33
その三十三
栗塚くんに励まされているうちに、
「そういえば、まだおパジャマは拝見していなかったな……」
という気持ちがまたぞろ芽生えてきたぼくは、ふたたび水戸光子ちゃんサイドに電話を入れる。
売れっ子の水戸光子ちゃんは、もうKの森テレビのスタジオに移動していた。
黒いスーツを着た肥満体のマネージャーに予定をきく。
「二十時五分から二十時十五分のあいだは楽屋で休憩するんで、そのときでしたら、ガラモン組さんとの打ち合わせは可能ですけど」
「わかりました」
とくに予定のなかったぼくと栗塚くんは早めにテレビ局へ出向く。
「ここでお待ちください」
「はい」
その部屋にはお弁当がたくさん置いてあった。
「ひとり二個までだよね」
その場で加えた局中法度に準じていただく。
やがて水戸光子ちゃんが、
「お待たせいたしました」
と楽屋に入ってきた。
水戸光子ちゃんは〈ぐるぐる三昧〉の生CMのリハーサルをしていた。
ほとんど毎日のように出る例のお化けは、市内で繁盛している先の回転寿司のお持ち帰りパックを黙々と食べていたこともあったという。
「リハーサル中、急にそれを思いだしまして、わたくし『ハマグリはムシのドク、チュウチュウタコカイナ』というセリフを三度もまちがえてしまいました」
お化けは水戸光子ちゃんがベッドに横になっていると、わざととなりの部屋でぶつぶつひとり言をいっているときもある。
「どんなことを、いってたんですか?」
「わたくしも、こわかったので、すぐ耳をふさいでしまったんですが、なんだか、火星のことと、それからディック・ミネさんのことを、おっしゃってるようでした」
「火星か……」
火星だとか、おそらくフィリップ・K・ディックだとか、そういう宇宙関係のことをぶつぶつつぶやいていたとなると、あの顔色のわるいお化けは宇宙人という可能性もじゅうぶんある。
「どうする、トシさん。このまえの京都のやつは、宇宙人じゃないでしょ?」
三十七歳にして百パーセント本気で、こうたずねる。
「倉間さん、お化けだろうが、宇宙人だろうが、おれにとっては、おなじことだ」
「そう? 大丈夫?」
「とにかく、いまから行って退治しましょう」
局長として、いちおうぼくも手伝わなければならないので、廊下でばったり会った『クロスフィーバーズ』のスタントの方にクロスピンクの変身プロテクターをフル装備で貸してもらう。
「おれは、ほんとは強いんだぞ! ウ、ウ、ウ、ウーヤーター、ウーヤーター!」
そして、水戸光子ちゃんのマンションに今度は三人で向かった。
ひとり言をつぶやいていた部屋からは、たしかにパタパタパタパタという不吉な音がきこえる。
栗塚くんは、その部屋の引き戸をピシャーンといきおいよく開けると、
「わたしは、ガラモン組副長、栗塚歳三だ」
と宇宙人だかお化けだかにまず名を名乗っていた。
顔色のわるいお化けだか宇宙人さんだかもそれにたいし、
「わたしは、中津川というものです」
ときちんとお辞儀をしている。
「水戸さん、この人ですか? いつも出るのは?」
栗塚くんが水戸光子ちゃんに確認すると、
「そそそ、そうです」
とアルミの鍋を両耳ヘルメットのようにかぶっていた水戸光子ちゃんはこたえた。
「ああ、やっぱり水戸光子ちゃんだったんですかぁ!」
中津川さんとおっしゃる長髪のお化けさんもどうやら安堵している。
夜中に小説を書いているという中津川さんは、引っ越してきたばかりの水戸光子ちゃんがまちがえて自分の部屋に入ってきても、それが現実なのか妄想なのか、なかなか判断できなかった。
それは多忙過ぎて、まるでピンク・レディーのように記憶があやふやになっている水戸光子ちゃんが、こうなったいまでも、中津川さんの部屋を自分の部屋だとまだ思っているのをかんがみれば、ありえることかもしれなかった。
「それはご迷惑をおかけしました。中津川さん」
「いえ、かまわないですけど……あれ? これって、現実ですよね――小説書いてると、ボォーッとしちゃって……」
なにはともあれガラモン組の初の大仕事は成功したのである。マチコさまに報告である。
翌日さっそく屋敷におもむく。マチコさまはすぐ、
「倉間くん、どのチームがいい?」
ときいてきた。例のファミスタである。
「ええと、カーズを選択しちゃっても、いいですか?」
「いいわよ。じゃあ、わたしはレールウェイズね」
オールスター以降バットの振りがにぶくなっているという「おおいし」が三遊間にうまく引っかけて出塁すると、マチコさまはつぎの「まつなか」に手堅く送りバントのサインを出していた。しかし「まつなか」は初球のつり球に中途半端にバットを出してキャッチャーへのファールフライにたおれていて、
「『まつなか』は攻撃的な二番バッターだから、ちょっとふてくされて、雑にバントしましたね」
とマチコさまのご機嫌をうかがうと、
「そうなのよ。でもこれからの試合は細かいプレーが大事になってくるでしょ? だから『まつなか』にもあえて、バントのサインを出してるのよ。二番の自覚をもっと持ってもらいたいから」
とマチコさまも「まつなか」の性格を重々承知していたのだった。
ぼくが指名した先発ピッチャーはベテランの「きたへふ」だったので、頭脳派投手らしく、強打者の「でひす」に投じるまえにまずは一塁に牽制球を放ったのだが、まずいことにマチコさまは疲れ気味の「おおいし」に、食欲も落ちている、とまでいっていたくせに盗塁のサインを出していて、
「『おおいし』をアウトにすると、四番の『ぶうま』まで打順がまわらない可能性が出てしまう」
と瞬間的にきっと思ったカーズの一塁手は、だから一二塁間にはさんだ「おおいし」をしばし追いかけたのちに、
「おい! それでもプロかぁ!」
と操作している張本人に怒鳴られるほど、とんでもない方向にボールを投げていた。




