密着二日目(1)
我々を乗せたクルーザーが、与那国島へと到着した。クルーザーを港に停泊させ、予約していたホテルへ向かう。今回のミッションはジャングルの奥深くと違い、すぐに人が住むエリアへ戻ることができ、雨風を凌げる部屋でふかふかのベッドに入りながら眠りにつける。獰猛な生物に怯えながら夜を明かす必要がない。至れり尽くせりな探検だ。
うみんちゅ隊員、レーダー隊員、わかめクンは三人で一つの部屋に宿泊する。ベッドが並べられた狭い寝室に、風呂とトイレが備え付けられただけのタコ部屋だ。のびのびと過ごせるわけではない。それでも、肉食獣や毒虫に囲まれる環境よりは何百倍もマシだろう。
河丘はというと、最上階にあるスイートルームに宿泊する。大きなダブルベッドが置かれた、応接間つきの広い部屋を一人で占有するのだ。バスローブを着て葉巻を吸いながら窓辺に立ち、太陽が沈みゆく海を眺める彼の姿は、さながらこの世のすべてを手に入れた大富豪。他の隊員たちと待遇差があるように思えてならない。反感を買いそうだが、河丘は「あえてやっている」のだと言う。
河丘「俺と隊員たちとの間に、あえて格差を作るんだ。この格差が、隊員たちの野心を強める。『自分が手柄を挙げて、隊長の座を奪ってやる』と。それくらい本気で探検に挑む精神を隊員たち全員が持つことができれば、未知の生物をも見つけ出す力になる。そういうことだ」
長年の探検で培った、河丘なりの理論があるのだろう。それは、素人には理解できないものなのかもしれない。
隊員それぞれがベッドの上で、心と体を休める。ジョーデッド捕獲と無関係な事柄で亡くなったシュノーケル隊員。彼は今ごろ、三途の川を渡りながら「まだまだミッションを続けたかった」と、悔しがっているはずだ。その悔しさは、生きている隊員たちが引き継がなければならない。明日こそジョーデッドを捕獲し、シュノーケル隊員の無念を晴らす。そう胸に誓い、全員が就寝した。
翌朝六時、ホテルのロビーに集合した河丘と隊員たち。一人を除き、皆よく眠れたようで顔色が良い。わかめクンだけは、顔が腫れ上がっていた。右目を覆うほどまぶたが大きく膨れ、左右の頬もハムスターのように盛り上がっている。
河丘「わかめクン、どうしたその顔は? 何かあったのか?」
気遣う河丘。わかめクンは「大丈夫です〜! 気にしないでくださ〜い!」と、昨日と同じようにテンションの高い口調で応えた。
わかめクン「ちょっと転んじゃっただけです〜!」
河丘「本当か? スズメバチに刺されたとかじゃないのか?」
わかめクン「違いますよ〜! 本当に、ただ転んだだけで〜!」
いくら尋ねても「転んだだけ」と言うわかめクンに、河丘はそれ以上の詮索をやめた。河丘の背後、うみんちゅ隊員とレーダー隊員は何も言わず、にやつきながら二人のやりとりを見ていた。
この日の天気は大雨。風も強く、海は荒れている。しかし、河丘寛探検隊の辞書に「雨天中止」という言葉はない。全員カッパを着て、クルーザーに乗り込んだ。昨日とは一転、クルーザーは海上で大きく揺れる。まるでトランポリンの上に乗っているかのようだ。
与那国島の港を出発して十五分足らずで、レーダー隊員がひどい船酔いに襲われ始めた。普段の彼は、デスクワークをしている会社員。大荒れの海には慣れていない。クルーザーのへりから海面に顔を向け、嘔吐し続ける。今日のレーダー隊員は使い物にならないだろう。
河丘「レーダー、お前は休んでろ。うみんちゅ、わかめクン、協力してくれ。今日は『あの作戦』をやる」
河丘はジョーデッド捕獲のための作戦をしっかりと練っていた。それは「延縄」を使った捕獲作戦。延縄とは、いくつもの釣り針がついた太い縄である。これを海に沈めたまま放置し、獲物が食いつくのを待つ。「延縄漁」と呼ばれる、日本の伝統的な漁獲方法だ。
