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密着一日目(1)

 二〇二六年三月某日、石垣島(いしがきじま)から与那国島(よなぐにじま)を目指して航行していたフェリーの乗客が、衝撃的な映像を撮影した。船と並走するように、海の中を巨大なサメが泳いでいるのである。水面に背びれと尾ひれの先端を突き出しながら泳ぐ様子はホホジロザメを連想させるが、この映像のサメはホホジロザメの最大サイズとされる約六メートルをゆうに超えている。映像から判断するに、全長十メートル以上。十メートルを超えるサメといえばジンベエザメとウバザメが有名だが、体の特徴からしてそのどちらにも当てはまらない。


 サメは二十秒ほど泳いだ後、体を(ひるがえ)してより深い水中へと姿を消してしまった。この映像はYouTubeに投稿され、二〇二六年四月までに二百万回以上再生されている。コメント欄は、このサメの正体を考察するユーザーの投稿でいっぱいだ。その中で、以下のコメントに最も多く高評価が集まっている。



“ニシオンデンザメっていう400年以上生きるサメがいて、1年で1センチずつとスローペースだけど、死ぬまでデカくなるんだとか。そういうのもいるから、このサメは1000年くらい生きてて、成長しまくったんじゃねーかな?”



 確かに、ニシオンデンザメは生涯成長し続けるサメとして知られている。この映像のサメは、超高齢のニシオンデンザメという可能性もあるだろう。しかし、断定はできない。なぜなら、十メートルを超えるサイズのニシオンデンザメが発見された事例がこれまでにないからだ。


 このサメは、生物の常識を凌駕(りょうが)する長い時間をかけて巨大化したのか。だとしたら、未だ発見されていない新種のサメを偶然カメラが捉えてしまったのかもしれない。


 一部のユーザーは「生成AIで作ったフェイク動画ではないか」と疑っているが、真偽は不明。動画が本物だと信じるユーザーたちは、この得体の知れないサメのことを、不死のゾンビザメ『ジョーデッド』と呼んでいる。




 インターネットを中心に、多くの人々の関心が寄せられるジョーデッド。その正体は何なのかを突き止めるために、一人の探検家が立ち上がった。


 河丘寛(かわおかひろし)、四十六歳。トレードマークである深緑色のベレー帽を被り、迷彩柄のツナギに身を包んでいる。右腰には(さや)に収められたサバイバルナイフ。冒険のとき、彼は決まってこの(よそお)いだ。河丘(いわ)く、「この格好でないと気合が入らない」のだそう。差し詰め、戦国武将にとっての鎧兜(よろいかぶと)太刀(たち)だ。


 河丘は、自腹でレンタルした中型クルーザーを自ら操縦。石垣島を出発し、ジョーデッドが撮影された与那国島近海を目指す。この日のために河丘は、一級船舶免許まで取得した。まさに「気合」充分。本気でジョーデッドの正体を特定しようとしているのだ。


河丘「ジョーデッドが何なのか、ただ確かめるだけじゃない。もし本当に新種のサメならば、捕獲するつもりだ」


 謎多きジョーデッドを捕まえることで白日の(もと)にさらすという河丘。そのための道具もクルーザーに積んできた。道具だけではない。巨大ザメの捕獲に必要な技能を持つ人材も集め、探検隊を組織。河丘が選りすぐった精鋭が四人、クルーザーに同乗している。どのような隊員たちなのか、河丘に紹介してもらおう。


河丘「全員苗字が『ワタナベ』で、しかも下の名前も『ヨシハル』で被っていてな。誰を呼んでいるのかわからなくなるから、一人を除いて俺がオリジナルのあだ名をつけた。これからはそのあだ名で呼ぶ。まずは『シュノーケル』。プロの潜水士だ。水の中で活動するなら、この男の右に出る者はいない」


 シュノーケル隊員、三十一歳。ジョーデッドを探すため海に潜る必要性が生まれることは確実である。そのときのために河丘がスカウトした、若くしてキャリア十三年を超える熟練の潜水士だ。すでに灰色のウェットスーツを着ていて、いつでも潜れるよう備えている。


