昔話はしたくない
19時頃家に着いた俺、片山宮は頭の中を整理していた。
(いやー…まじかよ……)
まさか同じマンションに住んでたなんて。
2年間も逃げ続けてきたのに。
しかも、作曲を教えてだなんて。
星原冬。
クラス名簿でその名前を見た時、もう逃げられないと思った。
そして初めてアイドルとして振る舞う彼女と話した時、そっくりだと思った。
彼女の兄――
星原夏希に。
笑い方。距離の詰め方。仕草。表情。
その全てが、あいつのことを思い出させた。
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午後21時を過ぎて、仕事用のスマホに着信がきた。
画面を見るまで誰からの着信なのかは分からないが、私には確信があった。
私は電話にでる。
「あーもしもし?星原さん?」
「はい、星原です」
「整理ついた?」
「私は割とついたよ、そっちは?」
「こっちもまぁ……そこそこついたよ」
なんだかすごく戸惑っている様子だが、整理はついたらしい。
「えーっとじゃあ、教えるのはどっちかの部屋の方がいい?」
「うん、それがいいかな」
「大丈夫?それで」
「うん?大丈夫だよ?」
彼は何故か念入りに確認してくる。
「あそう……星原さんがいいならいいけどさ…」
少し困った様子。
「えーじゃあ、どっちの部屋の方がいい?移動面倒ならそっち行くし、部屋入れたくないならこっちきてもらってもいいし」
「じゃあそっちお邪魔しようかな」
「りょーかい」
「また空いてる日はお互いに連絡しよ」
「うん」
(思ったよりスムーズに決まるなー)
彼の部屋で教えてもらうことが決まり、話題は教えてもらう内容についてになる。
「正直まだ何を教えるか全く考えてないんだよね」
「そうなの」
「なんとなくの方針しか決めてない」
「宮くんのことなんでも知りたいからほんとに」
「あっそう……」
「うん」
「でもどう教えるにしても、1回じゃ無理だと思う」
「じゃあ定期的にお邪魔していい?」
「えー、俺はいいけど大丈夫なの?アイドル活動の方は」
「予定なんて空けようと思えばいくらでもできるし、私日本でしか活動してないからね」
「そっか、じゃあ基本こっちに合わせてもらう感じね」
「うん、だからいつでも呼んでね」
「はーい」
こうやって何も考えず話しているだけで楽しい。
私は自分でも自覚できるくらい、だんだんテンションが上がっていた。
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「はーい」
そこで会話が途切れる。
電話は繋がったまま。
お互い切るタイミングを失っているような、不思議な沈黙だった。
俺はスマホを耳に当てたまま天井を見上げる。
昔から沈黙は苦手じゃない。
むしろ人と話す時は、相手が勝手に喋ってくれる方が楽だ。
だが今の沈黙は少し違った。
気まずいわけじゃない。
ただ、落ち着かない。
「宮くん?」
「ん?」
「どうかした?」
「いや別に」
危ない。
少し考え込んでいたらしい。
「なんか元気ない?」
「そんなことないよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
そう答えると、電話越しに小さな笑い声が聞こえた。
夏希もよくこうやって聞いてきた。
大丈夫か。
何かあったのか。
放っておいてくれればいいのに。
そう思いながら、結局放っておかれない。
その辺りまで似なくていいだろ。
思わず苦笑が漏れそうになる。
「ねぇ」
星原さんが話題を変える。
「じゃあ宮くんはなんで音楽やってるの?」
その質問に、今度こそ言葉が詰まった。
なんで。
そんなの。
考えたことはいくらでもある。
だが答えは一つも出ていない。
「なんでだろうね」
「またそれ」
「だって分かんないし」
「嘘だ」
即答だった。
「なんでそう思うの」
「なんとなく」
今度はこっちが笑う番だった。
「なんだそれ」
「でもあるでしょ。絶対」
ある。
間違いなくある。
ただ。
今それを言う気にはなれなかった。
「そのうち教えるよ」
「またそのうちだ」
「便利な言葉だからね」
「ずるいなぁ」
冬が不満そうに呟く。
その声を聞きながら、俺は窓の外を見る。
向かいのマンション。
同じ高さの階。
カーテンの隙間から、微かに光が見える。
たぶん。
あの辺りが彼女の部屋だ。
二年前。
自分は絶対に会うべきじゃないと思っていた相手。
それが今では、こうして電話をしている。
人生は本当に分からない。
「ねぇ宮くん」
「ん?」
「明日暇?」
嫌な予感がした。
「放課後」
嫌な予感しかしない。
「ちょっと付き合ってよ」
「どこに」
「内緒」
「嫌なんだけど」
「なんで!?」
電話越しに抗議の声が飛んでくる。
その勢いに思わず笑ってしまった。
「めんどくさいし、何よりなにがあるかわかんなくて怖い」
「大丈夫だって!」
「その台詞が一番信用できない」
「えぇ……」
しばらく不満そうな声が続いたあと。
星原さんは観念したように言った。
「じゃあ場所だけ言う」
「どうぞ」
「駅前」
「雑」
「駅前のショッピングモール!」
「もっと雑」
「ちゃんと目的あるから!」
その言葉に少しだけ考える。
どうせ断っても来る。
そんな気がした。
「……分かったよ」
「ほんと!?」
「その代わり変なことだったら帰る」
「やった!」
電話越しでも分かるくらい嬉しそうな声だった。
その瞬間。
宮は少しだけ後悔した。
こんな風に。
普通に笑い合ってしまうと。
ますます言えなくなる。
夏希のことを。
自分が二年間隠してきたことを。
いつか話さなければならない。
その事実だけが、胸の奥で静かに重みを増していた。




