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知りたい

「んで、何を忘れたの?」

私は一瞬なんの事か分からなかったが、すぐに思い出す。

「今日配られた資料忘れちゃって」

「あー、あれね」

私は自分の机に向かう。

「ありそう?」

彼はギターケースに楽器をしまいながら私に問いかける。

その動作は慣れていて、無駄がない。

何度も繰り返してきた人の動きだった。

当たり前か。

世界中のステージに立っている人なのだから。

「うん、あったよ」

「そっか、ならよかった」

私が資料を手に振り返ると、彼はもうギターをしまい終えていた。

「……宮くんは?」

「ん?」

「なんで教室で歌ってたの?」

シンプルな疑問を投げかける。

「んーとね、俺中学の時あんまし学校いってなかったから、夕方の校舎とかが新鮮だったんだよね」

「えー、そうなんだ」

「こんな綺麗な夕焼け見たら歌いたくなるよねー」

(ん?)

少し違和感を感じる。

「夕焼けを見て歌いたくなったの?」

「うん、そうだけど?」

彼は不思議そうに答える。

「じゃあなんでわざわざ学校に戻ってきたの?」

夕焼けを見て歌いたくなったのなら、本来は歌う予定ではなかったということ。

つまり何か別の目的があって学校に今いるということだ。

「あー、なんか特待生だといろいろ手続きだとかしないといけなくて」

「特待生なんだ」

「まぁね、すごいっしょ」

彼は薄い笑みを浮かべる。

ただその表情からは、微塵も誇らしげに思っているようには見えなかった。

きっと彼にとって、この学校に特待生として入学するというのは、ごく普通のことで当たり前なのだろう。

「今から音楽室向かうけど、くる?」

「うん、ついてく」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


教室から音楽室までは結構距離があり、移動するのにそこそこ時間がかかる。

「アイドル活動はどう?楽しい?」

昼間と同じ質問をしてくる。

「うーん正直、最近はあんまり楽しくないんだよね」

「どうして?」

「私作曲してるんだけど、全然自分の納得いく楽曲ができなくて」

「作曲してるんだ」

「うん、結構してる」

「ライブとかは?」

「ライブもあんまりかな」

「そうなんだ」

「私はもっと昔の曲歌いたいんだけど、自分の曲ばっか歌わされるからなー」

「自分でセトリは決めれないんだ」

「昔は自分で決めてたんだけどね、売れてくうちにいつの間にか決めれなくなっちゃった」

「ふーん」

心地がいい。

今まで私には、友達と呼べる存在がいなかった。

もちろん上辺だけでなら、数え切れないほどいる。

ただ本心で話せるのは、せいぜい私を拾ってくれたマネージャーくらいだ。

そのマネージャーでさえも、関係は仕事仲間にしかすぎない。

でも彼と話している時だけは、ただの友達として話せているとも思う。

本当に心地がいい。

「あ、俺がRetuなのは学校の人には内緒にしてね」

「もちろん。わかってるよ」

彼は少し心配そうに言う。

「私が上辺だけで接してるのも内緒にしてね」

「はいよー」

彼も当然のことのように了承する。

「あ、そういえばさ」

「んー?」

「この学校に来たのは誰かに会うためって言ってたけど、あれはほんとなの?」

昼間に聞いたあれはほんとのことなのか、疑問に思ったので聞いてみる。

「うん、ほんとだよ」

「誰なの?」

「それも言ったじゃん、いつか教えるよ」

「えー、教えてくれなさそう」

「俺は正直者だから、嘘はつきませんよ」

「嘘くさー」

私はそう言って少し笑う。

彼の表情も、さっきとは違って素で笑っているようだ。

彼と同じ感情でいることが、私は無意識に嬉しく感じていた。

「星原さんは?なんでこの学校にきたの?」

「自分は言わないくせに、人には聞くんだ」

「ごめんって」

(あれ…?)

