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その三十七
男の子の家は〈やきとり二郎〉という居酒屋をやっていた。
「おお、薫ちゃん」
「シッくん!」
同級生とばったり会ったので、その〈やきとり二郎〉で一杯やることにする。
厨房でやきとりを焼いていた旦那に、
「あの、倉間というものなんですが――」
と名乗ると、奥にいたお母さんは、
「タツヤ、タツヤ!」
と男の子をすぐ呼んでくれた。
タッタッタッタッと勢いよく階下におりてきた男の子に、
「よく店に来てくれてたみたいだから――」
とおはようキッカーズの九巻を手わたす。そして、
「ウチはね、ほんとうはマンガはあつかってないんだよ」
うんぬんと正木くんの店を紹介する。
「『ジェーン・アッシャーによく似たおかみさんがいる店はどこですか?』ってきけば、すぐあのあたりを歩いている人たちは、教えてくれますから」
とさっき電話で豪語していたお母さんにたいしては、期待していたほどにはグッとこなかったが、生はサッポロだったし、やきとりの皮も安かった。だからまあ、一軒目はここでもいいだろう。
小、中といっしょに野球をやっていたシッくんは、とりあえず生、とたのんだのちに、
「最近、野球とか、ソフトボールとかは、やってないの?」
ときいてきた。
「うん。運動はランニングだけしかやってないよ」
とこたえたぼくもビールである。
「シッくんは、野球やってんの?」
「おれいま、Kの森リトルオカピズのコーチやってるんだよ」
「オニオニ元気?」
先にもすこしあげた、怖かった監督の近況をうかがうと、そのオニオニが、
「おおシゲ、やっぱりいたか!」
とこの店ののれんを、ちょうどくぐって来た。キャオである。
「おお、薫もいたか」
ぼくはなぜか少年野球時代のように、ピッチングの指導を受けることになってしまった。
「おかみさん。おれたち庭行くから、ねぎま焼けたら、持ってきてね」
「はーい」
〈やきとり二郎〉ととなりの店とのあいだには、空き地があった。
そこにはビニール製の自転車の車庫やサッポロ黒ラベルのビールケースや土と同化しつつあるカーペットや空気のぬけたサッカーボールや小さなテーブルや椅子などがあった。
オニオニは椅子にすわる。
「よし薫、そこのカラーボールを、投げてみろ!」
「はい」
オニオニのピッチング理論は極端である。
水島新司の漫画『ドカベン』の「岩鬼」を真似て投げるよう指導してくるのだ。
ちなみにピッチャーとしての岩鬼は、球は速いがコントロールはめちゃくちゃ悪い。つまり、悪球を投げないといけないのである。
当時の少年たちはだから、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
と吠えながら、とんでもない方向にボールを投げて、このマン・ツー・マン指導から逃れていた。
そんなわけで、このたびもぼくは、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
と当時以上に吠えながら、カラーボールを三塁側ベンチに相当する自転車の車庫あたりに投げ込んだのである。
「よし! いまのフォームをわすれるなよ、薫」
カラーボールを拾いにいくと、車庫のなかでは沼口探険隊の人たちが懐中電灯で互いの顔を照らしながら弱々しくやきとりを食べていた。
カラーボールに気がついた隊員のひとりが、
「隊長、リンゴ、みつけましたよ」
とそれを拾う。隊長は、
「バカヤロー! それは毒リンゴだ!」
と隊員の手をぴしゃりと叩いていた。
「すぐ手を洗え!」
だがしかし水筒の水で手を軽く洗ってしまうと、また隊員たちはしょんぼりうつむいている。
串の中心付近にある焼き印をみて、
「あっ、当たりだ」
と一瞬表情を明るくしていた沼口隊長も、店の裏口でおかみさんにその当たり串とつくねを交換してもらって、もぐもぐ食べながら車庫にもどってくると、ふたたび暗い表情で懐中電灯を点けたり消したりしていた。




