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密着一日目(2)

 快晴の空の下、クルーザーが風と波を切る。今回のミッションは与那国島(よなぐにじま)近海という観光エリアでの探検であるため、過酷な環境や危険生物に(はば)まれることなくスムーズに進む公算(こうさん)が大きい。世界各地の「魔境」を踏破してきた河丘(かわおか)にとって、達成難度は低いだろう。


 しかし、探検の道中は安全に越したことはない。目的であるジョーデッドの捕獲までに隊員の中から脱落者が出てしまえば、それはミッション失敗を意味する。前回、プテラノドンを捕獲するためアマゾンに挑んだ河丘寛(かわおかひろし)探検隊は、その道すがら隊員全員を失うことになってしまった。結果、プテラノドンの捕獲にも失敗。何の成果も得られず帰国することになった。


 同じ(てつ)は踏まない。河丘の座右の銘だ。たとえ、比較的安全な場所での探検であっても油断することなく、隊員たちの無事を第一に考えている。


河丘「ここは俺たちにとって馴染み深い日本の海だ。しかし、日本だからといって百パーセント安全という保証はない。全員、身の危険を感じたらすぐに命を守るための行動をしろ。もちろん俺も注意する。その上で、ジョーデッドを捕獲するからな」


 隊員たちに向けて河丘の、厳しさと優しさと心強さを兼ね備えた(げき)が飛ぶ。隊員たち全員の顔が、わずかに(ほころ)んだ。これは「油断」ではない。隊長の威厳、そして風格に、心の底から「頼もしさ」を感じたがゆえに出た微笑(ほほえ)みなのだ。「河丘隊長の指示に従い、彼についていけば、全員無事でジョーデッドを捕獲できる」。隊員たちにそう確信させる一言だったのである。




 石垣島(いしがきじま)を出発してからおよそ一時間。早速、河丘の警告が的中してしまう。クルーザーの船首(せんしゅ)が向く海面が不自然に輝いているのだ。数百メートル先まで薄い桃色と水色の光が埋め尽くす。単に太陽光が海面に反射しているわけではない。


河丘「あれは何だ?」


 河丘が口にした疑問に、即座に回答を示したのは、我々が誇る頭脳(ブレーン)・わかめクンだった。


わかめクン「にょにょにょ〜! あれはカツオノエボシちゃんの大群ですね〜!」

河丘「カツオノエボシだと!?」


 カツオノエボシ。触手の先端にある毒針で刺されると、まるで電気が流れたような痛みと(しび)れが体を走ることから「電気クラゲ」とも呼ばれている。しかし厳密にはクラゲではなく、ヒドロ虫という生物が複数集まって構成された個体のように見える群体だ。カツオノエボシの毒による痛みと痺れは数日間続く。また二回以上刺されると、アナフィラキシーショックを起こし死亡してしまう可能性もある。沖縄を含めた日本近海に広く生息する、我々にとって非常に身近かつ危険な生物なのだ。


わかめクン「皆さん、絶対に触っちゃダメですよ〜! 本当に危ないですからね〜! でも船の上にいれば大丈夫です〜! もしこの先、海に入ることがあれば、カツオノエボシちゃんが近くにいないか必ず確認してくださ〜い! にょにょにょ〜!」

河丘「さすがの知識、そして判断力だ、わかめクン。念のため、迂回(うかい)しよう」


 ハンドルを右に回し、クルーザーの進行方向を変える河丘。わかめクンのおかげで、死のリスクを(はら)むカツオノエボシの大群に突っ込まずに済んだ。カツオノエボシに泳ぐ力はなく、海面を浮いているだけだ。それゆえ、我々のクルーザーを追いかけてくる心配はない。


 いかに危険な生物でも、そのリスクを事前に把握して近寄らないようにすれば恐れるに足らず。知識こそ、安全に探検をするために最も必要な「力」となるのだ。


わかめクン「にょにょにょ〜! 海の生物のことなら、何でも僕にお任せくださ〜い!」

河丘「頼もしいな。だが、その喋り方は何とかならないのか? 少し(わずら)わしいんだが。あれか? さ●かなクンの真似事か? さ●かなクンはこの世界に一人で充分だ」

わかめクン「違いますよ〜! 僕、小さい頃からこういう喋り方なんです〜! にょにょにょ〜!」

河丘「そうか。もし変なキャラ付けをして人気者になろうなどと考えているのなら、やめてくれ。緊張感のない者がいると、他の隊員たちの士気が下がるのでな」

わかめクン「すみませ〜ん! でもずっとこの喋り方で生きてきたので、今さら変えられませ〜ん! にょにょにょ〜! 慣れてくださ〜い!」


 未知のサメと出会える可能性を感じ、海洋生物好きの血が騒ぐのだろうか。クリスマスイブ当日の子どものように上機嫌なわかめクン。場違いな彼のハイテンションに押され気味な河丘だが、両手で頬を二回叩いて切り替える。他の隊員たちも同じように頬を叩いたり、「はっ」と大声を出したりした。そうしなければ、わかめクンのペースに調子を乱されてしまいそうなのであろう。




