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その三十五
デミグラスソースを警戒して一時控えていた朝のランニングも、いつごろからか、また日々の習慣にもどっていた。七キロほど走る。
「いまはずいぶん気持ちが揺れ動いているみたいだけれど、でも三成さんのことは、相当意識してる感じだったな……」
シャワーを浴びながら、きのうの吉野さんの様子を思い返していたぼくにある考えが浮かぶ。
「そうだ♪ カオリさんに相談してみよう」
風呂から出たのちにKの森美術館におもむいている三原さんにメールを送ると、
「お供します」
と返信してきた。藤原家をたずねるのである。
民吾氏は現在シシマイ関連を調べている。Kの森美術館に行っているのも「シシマイの世界」なる展示物を鑑賞するためなのだ。
やがて三原さんは美術館から帰ってきた。
「やはりシシマイにかんすることなんですが、以前カオリさんは、地方の結婚式にはシシマイに似た衣装を身にまとって、うーん、あれはアツモリというんでしたかね、織田信長が好んでよくやっていた――あれを踊ってお祝いするって、おっしゃっていた気がするのです。ですから、そのお話をまたおききしたいと思いまして」
民吾氏の運転で藤原邸に向かう。
途中で買ったお菓子の詰め合わせを渡したのちにさっそくカオリさんに三成さんの写真をみせる。
「うーん、誠実な方なんでしょうけど、でも完全に〝真面目好色〟の相が出てるわね」
「はあ……」
縁結び姫がおっしゃるこの「真面目好色」というのは、それでも、
「相手をみつくろうのは、逆にむずかしくないのよ」
と悪いことばかりでもないらしい。
希望の光がみえてきたぼくは、吉野さんの写真もみせる。
「真面目好色の人に、こういう子じゃ、ちょっと合わないですかね?」
「真面目好色の人には、ほとんど容姿は関係ないのよ」
カオリさんがおっしゃるには、真面目好色の連中にとって、なによりもいちばん重要なのは、家計簿の精密度でもアイロン掛けの正確さでもなく、
「わかりやすい一種の卑猥さ」
なのだそうだ。
「吉野さん、普段はかなり地味だからな……」
「大丈夫よ。その道にくわしい人に指導を仰げば」
「ホントですか!」
「ええ。わたし、その道にくわしい子、知ってるから、薫くんに紹介してあげるわよ。とっても性格のいい子なのよ、この子」
カオリさんが知っている〝その道にくわしい子〟は、Kの森こども電話相談室の支部に勤めているという。
「もしかして川上さんかな?」
「そうそう川上さん。薫くんも知ってたの」
カオリさんの携帯からその旨をお願いするメールを送信する。
しばらくすると、川上さんからもそれを承諾するメールが送られてきた。
ぼくも川上さんに電話をかけて、
「うんうん、そうなんだよ。ぼくの義理の姉さんのお姉ちゃんが、カオリさんなんだ。あはははは、そうだねぇ、世の中広いようでせまいね」
とお話しする。
さて、今度は民吾氏である。
三原さんが記憶していたカオリさんのシシマイにかんする発言は事前に説明していたものとはかなりちがっていた。それでも民吾氏は、
「シシマイ、およびシシマイに相当するものを、わたしはいま、調べています。ですから、それも、観ておきたいのです。なんとしても、観たいのです」
と強く訴えていた。
「でもそのシシマイの伝統があるM町までいまから行くとなると、日帰りじゃ、無理かもしれませんよ」
「わたしはそれでも、まったくかまわないのです。カオリさんは、これからでも大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……」
「でしたら、ぜひ、案内してください。わたしは、切にそれを求めています」
「それほどおっしゃるんでしたら……じゃあ、いま支度しますね」
そんなわけで、民吾氏とカオリさんはこのように急遽遠出することとなった。




