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その二十七
英光邸にお暇を告げる。あっ、ちょっとお待ちになって、とぼくを引き止めたお栄さんが、タッパーに入ったモロコの煮つけとスジコを、チラシやレジ袋などで何重にも包んでわざわざ持たせてくれた。
「こういうものは、早く冷蔵庫に入れたほうがいいな。夏だし」
ぼくは、まっすぐアパートに帰る。
玄関先でさおりさんにばったり会う。
「食べます?」
ぼくは包みごと全部わたした。さおりさんは主人がよろこびます、といっていた。故人は小魚の煮付けが好きだったようである。
軽バンを置きに行く。いつも実家のほうにクルマは駐めているのである。
つぐみさんがおもてに出てきた。
「メール送ったのよ」
「いまさっきまで、怖い人と会ってたから念のため切っておいたんです。電源入れるの、わすれてた」
なんでも母屋には、いまお客さんが大勢みえているという。
「親戚の人ですか?」
「まあ親戚といえば、親戚ね。薫くんだって倉間家の人間なんだから、顔出しなさい」
「わかりました」
襖をはずして長テーブルをつなげていた三間つづきの和室には親父や親父のほうのきょうだいらにまじって、つぐみさんの実のお姉さんの藤原カオリさんや、カオリさんのおムコさんの藤原富之さんや、愛子ちゃん一座に属している伊藤すみれクンや、すみれクンのお母さんなど、ほかにもよく知らない方々がずらりとならんでいた。
ぼくは上座にいる親父からできるだけ死角になる位置の、たぶんさっきまでちっちゃい子たちが食事していた丸い折り畳み式テーブルのまえにとりあえずすわる。
食べ残しのチーちくを楊枝でつまみながら、
「これはいったい、なんの集まりなんですか?」
と台所にさがるついでにそばに来た義姉にきいてみる。
つぐみさんは、
「すみれちゃんが、この家に居候することになったの」
とタタタターッと軍団で部屋に入ってきた小さい子どもたちをたしなめたのちに耳打ちしてきた。
「え!」
さらにくわしく事情をうかがってみる。
「そうなんですか」
なんでもカオリさんのムコの富之さんとすみれクンのお母さんとはイトコという間柄らしいのだ。
「だから富之義兄さんの母親、あそこにいる人ね、それからすみれちゃんのお母さん、ちや子さんていうんだけど、そのちや子さんの父親、ほら、お義父さんといましゃべってる人。あのふたりはきょうだいになるわけ。ちや子さんの父親は長男だから、いまも小早川家で威張ってるのね。薫くん、見てみなさい。お義父さんもどこか気をつかってるでしょ、ちや子さんのお父さんに」
「ああ、たしかに」
「富之さんの母親は国岡家に嫁いで三人子どもを生んで、長男はきょう来てないけど、次男の富之さんは押し出しとかもぜんぜん弱いから、わたしのお姉ちゃんの、藤原家のムコになるの。だから富之さんにとって、わたしは義理の妹で、倉間家に嫁いだわたしは、薫くんの義理の姉」
「そう、とてもやさしくてお美しいお義姉さま」
「ねえ、いまのわたしの説明で、わかる? ちゃんときいてた?」
「とにかく、血のつながりはまったくないけど、すみれクンとぼくとはまあ、遠い遠い、ほんとに遠い親戚になるわけでしょ。ん? ですよね?」
「うん、まあ、そうね」
すみれクンが事実上、実家を出ざるをえない状況にあるのは、ぼくもうすうす知っていた。
倉間家というのは、これまでに祖父のイトコの孫だとか母のほうの親類だとかをけっこう居候させている。
だからつぐみさんにも「これこれこういう事情の女の子がいるんだけど……」とぼくはちょっと相談していたのだ。
つぐみさんの義兄の富之さんとすみれクンの実母のちや子さんはイトコの関係にあるとなにかの機会でわかると、それならばということで、この話はとんとん拍子で決まったという。
親父のほうのきょうだいにつかまっていたすみれクンは、
「二十二歳じゃ、早いといえば早いけど、でも、わたしたちのころだったら逆に遅いくらいだし――」
と結婚のことなどを具体的に質問されていた。
例によってすみれクンは男をまだ知らないと公言している。
すみれクンはぼくに気づいた。まわりにお辞儀していったんその座からはなれる。
「お世話になります」
「まあ気楽にやってください」
しかしこちらは気楽にしてもいられなくなってきた。兄貴がそろそろ帰ってくるとの情報が台所サイドより矢のように飛んできていたのである。
親父と兄貴の二人がそろうと死角を確保するのは困難である。
それに親戚のおばちゃんたちの詰問もはぐらかさなければならない。
そんなわけでぼくは、ここにお越しいただいたすべての人に愛想よくあいさつしたのちに、
「まったく、仕事ばかりで、ゆっくり食事する時間もないなぁ、いそがしいなぁ、毎日仕事ばかりしてるなぁ、勤勉なこのぼくは勤勉なこのぼくは」
とアパートにもどることにした。




