24
その二十四
川上さん行きつけの下着専門店で三枚ほどパンツを選んでもらったぼくは、
「よかったら、料理屋で一杯やりませんか」
ととうぜん誘っていた。
「ええ、よろこんで」
〈高はし〉におもむく。まずラガーの大瓶を頼み、そのあと燗酒を飲む。川上さんもおなじ順で飲んでいた。
お銚子を三本ほど空けてすこし目がとろんとなっていた川上さんに、
「ボタンダウンのワイシャツを着てた――」
と遠回しに男の事務員さんのことをたずねてみる。
「ああ、あの人もパンツのことで相談に来たみたいなんです」
なんでも男の事務員さんは、三ヶ月ほど交際している女性とそろそろナニしたいのだが、そのさいどんなパンツをはいたら良いか、という相談をしにきていたらしい。
「ウルトラの母みたいに髪を結っている子、早川さんていうんだけど、その子が今回もあの方に対応したんです。だけど、自分ひとりじゃ、好みが偏ってしまうからって、わたしたちにもアンケートをとってきて――」
「川上さんは男にどんなパンツをはいてもらいたいのですか?」
「わたし、男の人の下着には、それほどこだわりがないんですよ。だから、アンケート用紙には〈カズマサ・コウノ〉のスタンダードブリーフって、記入しました」
「あっ、〈カズマサ・コウノ〉のブリーフだったら、ぼくの祖父も愛用してましたよ」
「わたしの祖父も愛用してます」
〈カズマサ・コウノ〉の肌着は、かつては繁栄していた「モダン通り」の一等地に店をかまえている〈寝具の河埜〉でしか購入できない一種の高級品である。
「この心地よさを知ったら、もうほかの肌着なんか、つけられないよ」
と愛用者だったおじいちゃんも絶賛していた。そういえば、自分の農地で布団を派手に燃やしていた英光ご老公のその夏掛けも、たしか河埜の製品だったような気がする。
どこかでばったり会ったらしい、山城さんと三原さんが、
「ごめんください」
「ごめんなさい」
と襖越しに呼びかけてきた。合流である。
川上さんは民吾氏を見ると、さらにお目目をとろんとさせていた。一目惚れのようである。ちなみにわたくし倉間薫は、ピーク時には年間二百人くらいの異性に一目惚れしていたのである。
そんなわけで、ふたりのことはひとまず放っておいて、山城さんに「不法投棄の犯人=改善大学校の男の事務員さん説」をともかく話す。
「ふむふむ――それは、かなり可能性が高いですよね」
「でしょ!」
「わたしはタンスに入っていた雑誌に着目してたんですよ」
それによると、不法投棄の犯人は十中八九この地元のそれも四十三、四歳の男だという。
「タンスのいちばん下の引き出しに『凡庸パンチ』という雑誌が入ってましたよね、おぼえてますか? 倉間さん」
「ええ。二年間休養していた天地小巻ちゃんが、いきなりすごいポーズをとっちゃってるグラビアがあるやつでしょ」
「そうです。あれは、一九七九年に発売された雑誌ですから、仮に四十四歳の男のものだとすると、そいつは当時十二歳くらいということになってしまうんです」
「十二歳じゃ、まだあんな雑誌買う勇気ないよね」
「そうなんです。だからわたしも犯人はもっと歳をとっている奴かなとも思ったのですが、ゴレンジャーのシール方面からかんがえると、わたしよりいくつか上の四十四前後の奴がいちばんぴったりくるわけです」
「なるほど」
「さらにですよ、わたしは先日、凡庸パンチにしおりみたいにはさまれていた映画の半券も偶然みつけたんです」
「どういうページにしおりとして、はさまれていたんですか?」
「管野啓子という子がビキニになってるページでした。おそらく二十五歳は過ぎているでしょうから、まあ歳はいっちゃってます。でもそれは関係ないんですよぉ。話をもどしますね。とにかく半券がはさまれていたのです。それは竹谷真紀主演の『むちむち白書』と吹雪豪主演の『銀河ハニー2』という二本組のチケットでした。それが上映されていたのは八五年のはじめくらいですから、いま四十四くらいの奴は当時十七、八歳だったということになります。もし、もっと年齢が上だったら、物事の分別もある程度つくはずですから、こういう映画はまず観ないと思います」
「しかし四十四として、なんで、そんな古い雑誌を持ってたんですかね?」
「通学班の班長をつとめていた近所の先輩の兄貴にきいたんですけど、あの凡庸パンチは、この地元のT中学校出身の野郎たちが、つぎの世代、つぎの世代へと代々受け渡していった、当時たいへん貴重だったいわゆる〝エロ本〟らしいんです。ただし八五年前後になると、あの雑誌自体の価値は性に目覚めた子どもたちのあいだですらもだいぶ低下していて、捨てるわけにもいかないから、後輩へ後輩へと、おっつけていたようですね。現在四十四歳のその野郎は、たぶん、おっつける後輩がいなかったのでしょう」
「じゃあまず、男の事務員さんが、T中学出身かどうかを確認しますか?」
「それはわたしがやっておきますよ。ですから倉間さんは自分の推理のほう『男の事務員さんは交際相手を部屋に招くために大掃除したさい、見られたくはないが、しかしたいせつなあのタンスを、処分するのもあれだったので、ご老公の例の畑に衝動的につい置いてしまった』っていう説の裏付けを取ってきてください」
「わかりました」
「エロビを隠蔽しようとして、衝動的にいちばん目立つところに捨てちゃったこと、わたしもありますよ」
「男の事務員さんもきっとそんな感じだったんでしょうね――ねえ川上さん、その早川さんて子……」
われわれが話し込んでいるあいだにさらにお酒を飲んでいた川上さんは、いよいよ民吾氏に色目をつかっていた。
「いいことおしえてあげようか。わたし、真っ赤な口紅を引いて、テキパキ働く女みたいに振る舞ってるけどね、ホントはものすごく変態なの」
川上さんは民吾氏の耳たぶを甘噛みしていた。




