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その二十
今回の民吾氏は長期滞在のようである。氏はこちらに来たさいはいつも古書店の二階で寝起きしているので、その旨をお玉さんに告げにいった。
入れ替わるようにダイアンさんがたずねてくる。
「わあ、おもてはやっぱり暑い」
ダイアンさんはクルマで来ていた。日産モコである。
「どうでしたか、臨時講師は。順調かい?」
「うん。そのことで、きょうは来たの」
キャンディーズの振付をほとんど体得しているダイアンさんは今月から例の改善大学校で恥ずかしがりやさん学部の生徒にその振付を仕込んでいる。
だから恥学に所属している香子ちゃんも、ダイアンさんの指導を受けながら『春一番』のひじ鉄や『やさしい悪魔』のデビルポーズなんかをきっと連日決めているのだが、まあそれはともかくとして、なまけものさん学部で毛玉取りの手順を教えていたある講師が「ミイラ取りがミイラになる」といった感じで、いつのまにか生徒以上の怠け者になっていたことから今週のダイアンさんは怠学のほうの教壇にも立たなければならなくなっているのだそうで、
「講義が重複している時間だけでいいから、キャンディーズの振付を、どっちかの生徒に教えてほしいの」
つまりダイアンさんは、きょうの講義のお手伝いをぼくにもとめてきたのだった。
「いま、どこまで教えたの?」
「とくに、年代順に教えてるわけじゃないんだけど、きのうはとりあえず『アン・ドゥ・トロワ』を集中的にやったの」
「ああ『アン・ドゥ・トロワ』はね、右手を差し出すとき、肩から出すイメージでやるといいんだよ」
「こういうふうに?」
「うん、そうそう。こ、こうね」
「倉間さんのほうがわたしよりくわしいんだから、手伝って」
「じゃあ、手伝うか。そもそもマチコさまにダイアンさんのことを推薦したのは、おれだからな」
このところのマチコさまは、ファミスタの試合もほとんどおこなわないほど多忙な日々を過ごしている。
真っ赤なスーツをカチッと着たマチコさまがじきじきに接待しているIBCの会長というのは、幕臣たちが力説するにはなんでも健康ビジネスを牛耳っている超大物とわれわれマコンドーナグループとの橋渡しになってくれる重要な人物らしいのだ。
「IBCって、なんですか?」
「おお、ミスタークラマ、それは、インターナショナル・バーベキュー・コミッティー、の、こと、でーす」
某幕臣は英語がペラペラの人みたいな発音と身振りでいってきた。
「さまざまな方面にさまざまな人間がいる。接待の方法もさまざま。ディファレント・ストロークス・フォー・ディファレント・フォークス!」
完全に圧されていた。だから、
「じつに、じつにね。三十前後の松尾嘉代が好きな人もいる。四十前後の松尾嘉代が好きな人もいる。鰐淵晴子が好きな人もいる。五十手前の松尾嘉代が好きな人もいる。人さまざま。カネボウ・フォー・ビューテホー・ヒューマンライフ!」
とこちらの発音も負けずに披露して、威嚇しておいたのである。
「そんな幕臣さんもいるんですね」
「そうなんだ」
モコの助手席に乗って大学校まで行く。
さっそくぼくは怠学のほうの教室に入って行った。
ぜんたい的にグダグダしていた生徒のなかには数名ではあるが、
「ラン、泣かないでよ。わたしたちには、あしたがあるじゃない」
「そうよ、ラン。世界のキャンディーズになるまで、涙は禁物よ!」
「さあ、ラン。わらって」
「う、うん」
ともうキャンディーの症状がやや出てきている者もあった。いま振付を教えると、火に油を注ぐことになる。
そんなわけで、この時間は大事をとって、
「でも『♪ ズンズン、チャーカ、ズンズン、チャッ!』のリズムに昂揚して、外出とかしちゃだめだよ」
と注意したのちに自習時間とした。
教室を出ると、おこりんぼうさん学部の原田くんが講義をサボって廊下を大股で歩いていた。ぼくはかれを誘って食堂でお茶でも飲むことにする。
「栗塚さんは、まだ〈はしばや旅館〉にいるんだぜ。たいくつだろうなぁ」
怒学の栗塚くんはマチコさまの命で先の旅館に滞在している。
幽霊が出るといううわさで困っている旅館にである。
「このあいだ手紙が来たんだけどもね、幽霊なんて、ちっとも出てこないって、書いてあったよ」
「幽霊のほうもきっと栗塚くんの殺気に恐れをなして、どっか行っちゃったんだろ」
「道場の奴らもそういってますぜ」
原田くんは、栗塚さんが帰ってきたら、いよいよおれたちは守衛組織を立ち上げることになるんだ、と目を輝かせていた。
「あの偉いおばちゃんも、援助してくれるって、いってんだよ、倉間さん」
「シッ! おばちゃんなんて、禁句だぞ、マチコさまって呼ばなくちゃダメだよ、原田くん」
「あっ、これはいけねぇ」
栗塚くんが理想としているのは、かんたんにいえば幕末の新選組のような組織らしく、大幹部という地位を約束されている原田くんとは、
「そういえば、組の名前は倉間さんにつけてもらうって、栗塚さん、いってましたぜ」
という話もぽつぽつしているみたいだった。
「そういう新選組みたいなのをやるんなら、例のほら、水色のだんだらっていうのかい、近藤とか土方とか、みんな着てるあれ――おれはああいうの着てえなぁ」
羽織だったらかんたんである。和貴子さんが勤めている呉服店に注文すればいいのである。
ぼくは原田くんに、
「じゃあおれ、知ってる店あるから、マチコさまに提案して、あつらえてもらうよ」
といっておいた。命名のほうも了承する。
原田くんは男の事務員さんにみつかると、
「倉間さん、じゃあ、失礼するよ」
とどこかへ走り去って行った。