彼は申し訳なさそうな顔で答えた。

私は別に今、彼が私の目的を聞いたのは単なる話題の一つにしかすぎないと理解した上で少し責めるような言動をとった。

彼もそれは理解しているはず。

なのになぜ彼は本心から申し訳なさそうな顔をしたのか。

やはり私はまだ、彼のことを何も知らないようだ。

「私がここに来たのは、君に会うためだよ」

「え…そうなの?」

「あとは生徒会長になって、進路を自由に選ぶためかな」

「そっち本命でしょ絶対」

「そんなことないし」

「あっそぉ」

彼は私の今の発言を信じていないらしい。

(結構ほんとなんだけどな)

「じゃあなんで俺に会いたかったの?」

「あー、えーっとね」

(どうしようか……)

ただ話したかったと答えるのは簡単だが、これは作曲を教えてもらうチャンスなのではないか。

私がわざわざ彼に作曲を教えてもらうために進学先をここに選んだと知れば、お願いも聞いてもらいやすいのではないか。

「ちょっとお願いというか、聞きたいことがあったんだよね」

「えー?お願い?」

「うん」

私は1呼吸置いて答える。

「私に作曲を教えてほしいの」

「あー、俺なんかでいいならいいよ?全然」

「え…いいの?」

「うん」

(そんなあっさり……?)

私はてっきり、かなり渋られるものだと思っていた。

彼は多忙を極めている上に、楽曲提供をする際も、提供先のアーティストに一切口を出させない。

ほんとうにただ歌ってもらうだけ。

「ほんとにいいの?忙しかったりするんじゃないの?」

「んー正直、お願いって聞いた時点で、俺にできることならなんでも受けるつもりでいたから」

「どうして?」

「んー、なんだろ」

彼は少し考えるような仕草を見せる。

「俺にとって、星原さんはちょっと特別だから…かな」

彼は真剣な顔でそう答える。

「え……?」

(なに……!どういうこと!?)

一瞬なにかからかってるのかと思ったが、彼の表情は真剣そのものだ。

照れだとかそういうのも伺えない。

「特別……なんだ…私が…」

「うん、特別」

(はっきり言いきっちゃたよ……)

人によっては、かなり勘違いする人もいる言い方なのではないだろうか。

「でもなんで?まだ2回しか会ったことないでしょ私達」

「んー、なんでだろーねー」

彼の答え方は、ただ理由が分かっていないのではなく、はぐらかしたいような答え方に感じた。

「ふーん、それも教えてくれないんだ」

「教えたらさらにいろいろ聞かれそうだからね」

「いつかは教えてくれるの?」

「うん」

「ふーん」

全く信用できないが、今ここで私が聞き続けても彼は答えてくれないだろう。

なので今は引き下がるしかない。

「お、ついたなようやく」

私は彼の顔から自分の前に視線を移すと、いつの間にか音楽室が目の前にあった。

「じゃあ置いてくるから待ってて」

「はーい」

彼は急ぎ足で音楽室の中に入っていく。

その間、私は彼のことについて考える。

(私は彼のことをもっと知りたい…)

ただ彼は、あまり多くのことは教えてくれないし、私の事を知ろうという姿勢もあまり感じられない。

そのことに少し寂しさを感じていると、彼がすぐに戻ってきた。

「いろんな楽器あったなー、さすが国立って感じしたわ」

彼は感心したように、音楽室のの方を再度振り返る。

しかしすぐにこちらに視線を戻し、私に話しを振る。

「そろそろ帰ろうか、星原さん家どっちの方?途中まで送ってくよ」

「え……」

「あ、あんまりアイドルが男と歩いてるのよくないか、ごめんごめん」

彼は納得したように申し訳なさそうにこちらを見る。

「いやいや全然!大丈夫!」

「あそうなの」

心臓がうるさい。

(落ち着け私…)

ただ一緒に帰るだけ。

他意なんて一切ない。

それなのに。

2年間会いたかった相手と並んで帰ることになるなんて、想像したこともなかった。

「星原さん徒歩?電車?」

「……徒歩」

「あ、一緒だ」

「そっか……」

「ちょっと待ってね、1個電話入れる」

「うん……」

彼のスマホからコール音が鳴っている間も、私の心臓は騒がしいままだった。

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