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その二十一
「まったく、しょうがない子だなぁ」
と苦笑しつつ男の事務員さんは向かいに腰掛けた。
「あっ、そのティーシャツは……」
「もらいもんですよ」
この日のぼくは「クロスフィーバーズ」のティーシャツを着ていたのである。クロスピンクのやつである。
ちなみにクロスピンクは、バトルフィーバーJの「ミス・アメリカ」にそっくりなのである。まあパクッたようなものである。
「うーん、バトルフィーバーJは観てないなぁ……わたしの世代だとやっぱりゴレンジャーになるんですよね――そういえばバーディーをつかって空を飛んでいるミドレンジャーのパジャマ、よく着てたな」
「好きだったんですか?」
「ええ。ゴレンジャーが放映されてたとき、わたしは小学一年生とか二年生とか、それくらいでしたからね、買ってもらってた雑誌の付録にゴレンジャーのシールがあると、ものすごくうれしかったのを、おぼえてますよ」
「ああ、ぼくも家の柱なんかに、バトルフィーバーのシールとか賀川雪絵ちゃんのシールとかを貼りまくってましたよ」
「うんうん。わたしも自分専用のタンスに、ペタペタ貼ってましたね。そのタンスのうえに乗って『バーディー!』って、ミドレンジャーのようにジャンプして、よく母親にしかられたなぁ」
男の事務員さんが「付録のシール」といった時点で、
「むむ、英光ご老公の畑に不法投棄されてあった子ども用タンスには、ゴレンジャーのシールが猛烈に貼られてあったな」
と思いだしていたぼくは、先のように自分のシール関連のエピソードをなにげなく披露して、相手の出方をまずはうかがった。
この作戦は成功したといえる。なぜならば男の事務員さんは〝自分専用のタンス〟と口を滑らせていたからである。それでも、
「じじじ自分、自分専用って、引き出しのところに、こんなクマの絵が入ってるやつですか? タンスの大きさはだいたいこれくらいでしょ? だからうえに乗ってバーディーもできたんでしょ? でしょでしょ?」
と目の色を変えてたずねると、迂闊な相手でもやはり警戒してくるだろう。ぼくは、その確認は取らないでいた。そのかわり、
「『サンバルカン』が放映されていたころは、ちょうど、消しゴムのカスをあつめてましてね。兄貴が消しカスを分けてくれたときには、なんて気前のいい兄貴なんだって、思いましたよ。あの当時、もし相続の交渉があったら、ぼくは消しカスという取り分だけで、あとは兄貴にぜんぶ譲ってたでしょうね」
とぼくは〝カマ〟をかける。
「おもしろいなぁ、倉間さんは。だけど、わたしもあつめてましたよ。消しカスも、それからこんなちっちゃくした鉛筆もね。友だちと競い合ってましてね」
またまた口を滑らせている。しめしめである。もう収穫じゅうぶんだと思ったぼくは、これ以上長居していると、
「倉間さん、なにが『しめしめ』なんですか? いっときますけど、この食券はあげませんよ。それにわたし、これから用があって出かけるんです」
とこちらのほうが逆に口を滑らすことにもなりかねないので、残りのお茶を飲み干したのちにこの食堂を、
「♪ ズンズン、チャーカ、ズンズン、チャッ」
と出ることにした。
ズンズンチャーカのリズムでもどっていると、
「あっ、いたいた」
とダイアンさんにうしろから呼び止められた。
香子ちゃんの肩を抱くようにしていたダイアンさんは講義を実質サボっていたこの臨時講師に注意をあたえるためにあちこちを捜していたのではなかった。
「香子ちゃん、胃が痛くなっちゃったから、早退することになったの。だから、送っていってほしいんだけど、いい?」
という用があったのだ。さらにくわしく事情をうかがう。
「ふむふむ――たしかに胃が痛いんじゃ、運転はちょっとあぶないね。ましてや急に激痛が走るっていうんじゃね」
そんなわけで、ぼくは香子ちゃんの軽自動車を運転してあげることにした。
「もう重複してる講義ないよね」
「うん」
「じゃあオレ、このまま帰るよ」
「わかりました」
軽自動車を運転しながら、
「胃、だいじょうぶかい」
とたずねると、香子ちゃんは、
「はい。さっきは『やさしい悪魔』の衣装を手わたされたので、急にキューッとなっちゃったんです」
とおなかを撫でながらこたえていた。
「その紙袋に入ってるのが、そうなのかい」
「ええ」
この教材(?)は、恥学の生徒のみがお出かけ着として着まくることを条件に私物にできるようだった。香子ちゃんの恥ずかしがりやさんを改善しようという熱意は相当強いみたいである。
さらにお話をきいていると、講師が夢想しているデビルポーズ以上に難易度の高いポーズのほうも挑戦してくれるとのことであった。
「偉い!」
「だって、今月から、倉間さんたちのアシスタントになったんだもん。もっと改善していかなくちゃ」
アシスタント問題は、いつだったか山城さんだか吉野さんだかがちょこっといっていたような気もする。まあいずれわかるだろう。
香子ちゃんちの駐車スペースに軽を駐めると、施設からすでに連絡を受けている香子ちゃんのお母さまがおもてに出てきた。
「わざわざすみません。ちょっとあがって、お茶でも飲んで休んでください」
「ああ、そうですか! じゃ、せっかくですから、いただきます。あははははははははははははははははははははははははは」
このように元気いっぱいにこたえていたのは、要は香子ちゃんのお母さまが秋田で遭遇したあの後家さんに匹敵するほど色が白くてつるつるのお肌だったからである。
もちろんそれだけではない。お母さまのお肌がいくら白くてつるつるでも、こちらのスケベ中枢に壮大なスケールではたらきかけてくるものがなかったら、これほどの素早い反応は示さない。つまりお母さまはものすごいスケールだったのである。大スペクタルだったのである。
応接間に通していただく。応接間のラックには『ノーパン美容法』という本があった。大スペクタルである。
しかしこれにたいしても素早く反応してしまうと、人格者としてのぼくの評判に傷がついてしまうおそれがある。だからその本への反応は、お母さまがキッチンにさがっているあいだにさりげなく素敵にパラパラやっている程度に抑えておいたのである。