 第一の関門というべきカツオノエボシの大群を切り抜けた探検隊一行。だが、ミッションは始まったばかりだ。不死のゾンビザメ・ジョーデッドを見つけ捕獲するまでに超えなければならない関門は、まだまだ多いに違いない。


河丘「ジョーデッドについてわかっていることを、今のうちに全員で共有しておこう。相手のほうから姿を見せて、突発的に対応しなければならないケースも考えられるからな。わかめクン、頼めるか?」


 河丘はわかめクンに、専門家の視点で分析したジョーデッドの生態について説明を促す。我々がジョーデッドに関して知っていることのほとんどは、匿名のインターネットユーザーによる投稿が情報源だ。素人の憶測も多分(たぶん)に含まれているだろう。不確かな情報をもとに行動すれば、踊り狂うだけだ。やはり、海洋生物を研究し続けてきたわかめクンの見解を事前に聞き、より確かな情報をもとにした行動・対策をとりたいところである。


 河丘の指示を受けたわかめクンは、「にょにょにょ〜! お任せくださ〜い!」と語り出す。専門家によるサメ講義の開始だ。


わかめクン「ジョーデッドちゃんはその外見からして、ホホジロザメちゃんの仲間であるネズミザメ科だと思われます〜! ネズミザメ科のサメはどれも大型で肉食、そして泳ぐスピードが速いという共通点がありま〜す! ジョーデッドちゃんも体が大きくて、かなり速いスピードで泳いでましたね〜!」

河丘「あの動画のコメントには、『ニシオンデンザメのように成長し続けるサメ』というものがあったが、ニシオンデンザメもネズミザメ科なのか?」

わかめクン「違いますね〜! ニシオンデンザメちゃんはオンデンザメ科です〜! それにニシオンデンザメちゃんは深海魚なので、水面まで浮上することはないんですね〜! 泳ぐスピードは一・二キロくらいで、フェリーと並走することもできませ〜ん! そもそも与那国島近海には生息していないので、ジョーデッドちゃんはニシオンデンザメちゃんではないと、僕は考えています〜!」

河丘「なるほどな。ジョーデッドはホホジロザメの仲間。だが体長は十メートル超え……そう考えると、メガロドンの可能性もあるように思えるな」


 河丘が口にしたメガロドン。史上最大級とされる、ホホジロザメに近い種類のサメのことだ。しかし、現在確認されているのは、その歯の化石のみ。歯だけでもあまりに巨大なため、メガロドンの全長は十五から二十メートルほどだったと推測されているが、誰も生きている姿を見たことがない。


 わかめクンは、河丘が言った「ジョーデッド=メガロドン」という説を否定する。


わかめクン「メガロドンちゃんは絶滅しています〜! もしジョーデッドちゃんがメガロドンちゃんだったとしても、だいぶ小さいんですよね〜! もっと大きければ、メガロドンちゃんの生き残りである可能性はあったかもしれませんが〜! にょにょにょ〜!」

河丘「でも、わからないぞ。小ぶりなメガロドンの生き残りがいて、そいつが姿を現したのかもしれない」

わかめクン「その可能性は、限りなくゼロに近いですね〜!」

河丘「そうも言い切れないだろう。海には探索できていないエリアがたくさんあるんだ。小さいメガロドンがいてもおかしくない」

わかめクン「いいえ! メガロドンちゃんはもういないんですね〜! にょにょにょ〜!」

河丘「……何というか、お前にはロマンがないな。そんなんじゃ、生きててつまらないだろ? 俺たちと比べて自分の人生があまりにも退屈だからって、突然海に身投げしたりしないでくれよ」

わかめクン「しませんよ〜! 僕はこれでも研究家ですからね〜! 理論に基づいて物事を考えるんです〜!」


 未知の生物にロマンを見出そうとしている河丘寛探検隊と、データや理論から導き出された情報を何よりも信じるわかめクン。双方の考え方は相反しているように思える。河丘以外の隊員たちも、海だけに水が合っていないと感じているのだろう。わかめクンの話を黙って聞きながらも、その視線はどこか敵対心を(はら)んでいるように見えた。


 わかめクンも探検隊の一員だ。しかし、他の隊員たちとの間にマリアナ海溝並みに深い溝が生まれそうな気配が(ただよ)い始めている。

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