第三部 九月 32
第三部 九月
その三十二
水色のスモックに黄色い丸帽という格好で精力的に宣伝活動をおこなっている美恋愛子さんのデビュー曲は、九月の第三週に早くも水戸光子ちゃんを抜いてKの森チャートの一位を獲得した。
この曲の作詞を担当したのは、わたくし倉間薫である。
自慢ではないが、ぼくは詞を書く能力はない。
そんなぼくが、どうして愛子さんの曲に詞をつけることができたのか――それは〈ウルスラ・タウン〉という老人ホームで隠居生活を送っている用七翁に連日手ほどきを受けたからなのである。和貴子さんを通じて紹介してもらったのだ。
用七翁は南北ヨーロッパのオコーデンという小国のテレビ局で四十年ちかくいわゆる〝仕掛け人〟として活躍されていた方である。
用七翁は、ぼくがメガホン(?)を取った『極め食いの五月』も知っていて、事前に承諾を得ていない突然の訪問だったにもかかわらず、
「いやいや、よく来てくれた! しかし、あれは、おもしろかったなぁ! どこでみつけてきたんだい、あの兄ちゃん」
とまるで現役の仕掛け人のように目を輝かせていたのだった。
「あっ、そうだ」
用七翁は桐ダンスから写真を出してきた。なんでも翁といっしょに写っているのはトマス・ピンチョンだという。
なるほど確かにピンチョンは公の場に姿をみせたがらないわけだから、普段でもこうやって覆面をしている可能性はあるだろう。
しかし、いくら老人が、
「あれはちょうど、かれが『ヴァインランド』を執筆しているときだったかな、よくおれの城にお忍びで来ててねぇ」
とピンチョンとの長い交流を語ってくれても、そのピンチョンはどの角度から検討しても〝ジーピー蕨店〟の伝説のトレーナーを着ていたので、半分ぐらい信じながらもぼくは、
「これも、仕掛けの一種なのかな……」
と愛想笑いをしていたのである。
「バフチンをめぐって、ピンチョンと徹夜で論争したこともあったなぁ」
「そうなんですか――すごいな……」
論争といえば、ぼくは現在『反抗期』紙上等で、例のジャーナリストと激しく論争を繰り広げている。これはあの鶴田氏が、
「試食おじさんをいちばん最初に発見したのは自分である」
と『反抗期』に書いたのにたいし、ぼくが異議を唱えたことによって勃発したのである。
試食おじさんはジャーナリスト氏が主張している二〇〇八年以前のだいたい二〇〇六年のはじめくらいから界隈の〈コモディ・イイダ〉や〈いなげや〉などにひんぱんに出没するようになっている。
なのにあの鶴田氏ときたら、すでに試食おじさんの知名度が上がっていた二〇〇八年とかそんな遅くに試食おじさんを見出したくらいで、あんなに得意になっていやがるのだ。
「試食おじさんをいちばん最初に発見したのは、このおれだからね! あの野郎にいつか絶対電気アンマお見舞いしてやるぞ! ねえ、だからコツ教えてよね、原田くん」
「わ、わ、わかったよ、倉間さん――しかしなんでこんなことに、ここまでぶち切れてるのかねぇ……」
怒学の栗塚くんがかねてより構想していた守衛組織は、いよいよこの九月から本格的に活動を開始した。
ちなみにこの集団はマチコさまが集めているウルトラ怪獣から取って「ガラモン組」と名付けた。ぼくが付けたのである。ちなみにぼくはこのガラモン組の局長でもある。
栗塚くんに、
「倉間さんに局長になってもらったほうが、マコンドーナからの補助金も、引っぱりやすいんです」
とたのまれてしまったのだ。
それでも副長という栗塚くんの地位は、とくに現場においては局長よりむしろ権限があるともいえる。
「しかし、トシさん、うまくつくったもんだなぁ。これだったら、米も味噌も公的に要求できるもんなぁ」
「旅館に滞在中、かんがえたんですよ」
ジャーナリストとの論争が勃発したばかりのころ、この栗塚くんは、
「何人か隊の者を付けますか?」
とぼくのところにききに来た。しかしわたくし局長は、水戸光子ちゃんが『さわやか水戸光子ちゃん』というご自身の番組で、
「今度のマンションはときどき幽霊みたいなのが出て、わたし、怖いんです」
といっているのを観たばかりだったのである。
「よし、これで水戸光子ちゃんとお近づきになれる!」
と局長として武者震いしていたばかりだったのである。
だから栗塚くんの心遣いにも、
「ありがとう、トシさん。しかしガラモン組も、もっと有意義な仕事に人を配置したほうがいいだろうからね」
とだけこたえていた。
「ところでトシさん、京都での幽霊退治は、けっきょくどうなったんだい?」
「退治もなにもねぇや倉間さん。おれは五月からこないだまで、ずっとあの旅館に屯営していたが、一度だって幽霊なんか出ませんでしたよ」
「じゃあ、みんながいってるとおり、幽霊もトシさんに恐れをなして、やっぱりどこかに引っ越してしまったのかなぁ……」
「旅館の女将も、そんなようなこと、いってましたよ。霊能者みたいなのに頼んでも、どうにもならなかったが、わたしが部屋で寝起きするようになったとたん、額縁もガタガタいわなくなったって。こっちはただ、たいくつしてただけだ」
栗塚くんにたいへん感謝しているという京都旅館の女将にマチコさまを介して一筆書いてもらったぼくは、その紹介状のようなものをまず水戸光子ちゃんサイドにみせた。そして、
「ぜひとも、われわれに、その幽霊退治のお役目を……」
と水戸光子ちゃんとのお近づきを積極的にもとめたのである。
「ありがたいわ。ぜひ、お願いします」
話はすんなりまとまった。さっそく3DKという間取りだった水戸光子ちゃんのお部屋にお邪魔する。
「ああ、ここで、お食事されてるんですかぁ。では、つづいて、寝室とおパジャマのほうを――」
などとほとんどお宅拝見のような感じで下見していると、のっけから顔色のたいへん青白いお化けが布団からぬーっと起き上がってきた。
「わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」
おどろいて部屋を飛び出したぼくは、そのまま一直線に栗塚くんのおウチに逃げ込んだ。
「トトト、トシさーん、お、お、お、お化け、お化けが、ぬーって、ぬーってぇ」
「泣くんじゃねぇ、倉間さん。あんたは局長だ。局長のあんたが、そんなガクガクふるえてたら、隊士たちも動揺するじゃねぇか。おれが行って、退治してやるから。とにかく落ち着いてくれ」




