並ぶ
翌日。
私はいつもより少しだけ早く登校していた。
理由は単純だ。
放課後に宮くんと出かける約束をしているから。
だからという訳ではないが、なんとなく落ち着かない。
昇降口で靴を履き替え、教室へ向かう。
すると教室には既に数人の生徒が集まっていた。
昨日よりも空気が柔らかい。
連絡先交換も終わり、少しずつ会話が増えているらしい。
そんな中。
教室前方のモニターに、見慣れない表示が出ていることに気づいた。
【一年生オリエンテーション】
【首席クラス制度について】
(あ。)
そういえば昨日、担任が言っていた。
今日以降、学年全体で説明があると。
私は席に座りながら表示を眺める。
すると後ろから声がした。
「おはよー」
振り返る。
白髪。
白い手袋。
眠そうな顔。
片山宮だった。
「おはよう!」
「朝から真面目だねー」
「宮くんが遅いだけだと思う」
「反論できない」
そう言いながら隣に座る。
昨日電話したばかりなのに、不思議と普通だった。
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やがてホームルームが始まる。
棚島先生は教室へ入るなり言った。
「今日は学年オリエンテーションを行う」
一瞬で教室が静かになる。
「お前達も知っていると思うが、この学園には首席クラス制度が存在する」
モニターが切り替わる。
一年生の間は全員同条件。
だが二年生進級時。
成績、課外活動、教師評価。
その全てを総合してクラス分けが行われる。
そして最上位クラス。
通称首席クラス。
そのクラスに所属し、他クラスよりも優秀な成績を収め、入れ替わりを阻止し続けることが生徒会長の最低条件となる。
「また今年は少々事情が違う」
先生が言う。
「今年の新入生には推薦入学者が四名いる」
教室中の視線が集まる。
私もその内の一人だからだろう。
「さらに」
先生は一拍置く。
「特待生がいる」
空気が変わった。
特待生。
学園創設以来、たった二人しか認められていない存在。
先生はモニターを切り替える。
そこに表示されたのは一枚の写真だった。
生徒会長章を胸につけた男子生徒。
黒髪。
穏やかな笑顔。
私は息を止める。
知っている。
当然だ。
忘れるはずがない。
星原夏希。
教室がざわつく。
「え、星原って」
「もしかして」
「星原さんのお兄さん?」
視線が集まる。
私は静かに頷いた。
先生は説明を続ける。
「星原夏希は本校史上初の特待生だった」
モニターに実績が並ぶ。
全国模試首席。
国際ピアノコンテスト優勝。
生徒会長。
そしてクラス再編時成績歴代1位。
圧倒的だった。
二年前に亡くなった今でも、その記録は破られていない。
教室の空気が変わる。
誰もが画面を見ていた。
だが。
私は隣を見てしまった。
宮くん。
私は彼に兄のことを話していないので、おそらく驚いた顔をする思った。
思ったのに。
でも違った。
表情はいつも通り。
でも。
明らかに目線が違う。
暗くて低い。
「先生」
誰かが手を挙げた。
「なんでその人は特待生になれたんですか?」
自然な疑問だった。
先生は頷く。
「当時の学園長がこう評価したからだ」
モニターに文章が映る。
『彼は学園に適応したのではない。
学園の基準そのものを押し上げた。』
教室が静まり返る。
先生も少し笑った。
「要するに規格外だったということだ」
小さな笑いが起きる。
だが私は知っている。
兄は本当にそういう人だった。
誰より優しくて。
誰より努力して。
それなのに本人は何も特別だと思っていなかった。
「そして現在」
先生が続ける。
「二人目の特待生が在籍している」
空気が再び張り詰める。
もちろん名前は出ない。
特待生の情報は非公開。
ただ。
教室中の生徒が思ったはずだ。
同学年のどこかにいる。
学園が認めた化け物が。
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ホームルーム終了後。
教室はその話題で持ち切りになった。
「絶対推薦組じゃね?」
「いやスポーツ枠かも」
「誰なんだろ」
「星原さんだったりする?」
「私は普通の推薦だよー」
私が特待生だなんておこがましい。
でも。
いつかは並ばないといけない。
兄にも。
そして、宮くんにも。
私は隣を見る。
宮くんは。
興味なさそうに資料を眺めていた。
まるで他人事みたいに。
(本人のくせに……)
でも。
その時だけだった。
教室前方に映った兄の写真を。
彼が一瞬だけ見たのは。
その視線には。
憧れなんかじゃない。
尊敬とも違う。
もっと複雑な何かがあった。
まるで。
ずっと同じ場所に立っていた相手を見るような。
そんな目だった。
「宮くん」
「んー?」
「どうしたの?」
私がそう聞くと。
彼はいつもの笑顔を浮かべた。
「別に?」
そして。
小さく続ける。
「すごい人だったなって思っただけ」
そう言って彼は目線を外した。
でも私はその言葉だけが。
なぜか少し引っかかった。
その言葉を吐いた彼が、まるで認めたくないような、そんなふうに感じれてしまった。




