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デートじゃない

約束通り宮くんと駅前のショッピングモールへ来ていた。

「で、結局なにするの?」

「買い物」

「雑」

「いいじゃん」

私は笑いながら歩く。

宮くんは相変わらず白い手袋をしたまま、私の隣を歩いている。

どうやら、私の方はアイドルだとはあまり思われていないらしい。

基本一人でいると誰かしらに声をかけられるのだが、今日は隣に既に人がいる。

そして制服姿だと、あまり私だと分からなかったりもするのだろうか。

ただ平日の夕方。

館内には学校帰りの学生や仕事帰りの人が多い。

そんな中を歩いていると、何度か視線を感じた。

(見られてる……)

別に珍しいことではない。

アイドルになってから人の視線には慣れた。

でも今日は少し違う。

隣に宮くんがいる。

それだけで妙に落ち着かなかった。

「なんか見られてない?」

宮くんが聞く。

「見られてるね」

「なんで?」

「さぁ」

私は適当に誤魔化す。

理由なんて分かっている。

制服姿の男女。

同じ高校。

並んでショッピングモールを歩いている。

白髪。

整った顔立ち。

私が言うのもなんだけど。

かなり目立つ。

「たぶんカップルだと思われてる」

私が小さく呟く。

「そう?」

返事が軽い。

「そうだよ」

「なんで?」

「なんでって……」

私は思わず言葉に詰まる。

「男女二人で買い物してるし」

「あー」

「制服だし」

「あー」

「年も同じだし」

「あー」

全部納得したように頷いている。

なのに本人は全く気にしていない。

「宮くん全然気にならないの?」

「別に?」

「そうなんだ……」

私だけ意識しているみたいで少し悔しい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


しばらく歩いていると、ある店の前で宮くんが立ち止まった。

「入る?」

ガラス張りの高級ブランド店。

私でも名前を知っているような有名店だった。

「服?」

「うん」

そう言って宮くんは当然のように店内へ入っていく。

私は慌てて後を追った。

制服姿の高校生二人。

店員はこちらを見て、一瞬だけ驚いたような顔をした。

おそらく最初は冷やかしだと思ったのだろう。

「ごゆっくりご覧ください」

笑顔ではあるが、どこか距離を感じる。

しかし宮くんは全く気にしていなかった。

店内をゆっくり歩きながら服を眺めていく。

「あれ」

私は少し驚く。

宮くんは思った以上に真面目に服を見ていた。

「宮くん服好きなの?」

「んー、まぁ少しね」

「なんか意外」

「よく言われる」

そう言いながらラックから何着か取り出して眺める。

「アイドルの方が服好きそうだけど」

「私は衣装着ることの方が多いからね」

「あーなるほど」

彼は納得したように頷く。

「自分で選ぶの?」

「うん」

「衣装はそうなんだ」

「曲や演出の解釈を自分なりにして、それに合ったのを選びたいんだよね」

「曲選べないぶん?」

「そうそう」

割と服は色々見たりする。

ただ自分で選んでいると、衣装と私服でたまにごっちゃになったりするので、そこだけは難点だ。

「宮くんは?」

「ん?」

「自分で衣装選ぶの?」

彼はライブ映像を一切公開していないので、実際にどんな衣装を着ているかわからない。

ただ2年前に見た時は、オーバーサイズのジャケットにワイドパンツを着ていた。

私服にしては少し派手で、機能性が悪すぎるような気がする。

「うん、衣装も自分で選ぶかな」

「そうなんだ」

「基本自分が好きなアーティストを参考にしてるけどね」

確かに少し似てるなとは思った。

「今日はどっちみるの?」

「私服ー」

そう言い、一着のスウェットを手に取った。

黒色のシンプルなスウェット。

「宮くんっぽい」

「そう?」

「うん」

派手じゃない。

でも絶対似合う。

そんな感じがした。

「じゃあ買うか」

「早っ」

私は思わず声を上げた。

値札を見る。

軽く数万円を超えている。

(まぁ、そんなもんか)

「星原さんはあんまみないの?」

「んー、私は……あ、これいいかも」

そういい、ひとつのアクセサリーを手に取る。

「いいじゃん、似合いそう」

「そうかな」

私は彼に純粋に褒められたことに嬉しさを覚えつつも、少し気恥しさを覚えた。

「高校生だよね?」

「制服着てるし」

「デートかな」

そんな声が聞こえてくるからだ。

(確かにカップルで選びあってるようにしか見えないよね……)

