た。
「うまい! いけますね」
「でしょ」
パンを食べたからか、ぼくはキャミワンピのお母さまがスースーしている姿を想像していた。だからぼくは隊長の話とは関係なく、
「よーし、がんばるぞぉ」
とか、
「おもいっきりやってやるぞぉ」
などと拳を握りしめていたのである。
「おもいっきりやりましょう!」
隊長も拳を高々と突き上げていた。
「やりましょう! 倉間さん」
「大いにやりましょう。隊長!」