 河丘にもダイビングをした経験はあるが、プロではない。蛇の道は蛇、海の中は潜水士。常人が不慣れな環境で活動したところで、大した成果は得られないだろう。素直にその道のプロに任せるのが正解なのだ。自分が不得意な分野にはしゃしゃり出ず、隊員に任せる。これは河丘のポリシーの一つ。このように考え、隊員を信頼できるのは、河丘の器の大きさゆえだろう。


河丘「次は『うみんちゅ』。沖縄で漁師をやっている、魚を捕獲するエキスパートだ。ジョーデッドを捕まえるために用意した道具の使い方にも慣れている。うみんちゅは、ジョーデッド捕獲の(かなめ)になるだろう」


 うみんちゅ隊員、二十六歳。水色の防水用作業服を着た男。現役の漁師で、沖縄周辺の海は彼の庭、(いな)、庭にあるプール同然だ。さらに、うみんちゅ隊員は毎年夏になると、沖縄近海に現れる凶暴なイタチザメの駆除もやっている。サメの捕獲・駆除、両方に精通している隊員なのだ。


 もしジョーデッドがイタチザメやホホジロザメのように人間を襲うことがある場合、文字通り命を賭けた戦いになるだろう。そうなれば、サメの弱点を知り尽くした「戦士」も必要になる。河丘自身、ジョーデッドと戦う覚悟をして今回のミッションに(のぞ)んでいるが、やはり彼はサメと戦うプロではない。むやみに戦いを挑んだところで敗北は濃厚だ。そこで、より勝率を高めるために、幾多のサメと戦闘を繰り広げてきたうみんちゅ隊員の力を借りることにしたのである。


 死のリスクがある探検ならば、自身を含め隊員たちが命を落とさないための最善策をしっかりと用意する。河丘は探検隊の無事を最優先に考えているのだ。


河丘「そしてこいつは『レーダー』。海中にいる魚の位置を特定する魚群探知機の扱いに()けている。この広い海のどこかに生息するジョーデッドを目視で探すことは不可能だ。探知機がなければ話にならない。俺たちとジョーデッドを引き合わせること。それがレーダーの役割だ」


 レーダー隊員、三十六歳。魚群探知機メーカーで製品開発をしているエンジニアだ。黒縁の眼鏡をかけた男で、クルーザーを操縦する河丘の左隣で片膝(かたひざ)をつき、複数の機器をいじっている。自らが製作した魚群探知機を使い、ジョーデッドの位置を特定する準備をしているのだ。


 もし彼が作った探知機でジョーデッドを見つけたとあれば、一躍有名になり飛ぶように売れるだろう。レーダー隊員が探検隊に加わったことには、そんな下心もあったはず。しかし利害が一致しているのならば、河丘は誰でも隊員としてスカウトする。このような度量も持ち合わせているからこそ、寄せ集めの隊員たちを一つのチームとしてまとめ上げられるのだ。


河丘「最後に『わかめクン』。こいつは俺があだ名をつけたわけじゃない。偶然にも彼の本名もワタナベヨシハルだったが、『わかめクン』というアカウント名で、SNSで海の生物に関する豆知識を発信していた。巨大なサメを見つけても、それがジョーデッドかどうか判別するには専門的な知識が()るだろう。そのための頭脳(ブレーン)として探検隊に加わってもらった。本当はさ●なクンにオファーを出すつもりだったが、いろいろと事情があって無理だった」


 わかめクン、四十二歳。「海洋研究家」を自称する男。Xで海洋生物の解説をしたり、YouTubeで海でのフィールドワークをした動画を公開したりしている。SNSの総フォロワー数は約三百人。彼の収入源が何なのかはジョーデッド以上に未知だが、河丘はその知識の豊富さに目をつけてミッション参加を呼びかけた。探検に必要な技能を持つ者ならば、素性がはっきりしなくても隊に加入させる。ここにも、河丘の(ふところ)の深さが表れていると言っていい。


 河丘、シュノーケル隊員、うみんちゅ隊員、レーダー隊員、わかめクン。この五人で、ジョーデッド捕獲ミッションに挑む。

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