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その二十六
山城さんは土建会社の寄宿舎に住んでいる。この会社は山城さんの実家が経営しているのである。
山城さんが子どものころからこの寄宿舎のいわゆる〝おばちゃん〟をやっている管理人さんに、
「こんにちは」
とまず声をかける。
管理人さんは、
「拓也さん、拓ちゃん、倉間さんがみえたよ。倉間さんだよ」
とすぐ二階に向かって独特のだみ声で叫んでくれた。
「そんな大声出さなくても、わかるよぉ」
山城さんはおばちゃんに不機嫌な顔を向けつつ階下におりてきた。
西角の山城さんの部屋は六畳と四畳半とあと二畳くらいのフローリングみたいな謎のスペースの三間である。
東側の押入れの奥行が中途半端なのと西側の壁がやけに新しいのをかんがみると、この部屋だけはおそらく山城さんのためにあとで改築したのだと思われる。
畳のうえに綿毛布だとかタオルケットだとかを隙間なく敷いている山城さんは、襖を取っ払った押入れの下の段に置いてある小さな冷蔵庫からノンアルコールビールを出すと、
「倉間さん、いいお知らせ。男の事務員さんはやっぱりT中学でした。だから、はい、昼間だけど、これならいいでしょ?」
とそのロング缶を手わたしてくる。
折りたたんでもすぐ元にもどってしまうそば屋にあるような座布団にすわった山城さんは、
「じゃあ、さっそく観ましょうか」
と録画された『突撃、となりのお食事』をリモコンで再生した。
玄米くんふんする小森のおばちゃまに突撃訪問された男の事務員さんは、
「こ、こ、こ、こも、こも、こもり、こもり、小森の、小森の、おば、おば、おばちゃま、おばちゃまはね――」
といいながら無許可で冷蔵庫などを物色しだしているおばちゃまに最初呆然となっていた。
おばちゃまが、
「こここ、こも、こも、こもり、こもり、小森の、小森のおばちゃまはね、とっても、エエエ、エビ、エビ、エビシューマイが、す、す、す、好きなの」
とそのお昼に男の事務員さんが食べていたコンビニ弁当のおかずをパクリとやると、男の事務員さんは、
「ああ、最後に食べようと思ってたのに!」
と玄米くんの後頭部を強めに叩く。
それで、その平手を受けて大げさに弁当に突っ伏していたおばちゃまは案の定、ご飯粒をごなるべくお顔につけるようにしながら起き上がると、画面下に梅干しの種も低空飛行で飛ばしていたわけだけれど、
「ほら、ここ!」
と山城さんが一時停止ボタンを押した画面にはたしかに色の若い畳がばっちり映し出されていて、ぼくの同意を得たのちにまた通常の再生にもどすと、やがて男の事務員さんは玄米くんに推奨されたマコンドーナ印の青汁を、われわれにこんな証拠をつかまれたのも知らずにゴクゴク飲んで、
「あっ、おいしい……」
と有能なモニターのようにつぶやいていた。
「じゃあ、われわれもゴクゴク飲みましょうか」
プシュッと開けた山城さんの缶からは泡がたくさんあふれ出てきた。
さっきだれかに買いにいかせたらしい山城さんは、
「マイケルの野郎、またいたずらしやがったな」
とあふれ出す泡をそれでもおちょぼ口で飲んでいる。
ぼくのほうの缶からも、おなじようにノンアルコールビールの泡がいっぱいあふれてきて、カーペット代わりにしているタオルケットにかなりこぼしてしまった。
「すいません、山城さん」
「ああ、いいですよ、そのタオルケットが吸収するから、放っておいても」
タオルケットを〈マツザカケイコ〉からご自由にいただいてきたポケットティシューでポンポンたたいているとき、ぼくはあることにハッと気づいた。
「今晩にでも英光ご老公のところに報告しに行っちゃいますか?」
「英光ご老公、犯人をどうするって、いってるんですか?」
なんでもご老公は犯人を打ち首にするとか、シベリアに百年流刑するとかと息巻いているという。
「打ち首……それじゃ、あまりにも男の事務員さんが、かわいそうじゃないですか!」
「まあ、打ち首っていうのはあれでしょうけど、でも、かなり怒ってますよ」
「うーん……じゃあ、そのあたりのことをご老公とよく話し合ってから、ホシをわたしましょうよ。ね?」
「でも、そんなこといったらご老公、『なにぃ!』って、消防隊騒ぎのときみたいに、竹の棒に燃えてる布団とかを引っかけて振り回してきますよぉ。わたしは嫌だなぁ」
「そのことはぼくがご老公に話をつけてきますよ。あやまるだけで、どうかゆるしてやってくださいってね。男の事務員さんにきちんとネクタイ締めさせて、あと土下座でもさせれば、あの怒りもなんとか収まるでしょ」
「だと、いいんですけどね……」
そんなわけで、英光邸に電話する。娘さんだかお孫さんだかが、
「では、お待ちしております」
とていねいに応対してくれた。
夕方の四時半という約束の時間ぴったりにぼくはご老公邸におもむく。
五十前後の変に艶っぽい婦人が出てきた。英光ご老公の部屋に入ると、ご老公はひじ掛け座椅子にひじをついて時代劇を観ていた。
「水戸黄門ですか?」
「うん。だけど、初代のやつじゃねぇけどな」
「はあ」
「おーい、お栄。倉間さんにビール出してやれ」
といいつけられていた艶っぽい婦人は、
「旦那さま、こちらの方、お車でいらしてるのよ。ほら、お困りになってるわ」
とご老公の白い胸毛を指でくるくるやっていた。
この所作からかんがみるに、おそらくこのお栄さんは、娘さんでもお孫さんでもないのだろう。
さて、時代劇が終わったのちに先の件をおそるおそるたのんでみる。
案の定ご老公は、
「だめじゃ! ワシの畑にあんなものを捨てやがった野郎は、極刑にしてやる!」
とその提案を突っぱねてきた。ぼくは男の事務員さんがあんな性格のわるい交際相手に甲斐甲斐しく尽くしていることなども訴えて再度お願いする。
「それでもだめじゃ! ワシは許さん!」
「だったら、ぼくもお栄さんに、いっちゃいますよ」
「なにをだ?」
「夏掛けを燃やしてたことですよ。ご老公、あの布団はたしか〈カズマサ・コウノ〉のやつですよね?」
「そうだ。ワシはあそこの寝具しか、使わん。値段は張るが、肌触りが最高だからな」
「でも、あのときは『チクチクするから燃してる』って、いってましたよ。おかしいですね」
「ん……」
「そういえば、あの夏掛けには染みが付いてましたね。うーん、若干黄色い染みだったなー。あれ? ビールをこぼしたのかな? それともウーロン茶でもこぼしたのかな?」
「くくく、倉間さん、まあまあ、ねえ……」
「好きな女には、いい格好をしたいもんですよねぇ。おしっこをもらしてしまったなんてお栄さんに知られたら、さぞかっこ悪いでしょうなー」
「倉間さん、ワシがまちがっていた。その野郎にだって、女があるんだもんな……よしっ、きちんと手をついてあやまれば、それでこのことは、許してやろう!」
「ご老公!」
「だが、そのかわり、ぜったいお栄には、ワシがおねしょしちゃったこと、いわないでくれよ。な、倉間さん」
「わかってますよ、ご老公。あれはあくまでも、ノンアルコールビールの泡があふれてしまってできた染みです。マイケルの野郎がいたずらしやがったんです」




