密着二日目(2)
海からホテルに戻った探検隊一行。ジョーデッドを罠にかける作戦は失敗に終わった。全員で河丘が泊まるスイートルームに集まり、新たな作戦を練る。
丸テーブルを囲んで椅子に座る河丘、うみんちゅ隊員、レーダー隊員、わかめクンの四人。河丘が隊員たちに紅茶を振る舞う。一見すると優雅な午後のひとときのようだ。しかしそれは見た目だけ。彼らの表情、そして会話は深刻そのもの。優雅という言葉の対極にある。
わかめクン「隊長……あの水死体、警察に通報したほうが良かったんじゃ」
河丘「どうしたわかめクン? 水死体? 何のことを言っているんだ?」
わかめクン「いや、さっき引き揚げちゃったじゃないですか」
河丘「だから何を言っているんだ? 水死体なんてなかっただろう。なあ? うみんちゅ? レーダー?」
うみんちゅ「はい。延縄にかかっていたのは小魚だけでした」
レーダー「確かにかかった魚の中には死んでいるものもいましたが、一般的な意味合いでいう水死体なんてものはありませんでしたね」
河丘「そうだよなあ。わかめクン、わかったか? 水死体なんてなかった」
わかめクン「いや、でも」
河丘「四人のうち三人が『なかった』と言っているんだ。お前が見たのは幻覚だよ。船酔いして幻覚を見たんだ。……それより、新しい作戦を考えよう。全員、ジョーデッドの捕獲だけに集中するんだ」
どんなハプニングが起きようと、前を見続ける。河丘の座右の銘だ。一つの作戦が失敗したところで、河丘はめげない。この強靭な精神力こそ、彼が隊長たる所以である。
昨夜、河丘は「隊員たちに『隊長の座を奪ってる』という野心を強めてもらうために、あえて自分との格差を作る」と言っていた。今、我々がいるこのスイートルームこそ隊長と隊員との格差の象徴だ。この部屋に入った瞬間、隊員たちはきっと不公平さを感じ、「隊長になりたい」と強く思っただろう。しかし、河丘の鋼のごとき精神を目の当たりにした今、「この人でなければ隊長は務まらない」と考え方を変えたはず。河丘あっての探検隊なのだ。
河丘に導かれるようにして、建設的な話し合いを始める一行。状況は悪いほうへと進んでいる。潜水ができるシュノーケル隊員は死に、撒き餌と延縄で持参した魚のアラは八割以上を消費してしまった。ジョーデッド捕獲のためにできることは制限されている。
議論は加熱していく。そんな中、河丘は探検隊として採るべき新たな作戦を決定した。
河丘「レーダーの魚群探知機を頼りにジョーデッドを探そう。目撃地点付近をクルーザーで航行しながら、魚群探知機で巨大な魚影を探す。見つけたらピンポイントで残りの餌を撒いて、海面までジョーデッドをおびき寄せるんだ。そして姿を見せたら、うみんちゅが銛で仕留める」
現在の我々のリソースでできるベストな作戦だろう。これ以外の手段を提案できる者はいまい。しかし、わかめクンが河丘の決定に不満をぶつける。
わかめクン「すみません、結局ジョーデッドちゃんは生け捕りにしないんですか? 殺しちゃうんですか? それはあんまりだと思うんですけど」
河丘「取り逃すくらいなら、仕留めてしまったほうが確実だ。もうこれ以上、失敗はできない」
わかめクン「けど隊長、昨日はジョーデッドちゃんを生け捕りにするって言っていましたよね?」
確かに昨日、ジョーデッドを串刺しにする作戦にわかめクンが難色を示した際、河丘は「串刺しは比喩であり、それくらいの気概で捕獲するということ」だと説明していた。話が違ってくる。
わかめクン「ジョーデッドちゃんを殺さずに済む方法が、まだあるんじゃないですか?」
河丘「では、どんな方法があるんだ? それを出すための話し合いだろう。お前の意見を聞こうじゃないか、わかめクン。サメの生態に詳しい海洋研究家なら、さぞや素晴らしい作戦を提案してくれるんだろうな」
わかめクン「それは……具体案はありません。でも」
河丘「だったら黙って俺に従え。それも嫌だというのなら……ジョーデッドをおびき寄せる餌は、魚のアラじゃなくてもいいんだぞ?」
そう告げると河丘は、腰に帯びていたサバイバルナイフを逆手に握って鞘から抜き、刃をテーブルに深く突き刺した。幅が広く切れ味抜群のナイフ。それを、河丘のブロックハムのごとき剛腕が振れば、わかめクンの華奢な体など容易に切断するだろう。代案を出さずに口出しする者には死という名の制裁を。これも、河丘の座右の銘の一つなのかもしれない。
このパフォーマンスを前に、さすがのわかめクンも黙り込んだ。わかめクンだけではない。うみんちゅ隊員もレーダー隊員も、テーブルに刺さったナイフを一点に見つめて黙る。緊張感が一層強まった。
ナイフを引き抜く河丘。その表情は、満面の笑みである。
河丘「なんてな。冗談だ。ジョーデッドジョーク! はっはっはっ! 俺にとって一番大切なのは、ミッションではなくお前たち隊員の命だよ。脅してすまなかったな、わかめクン。うみんちゅにはジョーデッドを殺さないよう、うまいこと手加減してもらう。昨日と変わらず、俺たちの目標はジョーデッドの生け捕りだ」
飴と鞭。個性の強い隊員たちをまとめ上げるには、その両方を使いこなさなければならない。これも、河丘だからこそできる熟練の人材マネジメント術だ。
河丘「お詫びと言ってはなんだが、延縄で釣れた魚を捌いてやろう。今晩は、南国の魚を使った『お刺身パーティー』といこうじゃないか」
河丘は立ち上がり、テーブルの下に置いていた釣り用のクーラーボックスを抱えた。中には小魚が大量に入っている。
河丘による、お魚解体ショーの始まりだ。見事なナイフ捌きで魚たちを三枚におろした後、一口サイズに刻んでいく。およそ一時間で、テーブルの上にきらきらと輝く刺身が並んだ。それなりの料亭で注文すれば、トータルで十万円は下らないであろう新鮮な魚の数々。それらをたらふく味わえる機会など、そうそうない。さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら。うみんちゅ隊員もレーダー隊員もわかめクンも、沖縄名産の泡盛を片手に豪華な海の幸をこれでもかと堪能する。河丘がサバイバルで身につけた料理スキルが、失敗続きで冷え切っていた探検隊のムードに温もりを与えた。