ただ宮くんは全く気にした様子はない。

気にしていないのか、それともただ聞こえていないのか。

「じゃあレジ行こっか」

彼がそう言って、レジの方向に体を向ける。

私もそれについて行く。

そしてレジまで移動し、店員が商品を受け取った。

「こちらおまとめでよろしいでしょうか?」

店員がそう聞いてくる。

「あ、別会計で――」

「大丈夫です」

私は固まった。

「こちらでお間違いないでしょうか」

「はい」

宮は迷いなく答える。

金額は軽く十万円を超えていた。

私でも少し躊躇する額だ。

だが宮は何事もないようにスマホを取り出す。

決済音が鳴る。

それで終わりだった。

店員は明らかに驚いていた。

まさか制服姿の男子高校生が、その場で即決するとは思わなかったのだろう。

紙袋を渡される時も、

「ありがとうございました」

の後に、一瞬だけ

「本当に買った……」

みたいな顔をしていた。

店を出てすぐに、私は彼に聞いた。

「宮くん」

「ん?」

「払ってくれたのはすごく感謝してるんだけど、なんで払ったの?」

「なんでって」

彼は紙袋をこちらに手渡しながら答える。

「一緒に会計したから?」

「意味わかんないんだけど」

「そう?」

「私全然自分で払えるよ?」

「でしょうね、いっぱい稼いでるでしょ」

会話が噛み合わない。

日本トップクラスのアーティストが何を言っているんだ。

でも本人は本気でそう思っているらしい。

「私、自分で払うつもりだったんだけど」

「え、あーそういうことか」

彼は納得したように頷く。

「申し訳ない、でももう払っちゃったし」

「いやいや全然、払ってもらったことにはすごく感謝してるよ?でもさすがにお金返すよ」

「えーいいよ別に」

「よくないよ!」

私は思わず声を上げてしまう。

やめてほしい。

ほんとうに。

「えーだってそれ、星原さんに似合いそうだったし」

「理由になってないからそれ!」

「そうなの?」

「そうなの!」

宮くんは少し考え込む。

そして。

「じゃあライブで付けてよ」

そう言いながら紙袋を肩に掛ける。

その姿が妙に様になっていて。

周囲の視線がまた集まる。

「芸能人かな」

「モデルっぽい」

「カップル?」

また聞こえた。

私は思わず前を向く。

隣を歩いているだけなのに。

なぜか顔が熱かった。

宮はそんなことに全く気づいていない様子で、

「次どこ行く?」

とだけ聞いてきた。

やはりその温度差が少しだけ悔しかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


私達はその後も、いくつかの場所を回った。

雑貨屋。

本屋。

楽器店。

色々回る。

ただ正直なところ。

どこへ行くかなんてどうでもよかった。

隣にいるのが宮くんだから。

それだけで楽しい。

楽器店で足を止めた時だった。

店内のモニターに告知映像が流れる。


【駅前アマチュアフェス開催中】


【飛び入り参加歓迎】


「あー」

宮くんが声を漏らした。

「懐かしいな」

「出たことあるの?」

「昔1回ね」

そう言う彼の横顔は少し遠くを見るようだった。

興味本位で会場へ向かう。

屋外広場。

簡易ステージ。

観客は百人くらい。

高校生や大学生が順番に演奏している。

正直かなり上手い。

普通の文化祭レベルじゃない。

「レベル高いね」

「うん」

宮くんも頷く。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


数組見終わった頃。

司会者が困った顔をした。

「えーっと、次の出演者がまだ到着していないようで……」

会場がざわつく。

その時。

隣の宮くんが立ち上がった。

「ちょっと出てくる」

「え?」

「暇だし」

「は?」

私は理解できなかった。

理解できたのは数分後。

宮くんがスタッフと話し。

ギターを借り。

普通にステージへ上がった時だった。

「えっ」

観客もざわつく。

誰だあいつ。

そんな空気。

当然だ。

ただの高校生にしか見えない。

宮くんはマイクの前に立つ。

少しだけ困ったように笑う。

「飛び入りです」

それだけ。

次の瞬間。

ドラムのカウントの後にギターの音が鳴った。

私は息を止める。

知っている。

この音を。

この歌声を。

たった一音。

それだけで空気が変わる。

広場の雑音が消える。

歩いていた人達が立ち止まる。

遠くの観客まで振り返る。

圧倒的だった。

技術じゃない。

知識でもない。

才能という言葉ですら足りない。

宮くんは本気で歌っていない。

ライブの時みたいな熱量でもない。

ただ歌っているだけ。

それなのに。

誰も目を離せない。

(あぁ……)

胸が苦しくなる。

私は知っていたはずだった。

この人が日本最高峰のアーティストだと。

二年前から。

昨日だって歌を聞いた。

それなのに。

改めて思い知らされる。

私達とは立っている場所が違う。

曲が終わる。

遅れて拍手が爆発した。

大歓声。

私は無意識に紙袋を握っていた。

宮くんは頭を掻きながら笑う。

「ありがとうございましたー」

まるで何でもないことのように。

ステージを降りてくる。

観客がざわついている。

「誰?」

「プロ?」

「やばくね?」

そんな声が聞こえる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


私の隣まで戻ってきた。

「いやー、楽しかった」

「……」

「ん?」

「宮くん」

「なに?」

私は彼を見る。

白髪。

白い手袋。

いつも通りの笑顔。

なのに。

さっきまでステージにいた人と同じ人間だと思えない。

「やっぱり」

「うん?」

「すごい人なんだね」

宮くんは少しだけ目を丸くした。

そして。

困ったように笑った。

「今さら?」

そう言って歩き出す。

私はその背中を見る。

ほんの数時間前まで。

隣で服を選んで。

くだらない話をして。

普通の高校生みたいに笑っていた人。

なのに。

ステージに立った瞬間。

誰も追いつけない場所へ行ってしまう。

近づけたと思った。

少しだけ。

友達になれた気がしていた。

でも違う。

私はまだ。

この人のことを何も知らない。

そして――


この人がいる景色に。

私はまだ届いていない。

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