39
その三十九
数日後、香子ちゃんから電話がかかってくる。
正式にマチコさまから聞いたわけではないが、香子ちゃんはどうやらすでにわれわれのアシスタントになっているようだ。例のお見合いも手伝っているのである。
アシスタントがいうには、真面目好色の三成さんに対応するための肝心の卑猥さは、指導者の川上さんから太鼓判を押してもらっているくらいしっかり仕上がっているという。
「あの吉野さんが――」
ぼくは信じられなかった。
「時間があったら見学に来てください」
「マチコさまは屋敷にいるのかな?」
「マチコさまは出かけてますよ。こちらに来てくれますか?」
「うーむ……じゃあ、行くか」
マチコ邸におもむくと、山城さんは香子ちゃんにレールウェイズの各選手の応援歌を教えていた。
「♪ おまえが股間をさわるとき、それはホームランの予感
おまえが股間をにぎりしめるとき、それは勝利への確信
おまえのそのバットを振り回し、宇宙にぶち込めよ、おお、なしだ」
という八番「なしだ」の応援歌を、香子ちゃんは何のためらいもなく、うたっていた。
「だいぶ、恥ずかしがりやさんも改善されてるみたいだなぁ」
応援歌を一通りおしえると、今度はファミスタ接待の技術的な指導を、
「ああ、駄目だよぉ。ボールゾーンにそんなキレのいいスライダーを投げたら『ぶうま』はぜったい手を出しちゃうよぉ」
と山城さんはほどこしていた。ありがたいことである。香子ちゃんがファミスタの技術を身に着けてくれれば、こちらは大いに助かるのである。
さて、いよいよ吉野さんである。ぼくは、
「あっちですか?」
と謎の婦人におききして、吉野さんが川上さんの特訓を受けている奥の部屋をのぞきに行く。
「こんにちは」
ちょうどふたりはソファーにすわって、紅茶を飲むさいのお皿のそえ方と小指の立て方の最終調整をおこなっていた。
「ホントにもう合格なんですか?」
「うん」
川上さんは立ち上がった。
「いちおう、この方法で臨もうと思ってるんだけど、ちょっと観てくれます?」
「ええ」
「まずトレンチコートをこうやって、閉じとくでしょ」
「うん」
「で、相手の顔をジィーっと観て、タイミングを見計らって、バァーって、トレンチコートを開くの」
「ええ! ももも、もう一回」
「ジィーっと観て、バァー!」
「ええ!」
「バァー!」
「ええええ!」
「バァー!」
「ええええええええ!」
これはたしかに卑猥さという点では相当なものである。真面目好色の三成さんは恍惚となりすぎて泡を吹いてしまうかもしれない。
「もう一回お願いします」
「いいわよ。バァー!」
「もう一回」
「バァー!」
しばらくのあいだ当事者のことをわすれていた。謎の婦人に肩をたたかれて、ようやく主役の吉野さんに、
「それでは、どうぞ」
といわゆる〝バァー〟を披露していただく。
川上さんとおそろいのトレンチコートを着ていた吉野さんは、
「わ、わ、わ、わたし、ひひひ、冷え症なんです」
とだがしかし、なかにいつもの服を着ていた。
それでも、
「お、お、お、お見合いの当日は、かかか、川上さんとおなじようにします」
と吉野さんはガチガチになりながらもわれわれに宣言していたのだった。
「ねえ川上さん、もう一回お願いしてもいいですか?」
「仕方ないわね。いくわよ。ジィーっと観て」




