密着三日目
昨日の大雨が一転、今日は雲一つない快晴だ。波も穏やか。我々に追い風が吹いているように感じる。だが、この天候がいつまで続くかはわからない。太陽が昇ったばかりの朝五時半に、隊員たちを乗せたクルーザーは港を発った。ジョーデッドが目撃された海域を目指す。
今日からは、レーダー隊員が操作する魚群探知機が頼りだ。これで海中にいるジョーデッドの位置を特定し、海面に餌を撒いて、うみんちゅ隊員の銛で攻撃できる距離までおびき出す。こういう作戦である。
この作戦に問題点があるとすれば、魚群探知機の精度だろう。魚群探知機は超音波を海中に発信し、魚にぶつかって跳ね返ってきた音波をキャッチして位置を特定するという仕組みだ。わかるのは魚の位置や大きさであり、その種類までは判別できない。超音波が届く範囲に巨大な魚がいたとしても、それがジョーデッドなのか、他の魚類なのかは海面におびき出すまでわからないというわけである。それでも、海中に潜って人間の目で探すよりはよっぽど効率的だ。なるべく広範囲を探知できるよう、河丘はクルーザーを走らせ続ける。
レーダー隊員の魚群探知機は、彼の手により従来のものより遠くまで超音波を届かせられるよう改造されている。けれど、与那国島近海すべてを一度に探知することは不可能。クルーザーを移動させながら超音波を発信し続け、徐々に探索範囲を広げていく、ローラー作戦になることは避けられない。長期戦になることも確実だ。
探索開始から七時間が経過。数回、魚群探知機が大きな魚影を捉えたが、どれも小魚の大群か、明らかにジョーデッドの体長には及ばない中型から大型の魚だった。不発が続く。
天気は相変わらずのかんかん照り。雨に降られるよりはマシだが、クルーザーの上は床暖房でもついているかのように暑い。隊員たちは各自、帽子を被ったり、こまめに水分補給をしたりと暑さ対策をしているが、額から流れ出る汗は止まりそうにない。太陽が沈むまで、まだまだこの暑さが続くだろう。さすがの河丘も、顔がわずかに赤くなっていた。
ジョーデッドとの戦い以前に、灼熱の太陽が強敵として立ちはだかる。しかし、河丘も含め隊員たちは誰一人として音を上げない。彼らの心は「ジョーデッドを捕らえる」という目標達成に向けて、太陽以上に熱く燃え盛っているのだ。この程度の日差しに負けようものか。
忍耐。それこそが、今の探検隊に求められる最も重要な力だ。魚群探知機がジョーデッドを捕捉するまで、ただ耐え続ける。互いに口を利くこともない。余計な体力を消耗するだけだ。エネルギーはすべて、いつか来るであろうジョーデッドの決戦のために取っておく。
そのときだった。
レーダー「隊長、クルーザーを止めてください。この真下に巨大な魚影を確認しました。相当デカいです。ジョーデッドかもしれません」
魚群探知機が、今までで最も大きな魚影を捉えた。レーダー隊員の言葉を聞いた河丘は、クルーザーのエンジンを切る。与那国島からおよそ二キロメートルほどの沖合。我々が想像していたよりも、ジョーデッドはかなり陸地に近い場所に潜んでいたようだ。灯台下暗しというやつである。
河丘「よし、うみんちゅ、わかめクン、この辺りに餌を撒け。レーダーは引き続き魚群探知機でその魚影を探知しろ。もし移動したらすぐに言え。追跡する」
ついに捕獲決行。ジョーデッドとの決戦が間近に迫る。うみんちゅ隊員とわかめクンは、バケツに入った魚のアラ、残り二つ分をクルーザーの周囲に撒き散らす。これで持参した餌はすべて使い切った。これが最初で最後の、ジョーデッドに接触するチャンスとなるだろう。
レーダー「魚影が上がってきます。餌に気づいたようです。海面まであと五十メートル……四十……三十……二十……十……来ます!」
河丘「うみんちゅ、備えろ!」
うみんちゅ隊員が銛を手にし、どこからジョーデッドが現れても攻撃できるようクルーザーのへりに沿って移動する。
そのときである。
クルーザーの左前方、十一時の方向で高い水飛沫が上がった。河丘、うみんちゅ隊員、わかめクンが船首へ移動し、へりから上半身を出す。海面に、魚の腹部と思しき白い体表が見えた。体を翻して海中に潜ろうとしているようである。微かに尻尾も見えた。鋭利に尖ったそれは、サメの尾ひれを連想させる。
我々が見たのは体の一部に過ぎないが、それだけでも今クルーザーの直下にいる魚がいかに巨大かがわかる。
河丘「ジョーデッドだ! うみんちゅ! 串刺しにしろ!」
わかめクン「串刺し!? 生け捕りにするんじゃ──」
河丘「黙れ!」