河丘「これを使えば海に入る必要はない。クルーザーの上にいながら安全にジョーデッドを捕まえられるだろう」
延縄の釣り針に、持参した餌を取り付けていく、うみんちゅ隊員とわかめクン。針の数は五百本以上。忍耐力が必要となる地道な作業だ。漁師であるうみんちゅ隊員は作業に慣れていたが、完了する頃には昼過ぎになっていた。
河丘がクルーザーを操縦して航行させる傍ら、うみんちゅ隊員とわかめクンが船尾から延縄を海に投げ込んでいく。数百メートルに及ぶ縄、そのすべてが海に沈んだ。このまま数時間待った後、専用の巻き上げ機を使って一気に引き揚げるのだ。
河丘「よし、夕方まで待機するぞ」
延縄はクルーザーとつながっているため、陸地に戻ることはできない。つまり我々は、大きく揺れるクルーザーの上で縄を引き揚げるときを待たなければならないということだ。乱れる平衡感覚。わかめクンのハイテンションもなりを潜める。強いめまいを感じているのだろう。レーダー隊員は相変わらずグロッキー。平然としているのは、百戦錬磨の河丘と、漁師のうみんちゅ隊員だけだ。
雨も弱まる気配がない。カッパを着ていても下着がぐしょぐしょに濡れる。心身ともに不快感でいっぱいだ。それでも待ち続けなければ、ジョーデッドを拝むことはできない。
午後四時、河丘がうみんちゅ隊員に延縄を引き揚げるよう指示する。ついにそのときがやって来た。うみんちゅ隊員が巻き上げ機のスイッチを入れる。機械が回転し、海中に沈んでいた延縄を巻き取っていく。約五百本の釣り針、そのいずれかにジョーデッドはかかっているのだろうか。
釣り針が一本ずつ海面から現れる。しかし、餌だけを奪われた針と、小魚がかかっている針だけだ。延縄の半分以上を引き揚げても、我々が期待していた釣果はない。
もうすぐ延縄をすべて巻き上げてしまう。やはりかかっているのは小魚ばかりだ。作戦は失敗かと、落胆する河丘と隊員たち。
そのときである。
小魚とは明らかに違う、一際大きな影が水面に見えた。大きな何かが釣り針にかかっている。
河丘「何かいるぞ! デカい何かが!」
緊張感を帯びた河丘の声が響く。うみんちゅ隊員、わかめクン、そしてひどい船酔いに見舞われていたレーダー隊員もが、河丘が指差した海面に注目した。あの影はジョーデッドなのだろうか。
延縄をすべて巻き上げ、大きな影の主が海上に姿を見せた。人間だ。それは、シラスのように真っ白な肌をした裸の人間だったのである。動きはない。全身の皮膚がぶよぶよに膨れていて、肉塊の上から雑に人間の皮を被せたかのようだ。股間のあたりを見るに男性だと思われるが、年齢は判別できない。それくらい体が変形していて、筋肉が腐りかけている。魚か鳥に食われたのだろう、脇腹や胸には血肉がえぐられている部分も見える。
河丘「これは……水死体じゃないか。カメラを止めろ。こんなの映しちゃダメだ」
河丘の言うとおりである。溺死して数日は経過しているであろう水死体など、視聴者にお届けできるわけがない。レーダー隊員が海に向けて胃液を吐く。それは船酔いゆえか、水死体を見たショックゆえか。この水死体を見た視聴者諸君がレーダー隊員と同じリアクションをすることは想像に難くない。
わかめクン「あの……河丘隊長……ど、どうしましょう……?」
河丘「釣り針を外して海に戻すぞ。俺たちは何も見なかった。いいな?」
水死体の首に絡まった釣り針を、うみんちゅ隊員がしかめ面をしながらハサミで切る。水死体は音を立てて海面に落ちた。海を知り尽くすうみんちゅ隊員も、「どざえもんを釣り上げたのは初めてです」と口にした。
すぐに河丘がクルーザーを発進させ、その場を去る。水死体はクルーザーのエンジンが作る白い波に押され、沖の方へと流されていった。