河丘はわかめクンの発言を遮りつつ一喝。どうやら生け捕りにするつもりは毛頭ないようである。河丘の剣幕に怯んだわかめクンを押しのけるうみんちゅ隊員。右手に持った銛を振り上げ、ジョーデッドがもう一度姿を見せるのを待つ。
うみんちゅ「必ず息の根を止めてやる……この銛の錆になりやがれ……ジョーデッド!」
うみんちゅ隊員がそうつぶやいた直後、船底から大きな衝撃が加わった。クルーザーが揺れる。強い地震のような、立っていられないほどの揺れだ。河丘とわかめクンは反射的にクルーザーのへりにある手すりを掴む。しかし、ジョーデッドを仕留めようと銛を構え、海面に向けて上半身を大きく出していたうみんちゅ隊員は、揺れに抗うことができなかった。頭から海に落下する。
河丘「うみんちゅ!」
海に落ちたうみんちゅ隊員の無事を確認するべく、河丘が海面を覗こうとする。だが、再びクルーザーが揺れた。ジョーデッドが繰り返し、船底に体当たりしているのだろう。五トンはあろうこのクルーザーを大きく揺らすパワー。我々が相手にしようとしているのは、まさに海の怪物である。
「うわぁぁぁ!」
絶叫が響く。声はクルーザーの外側、海のほうから聞こえた。うみんちゅ隊員のものだ。揺れが収まり、河丘はもう一度クルーザーのへりから顔を出す。海面にうみんちゅ隊員が仰向けで浮いていた。彼が絶叫していた理由は、すぐに判明する。右の肩から先がない。おそらく、ジョーデッドに食いちぎられたのだ。海面には魚のアラが広がっているためわかりにくいが、相当量の血が流れ出ていることだろう。このままでは、うみんちゅ隊員は失血死してしまう。
プロスイマー顔負けの華麗なフォームで海に飛び込む河丘。まだジョーデッドが近くにいるはずだが、そんなことはお構いなしだ。片腕を失ったうみんちゅ隊員は、自力でクルーザーの上に戻ることはできない。危険を冒してでも誰かが助けなければ、また犠牲者を出すことになってしまう。
レーダー隊員が、持ってきたロープはしごを海に垂らす。河丘はうみんちゅ隊員の左腕を自身の首の後ろに回して担ぎ、はしごに向かって泳ぐ。どこからジョーデッドが襲ってくるかわからない。このままでは格好の獲物である。
レーダー「隊長! 急いで!」
ジョーデッドが戻ってくる前に、はしごを掴んだ河丘。うみんちゅ隊員を引っ張り上げながら、はしごを一段、また一段と上る。四十代半ばの河丘だが、大人の男一人を持ち上げるほどの強い筋力は健在だ。
体を完全に海上に出した二人。これでジョーデッドに食いつかれる心配はない。歯を食いしばりながら、うみんちゅ隊員をクルーザーに上げる河丘。レーダー隊員とわかめクンが、うみんちゅ隊員を受け取った。河丘も急いでクルーザーの上に戻る。
河丘「うみんちゅ! おいしっかりしろ! うみんちゅ!」
先ほどまで絶叫していたうみんちゅ隊員だが、今は仰向けになったまま目をつむっている。河丘の呼びかけにも反応しない。胸は上下しているため生きてはいるが、意識を失っている。非常に危険な状況だ。欠損した右腕の傷口からは、ぶしゅぶしゅと音を立てて血が噴き出ている。
河丘「わかめ! 操縦室にある救急箱を持ってこい! 早く!」
怒声にも似た河丘の指示に、わかめクンは数秒遅れて「は、はい!」と応え、操縦室へ駆け込む。相当なショックを受け、すぐに体が動かなかったのだろう。無理もない。目の前で腕を失った仲間が、おびただしい量の血を流しているのだ。それでも、三十秒足らずで救急箱を持ってきたわかめクンは、パニック状態の中で充分な役割を果たしてくれたといえる。
河丘は応急手当ての方法も心得ている。救急箱の中に入っていたガーゼをあるだけ全部取り出し、うみんちゅ隊員の傷口に押し当てた。白いガーゼが一瞬にして赤く染まる。その上から包帯を、これもあるだけ全部巻いた。傷口から噴き出していた血が止まる。
河丘「とりあえずの処置だ。いつまでもこのままにはしておけない。すぐに与那国島に戻るぞ。うみんちゅを病院に運ぶ」
出血は止まっても、うみんちゅ隊員の意識は戻らないままだ。早急に病院で適切な治療を受けさせる必要がある。河丘はレーダー隊員とわかめクンに、うみんちゅ隊員の様子を見ておくよう指示し、クルーザーの操縦室へ。そして与那国島に向けてクルーザーを発進させた。
我々は思い知った。ジョーデッドはただの巨大なサメではない。クルーザーを揺らすほどのパワーを持ち、人を喰らう凶暴なサメだ、と。ジョーデッドがうみんちゅ隊員の腕だけを喰ったのは、我々に対しての警告だったのかもしれない。




